京介 前編

 「京介。起きなさい」


 「ん~…」


 日曜の朝…昨夜は遅い時間まで恋人の志乃と愛し合っていたからまだ眠い。…日曜の朝に早起きとか無理です。


 「もうちょっと…」


 「ダ~メ。朝ご飯できたから、一緒に食べよ?」


 朝ご飯…なんという魅力的な単語だろうか…普段は買い置きのパンを食べて終わりだし…あ、なんか良い匂いがする………良い匂いだけど、重そう…


 「今日はステーキよ」


 「…朝から?」


 「昨日の京介はその…激しかったから…お腹空いてるかなって…」


 志乃の照れてる表情だけでご飯2杯はいける。…朝から頑張って作ってくれたんだ。ありがたくいただくとしよう。

 睡魔を振り払って体を起こす。…ちょっと怠いけど、問題ない。朝食をいただくとしよう。


 朝食を食べながら向かいに座っている志乃の顔を見ていた。やっぱり美人だな…志乃は大学でもかなり人気があるのに、なんで俺なんかと付き合ってるんだろ?…わからん。


 「…レアのほうが良かった?」


 「いや、このくらいのほうが良い。…なんで2枚もあるのかわからないけど…」


 200gのステーキが2枚。頑張れば食べられる。頑張らなきゃ無理だけど…


 「男の人はいっぱい食べるかと思って…」


 「すごく美味しいから食べられるけど…お腹いっぱいになったら眠くなっちゃうよ」


 「…運動ついでに朝からしちゃう?」


 悪戯っぽく言われたけど…今ならいける気がする。


 「する」


 「…冗談よ。そういうのは…夜になってから…ね?」


 …残念だ。志乃のこういう表情はアパートじゃないと見れないからな…大学だとかなりガードが固い。


 「明後日、小百合が心配だから飲み会に一緒に参加するわね」


 「わかった。俺は昌雄に運転手と手伝いを頼まれてるから…ごめんな」


 「いいのよ。適当な時間になったら小百合と一緒に抜け出すつもりだから…」


 飲み会の送迎くらいしてあげたかったんだけど…昌雄のほうが先約だった。冷蔵庫が壊れたから買い換えたいとかで運転手兼手伝いを頼まれたんだよ。

 時間が気になったけど、ウチのアパートの奴らも深夜に掃除機や洗濯機を使ってるからな…冷蔵庫の運搬くらい可愛いものだろう。


 「…飲み会、気を付けてな。やっぱり心配だからさ…」


 「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私は飲まないから」


 重めの朝食後は志乃と一緒にのんびりと映画を見て過ごした。俺はこういう時間が好きだ。二人きりの時間を無駄遣いする…最高に贅沢だと思う。



 

 水曜日。夕方から昌雄の冷蔵庫の買い換えに付き合った。そんなに大きくはないが、1人で運ぶのは大変だ。台車に載せて運ぶのも倒れそうで怖いしな。


 「京介。悪いな」


 「いや、これくらいならいつでも手伝うよ」


 「暑いから冷蔵庫のコーラを飲もうと思ったら常温でよ…冷蔵庫を開けた時のあの異臭はなかなかに堪えたぜ…」


 「何日放置してたんだよ…」


 「ん~…4日くらいだと思う。缶ビール以外は全て捨てたよ」


 「まあ、怖いよな…」


 「冷凍食品が一番怖かったな…」


 …夏に冷蔵庫が壊れるのって致命的だよな。俺も気をつけよう。


 「今日、泊まってくか?お前がいたら俺も朝が楽だし」


 …志乃は大丈夫だろうか?21時…そろそろ抜け出してる時間だと思うけど連絡が無い。…普通に帰るだけなら連絡しないかもな。橘と一緒にいるかもしれないし…よし。泊まってくとしよう。


 「ん。泊まってくわ」


 「生き残りの缶ビールを飲ませてやるよ」


 「それ…嫌がらせじゃね?」


 そんな馬鹿な話をしながら昌雄と楽しい時間を過ごした。寝る前にスマホを確認したけど、着信は無い。…心配しすぎか。寝よう。



 翌日、大学の構内で志乃を見かけた。…なんか疲れてるみたいだな…


 「志乃」


 「…っ!?…京介…?」


 …なんだ?志乃の様子がおかしい…?


 「…何かあったのか?…体調が悪いとか?


