吉幸 前編

 「小林君って格好いいよね。私と付き合ってくれないかな?」


 「え?」


 「だ~か~ら~、私の彼氏になって欲しいの。恥ずかしいんだから2回も言わせないでよ…」


 「あ、ああ。わかった」


 「本当に?これからよろしくね!」


 高校1年の秋…あまり会話をした事が無いクラスメイト…佐竹 真利奈からいきなり告白された。びっくりして告白を受けたけど…真利奈と付き合ってからはとても楽しかった。

 表情がコロコロ変わる明るい子。学校帰りの買い食いや休日のデート。真利奈と付き合う前では考えられなかった充実した日々…俺は真利奈と一緒に過ごすだけで満たされていた。しかし…付き合って3ヶ月程経ったある日いきなり…


 「吉幸ってさ…あんまり積極的じゃないよね?私と付き合うの…嫌だった?」


 「いや、真利奈と一緒にいるのは凄く楽しい。真利奈と付き合えて、俺は嬉しいよ」


 「そう…ならいいけど…」


 この時の真利奈の発言は…きっと彼女なりのヒントだったのだろう。俺はそのヒントに気付く事ができなかった…


 

 高校2年の春。2年に上がってすぐに俺は真利奈から別れを告げられた。


 「吉幸。私、他に好きな人が出来たの。だから別れて欲しい」


 真利奈は辛そうに…でもハッキリとした口調でそう言った。


 「……」


 「貴方と違って凄く積極的な人。私の事を好きだって言ってくれるの…だから、私はその人と付き合う事にしたわ」


 「そう…か…」


 「私から告白しておいて身勝手だと思う…本当にごめんなさい」


 もう真利奈の中では俺との関係は終わっているのだと理解した。だから俺は別れを受け入れた。


 「…わかった。別れよう」


 「うん。さよなら…」


 足早に去っていく真利奈…その背中を見ながら…自分の中の彼女への想いが無くなっていくのを感じていた。

 好きだったけど…きっとその気持ちだけじゃ真利奈は満足できなかったんだろうな…


 真利奈と別れた後、真利奈と付き合っている間に疎遠になっていた友人達とまたつるむようになった。


 「佐竹と別れたって?仲良さそうだったのに…」


 「他に好きな男が出来たんだってさ…俺と違って積極的なところに惹かれたらしい」


 「…人の彼女に積極的って…」


 「…真利奈はそれを受け入れた。だから…誰だか知らないけど、その男は間違えてないんじゃないかな」


 「…そういうもんかね。俺には付き合った経験が無いからよくわかんねぇよ」


 「一樹なら…多分、別れずに済んだと思う」


 「別れたとはいえ自分の彼女だったんだろ?そんな仮定をしても辛いだけだろうが…俺も面白くねぇよ」


 「…ごめん」


 「いろいろ考えちまう気持ちもわかるけどな。とりあえず、カラオケ行くぞ。思いっきり叫んだら少しは気も晴れるだろ」


 「…そうだな」


 塚本 一樹。中学からの友人だ。俺と違って友人が多いのに、俺とは特に親しくしてくれる。凄く良い奴だと思う。


 「ん~。何人か呼ぶか。土曜だから暇な奴もいるだろ」


 「俺には一緒にカラオケに行く友人はお前しかいない」


 「…もっと友達作ろうぜ。お前が知らないだけでクラスの中にも良い奴は多いぞ?」


 「…誰か誘うなら任せた」


 「仕方ねぇな…今回だけだぜ」


 一樹はそう言ってクラスにいた何人かに声を掛けていた。…俺にはああいう社交性が足りなかったのかもな。

 

 皆でカラオケに行ったはいいが、マイクの争奪戦が激しくて歌う事ができない。よく考えたら人前で歌うのもかなり勇気がいる。隣にいた女子から無料で借りてきたマラカスを貸してもらって2人で盛り上げ役に徹した。


 「皆、歌が上手いね」


 「そうだな」


 俺の隣に座っていた真壁 翔子という女子も歌うのはあまり得意じゃないらしい。この子はなんとなく俺と似てる気がする。

 結局、俺と真壁さんは一曲も歌わなかったけど、帰り際に…


 「楽しかったね」


 「ああ」


 そう。楽しかった。自分が歌わなくても楽しい。俺と同じ感性を持っている真壁さんとは親しくなれる気がした。

 

 

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