武蔵 完結編
「武蔵。今度の休日にさ、ウチに友達を連れてきていいかな?」
仕事から帰ってきた後、京子と猛の相手をしている時に冬華にそう聞かれた。
「友達?構わないけど…俺は外出してたほうが良いかな?」
「ううん。貴方に会ってもらいたいの…」
「…俺に?…ああ。わかったよ」
「じゃあ、今度の日曜日…昼過ぎくらいに来てもらうわね」
冬華と再婚して4年。猛はまだ小さいが京子がよく面倒を見てくれるから助かっている。俺が猛を抱いていたら一緒に抱いて欲しがるとか…大きくなっても京子は可愛い。
そんな幸せな日常を過ごしていると冬華にさっきの話を伝えられた。冬華の親しい友人は俺の知り合いがほとんど。…あの少し言いにくそうな感じから誰を連れてくるかはなんとなく予想できるけどな。
日曜日。我が家に冬華の友人の霧島夫妻がやってきた。奥さん…幸子の腕には可愛い女の子がいる。
「初めまして。霧島 琢磨だ」
「…妻の霧島 幸子です」
「いらっしゃいませ。近藤 武蔵です」
「近藤 冬華よ。私の自己紹介はいらないと思うけどね」
「こんどう きょうこです」
「この子は息子の猛。面識はもうあるかもしれないな」
「…ええ。京子ちゃんや猛君とは何回も会ってるわ。この子は夏希。私達の娘よ」
京子と猛は夏希ちゃんに興味津々だ。夏希ちゃんはかなり落ち着いた…というかのんびりした子に見える。あまり人見知りとかはしない感じみたいだな。
「幸子に子供が産まれたから…そろそろ区切りをつけたほうが良いと思って…」
「冬華…気持ちは嬉しいけど、こういう事はちゃんと言って欲しかったな」
「…ごめんなさい」
「怒っている訳じゃないさ。俺達の事を考えて動いてくれたのは理解しているから…ありがとうな」
全く…普段は強気な癖にこういう時は怒られた子供みたいになるんだからな…
「近藤さん。今回は俺が冬華さんに無理を言って頼んだんだ」
「武蔵でいいですよ。で、どうして俺に会いたいと?」
「アンタ達の関係は幸子から聞いて理解している。1人の男のせいで一度は全てが壊れてしまったと…」
新一の事か…まあ、だいたいは合っているな。
「そうですね。新一のせいで俺と幸子は離婚し…新一と冬華も別れました」
「…アンタ達はその件に関して清算したほうが良いんじゃないだろうか?部外者の俺がこんな事を言うのはおかしいと言われるかもしれないが…」
「清算…とは?」
「…無理な頼みだとは思うが…どうか幸子を許してやって欲しい」
琢磨さんはそう言って俺に頭を下げてきた。幸子と一緒に…
…幸子を許す?…琢磨さんも幸子も何か勘違いをしているようだ。俺は幸子に対して怒ってなんかいない。だから許す事なんて何もないのに…
「2人とも頭を上げて下さい。俺から一つだけ聞きたい事があるのですが…幸子さん。貴女は今、幸せですか?」
「…はい。琢磨と再婚して子供もできました。私は幸せです」
幸子は俺の目を見てハッキリと言ってくれた。この言葉は信用できるな。
俺が幸子に求めていたのは幸せになる事だけだ。琢磨さんがそれを叶えてくれたなら…俺達は先に進む事ができる。
「琢磨さん。幸子さんを幸せにしてくれてありがとうございます」
「…俺は俺のやりたいようにしただけだ。武蔵さんに礼を言われる事じゃない」
「いえ。貴方のおかげで…俺達は違う形でやり直す事ができると思いますから」
「やり直す?」
「はい。琢磨さん。幸子さん。今後は友人として俺に接してくれると嬉しいです」
「…武蔵…」
「…わかった。友人としての関係を望むならお互いに堅苦しいのは無しだ。よろしく頼む」
「ああ。琢磨。幸子。これからよろしく頼むな…冬華」
「何?」
「この場を設けてくれてありがとう」
「…私が幸子と会う事にいちいち気を遣うのが面倒になっただけよ。別に武蔵の為じゃないわ」
「…これはツンデレって奴か?」
「…ウチの妻は素直じゃなくてね」
「冬華…」
「そんな事どうでもいいの!話が終わったなら夏希ちゃんを抱かせてくれない?」
「うん。抱いてあげて」