 「…ううん。何でもないの。心配してくれてありがとう」


 「心配するのは当たり前だろう…体調が悪いなら教えてくれ。アパートまで送るから」


 「うん。…ありがとう」


 志乃は俺の隣に近付いてくるとそっと腕に抱き付いてきた。


 「ちょっとだけ…お願い」


 「ああ。わかったよ…」


 志乃が人がいるところで甘えてくるなんて珍しいな…こんな事で志乃が安心できるなら腕くらいいくらでも貸すけど。

 その日から、志乃とは少しずつ会える時間が減っていった気がする…



 1ヶ月後…最近は志乃が泊まりにこなくなったな。会える時は甘えてきてくれるから寂しくはないけど…

 昌雄が真剣な顔で俺に話しかけてきた。


 「京介。お前、湯浅とは最近どうなんだ?」


 「…どうって…仲良くやってるつもりだけど?」


 「そうなのか…良かった…湯浅が浮気してるとかいう噂を聞いたからよ…心配してたんだよ」


 「…なんだその噂?」


 「湯浅が男とラブホに行くのを見かけたとか…男とよく話してるとか…」


 「ああ。そりゃデマだ。志乃はラブホが大嫌いなんだよ。雰囲気が落ち着かないらしくてな。

 男と話しただけで浮気になるとかどんだけだよ。俺らが食堂のオバチャンに注文を伝えただけで浮気とか言われるようなもんだぞ?」


 「…お、おう。付き合ってるお前がそこまで言うなら…デマなんだろうな」


 異性と接する機会なんていくらでもある。志乃は目立つから同性に良く思われていない。前からこんな事は何回もあったんだ。…一応、志乃に確認はしておくけどな。

 その日に会って話をしたいと言うと志乃はすぐに俺のアパートに来てくれた。

 

 「志乃…お前が浮気をしているって噂を聞いたんだけど」


 「…浮気なんてするはずないでしょう」


 「そう。変な事を聞いてごめんな」


 「…うん」


 「久しぶりに会えたんだ。夕飯でも食べに行くか?」


 「…今日は私が作ってあげる。一緒に買い物に行きましょ?」


 買い物をしている間、志乃は俺の腕にずっと抱き付いていた。…こんなに穏やかな顔をされたら文句なんて言えない…好きにさせてあげよう。

 志乃が浮気をしていないというなら信用しようと思う。

 志乃が作ってくれた夕飯は本当に美味かった。志乃は俺が食べているのを見ながらニコニコ笑ってたな。



 数日後、昌雄から志乃の浮気に関する新しい噂が入ってきた。大学の構内で間男と思われる人物と激しく口論していたそうだ。志乃の性格的に本当に浮気をしているなら上手く隠すと思うけどなぁ…


 「相手の男って誰だ?」


 「…後藤って奴だ」


 「ふ~ん…まあ、志乃なら何かあったら言ってくるだろ。志乃に何かしたら俺も黙ってる気はないし…」


 「…そうか。なら大丈夫か」


 「ああ。大丈夫だ」


 浮気を疑うのは簡単だ。でも、志乃なら大丈夫…俺はそう信じる事にした。



 しかし…昌雄から噂を聞いたその日から志乃と連絡がとれなくなった。メッセージを送っても返信がこない。既読は付いてるから既読スルーされているようだ。

 大学で会っても露骨に避けられるし。追っても本気で逃げられるから捕まえられない。女子トイレや更衣室に逃げられたりしたら流石に追えないしな…

 理由も告げられずにここまで避けられたんじゃ恋人としてもう終わっている気がする。

 …仕方ないよな。志乃の事は諦めよう…志乃…さようなら。好きだったよ。




 志乃と連絡がとれなくなって3ヶ月後…大学で逮捕された奴が何人かいるそうだ。自分の身近に犯罪者がいたなんてな…なんか集団強姦の常習犯だったらしいよ。怖い怖い…とか思ってたら志乃から連絡があった。


 「…京介…!少し話したい事があるんだけど…」


 「…今更なんの用だよ?」

 

 「やっと終わったから…京介に全部聞いて欲しくて…」


 「終わった?俺とお前の関係ならとっくに終わってるだろう?」


 「……え?」


 3ヶ月も連絡が無かったのにまだ恋人みたいに言われてもな…


 「俺は今から彼女とデートなんだよ…聞いてやってもいいけど、長い話になるなら今度にしてくれ」


 「…わかった。もういい。さよなら」


 電話が切れた。まったく…なんなんだよ。小百合との初デートの前に意味不明な電話をかけてきやがって…

 小百合は俺が志乃に避けられているとすぐに気付いてくれた。この3ヶ月の間、小百合がどれほど俺の支えになってくれたか…

 数日前に小百合から告白された時、一瞬だけ志乃の事が浮かんで胸が痛んだけど…俺は告白を受けて小百合と付き合う事にしたんだ。


 小百合とのデートはとても楽しくて、俺は志乃の事をすぐに忘れてしまった。ショッピング。ディナー…そして、ホテル。ここまで小百合との関係が進むとは思ってなかったけど、凄く幸せだった…

 あれから志乃をたまに大学で見かけるけど…見かける度に違う男と話している。……やっぱり…浮気してたんだろうな…もういいよ…俺は小百合と生きていくから…

 

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