冬華は幸子から夏希ちゃんを受け取って優しく抱いている。京子と猛も触らせてもらって嬉しそうだ。
「…武蔵。アンタは今、幸せか?」
「言わなくてもわかるだろう?」
「…そうだな。見ればわかるな」
琢磨か…家に来た時から不機嫌そうな顔をしていたが、多分…それが地顔なんだと思う。話してみたらなんとなくわかった。
「幸子。今度からは気軽に遊びに来てくれ。子供達も喜ぶと思うから」
「うん。ありがとう」
お互いに違う相手と寄り添い合うと決めた俺達に必要なのはちょっとしたきっかけだけだったんだ。そのきっかけを冬華と琢磨が作ってくれた。俺と幸子はもう夫婦じゃないけど…これからは友人として付き合う事ができる。
「京子~。猛~。お爺ちゃんだぞ~」
「お婆ちゃんもいるわよ~」
冬華の両親が遊びに来たようだ。
「おや、お客さんが来ているみたいだな」
「…そんな…孫の為に頑張っておはぎを作って来たのに…」
「おはぎ!」
京子がおはぎに反応して冬華の両親を玄関まで迎えに行ってしまった。…まあ、いいか。幸子とは面識があるだろうし。琢磨とは初対面かもしれないが…
「賑やかな家だな。ウチの実家みたいだ」
「良い家じゃないか。ご両親は大切にな」
「ああ。孫も出来たし…孝行できてるとは思う。次を急かされてるけどな…」
冬華の両親は事情を理解するとあっさり馴染んだ。幸子に対しての接し方を割り切れたんだと思う。子供達に囲まれて本当に幸せそうに笑っていたよ。
幸子と和解し、琢磨も含めて友人としてスタートしてから1年。我が家でバーベキューをする事になった。こういう事の発起人はたいてい冬華だ。まあ…昔からこんな感じだから慣れてはいる。
「琢磨さんのご両親も来るって」
「ん?知り合いなのか?」
「琢磨さんの実家って私と幸子の行きつけの喫茶店なのよ。武蔵も行った事あるわよ」
「…喫茶店?あの仲良し夫婦の喫茶店か?」
「うん」
世間は狭いな。まあ、一応は知っている相手だから問題無いか。冬華の両親や新一の両親も来るそうだけどすぐに馴染むだろう。
冬華の両親と新一の両親は和解している。離婚した時に息子である新一ではなく冬華の肩入れをしてくれた新一の両親に対して冬華の両親は感謝しているそうだ。仮に新一を庇っていたら今の関係にはならなかっただろう。
幸子の両親は…流石に来れないみたいだ。冬華の両親や俺に合わせる顔が無いって…幸子の両親だけは関係の改善は無理かもしれないな…
「ママ。幸子お姉ちゃんと夏希ちゃんも来るの?」
「ええ。来てくれるわよ」
賑やかなバーベキューになりそうだ。…両親が他界してからはあんなに静かだったこの家に今はいろんな人が来てくれるようになった。
きっと冬華や幸子のおかげだな。俺は良い縁に恵まれているようだ。
これからはもっと賑やかになるだろう。京子が小学校に通い出したら友達を連れてきたりするだろうし…
「武蔵、どうしたの?」
「いや…幸せだなって思ってさ」
「そう思うなら私に感謝しなさいよ?」
「そうだな。愛しい冬華のおかげだ。ありがとう」
「ちょっと…子供達の前で止めてよ…恥ずかしいでしょ…」
幼馴染みとしてしか見ていなかった冬華は結婚してからいろんな表情を見せてくれるようになった。冬華の事はなんでも知っている…とか思っていたのにな。今みたいに恥ずかしがる表情も結婚してから初めて見た表情だ。昔、うっかり着替えとか見た時も平然としてたし…恥ずかしがる基準が良くわからない。
バーベキューを終えてしばらく経った。あれから琢磨達だけではなく、山本さん達も家に来る機会が増えた気がする。
山本さん達は京子の事だけじゃなく猛の事も可愛がってくれた。猛もおじいちゃんと呼んでいる。…お互いにそう思えるのならそれで良い。
俺の今の家族…周りの環境はきっとこの先も俺に賑やかな生活を与えてくれるだろう。
俺を支えてくれる家族…そして友人達に感謝しながら生きていこう。大切な人達と共に過ごす事。それが俺の願いなのだから…
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