出張に行った男
武蔵 前編
俺の名前は近藤 武蔵。27歳。大学で知り合った妻の幸子とは結婚して4年目になる。そろそろ子供が欲しいと思いながら妻と頑張っているがなかなか子宝に恵まれない。
「武蔵…今日も凄かった…」
「幸子も可愛かったよ」
幸子はセックスが好きだ。週に2、3回はしている。連休中だと更に増える。普段はクールな感じの幸子が甘えてくるのは行為の時くらい。かなり可愛い。
そんな感じで甘々な生活を送っていたのだが、急遽出張しなくてはいけなくなった。期間は半年…長いな。
幸子にその事を伝えると凄く嫌がられたけど…決まってしまった事は仕方ない。毎月帰ってくる事を約束してなんとか許してもらった。幸子も会社勤めだからついてくる事はできない。
大学からの付き合いである新一と、その妻である俺の幼なじみの冬華に出張中の事を頼んだ。
「ああ見えて幸子は寂しがり屋だからな。適当に相手をしてやってくれ」
「半年は長いわね。わかったわ」
「いきなりだな。まあ、無理すんなよ」
「ああ。月1くらいで帰ってくるよ」
新一達に後を託して出張に行く。電車や新幹線を乗り継いで片道6時間はなかなか遠い。…まあ、仕方ないか。
毎月第1週目の金曜の深夜に帰り、日曜の昼に主張先に戻る。
本来なら既婚者とかには気を使ってくれる会社なんだけど…今回の出張の適任者が少なかった。それで白羽の矢が立ったらしいけど、思っていたより気楽な仕事。上手く調整すれば休みをとれそうだ。
出張3ヶ月目。基本は土日の連休だが、金曜に有給をとる事が出来た。いつもより1日早く帰るサプライズ…木曜の深夜に帰る。幸子は明日も仕事だからもう寝てるかもしれないな。
深夜に家に帰ると幸子はいなかった。…普通は平日に飲み会なんかしないと思うけど…同僚との付き合いとかもあるかもしれない。
仕方ない…移動で疲れたから今日は寝るか。
金曜の朝…幸子はまだ帰ってきていないようだ。外泊…?どういう事だ?この時になってようやく…幸子の浮気を疑った。
まだ朝早い時間だ。新一達に電話をすれば出勤前に話せるかもしれない。そう思って電話をした。新一なら何か知っているかもしれないと思ったから。
新一に電話をかける…何度目かのコールの後、電話は繋がった。
『…もしもし』
「新一。朝早くから済まない」
「武蔵か?なんだよ…」
寝ぼけているような声だ。誰か確認せずに電話に出たのかもしれない。
「幸子が家にいないんだが…何か知らないか?」
『…いや。知らな』
新一が話している時…電話の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた「朝からうるさい」とか…幸子の声だ。幸子は朝が弱い。だから今の不機嫌そうな声は同棲を始めてからほぼ毎日聞いていた。聞き間違える訳がない。
「…おい。どういう事だ?」
『な、何がだ?』
「なんで幸子の声が聞こえたんだ?一緒にいるのか?」
『いや、知らない。悪いけど俺はもう支度しなきゃ…もう切るな』
新一は早口でそう言うと電話を切った。…新一にかけても繋がらないだろうな。なら幸子…いや、冬華にかけよう。
俺はすぐに冬華に電話をかけた。俺の予想が正しいなら…幸子より冬華と話さなきゃいけない。電話が繋がった。よし。
『ん~…もしもし』
「冬華。朝早くに済まない。聞きたい事があるんだが…」
『こんな時間からなによ?』
聞きたいのはもちろん幸子の事じゃない。新一の事だ。
「新一はどこにいる?」
『昨日は同僚と飲み過ぎたから実家に泊まるって言ってた。だから今はいないよ』
…やはりか。新一も外泊。もう浮気は確定だろう。
「俺、今日は有給でさ…昨日の深夜から帰ってきてるんだけど…」
『ふ~ん。そうなんだ。たまにはウチに飲みにくる?』
「あ~。お誘いは嬉しいけどさ、まずは話を聞いてくれ」
『あ、待って。新一から電話が…』
「とるな!」
『な…何よ…』
「話の続きを聞いてからにしてくれ」
『わかったわよ…』
「昨日から幸子が帰ってきてないんだ」
『…なんで?』
「俺もわからなかったから…さっき新一に電話をした。何か知ってるかと思ったから」
『私は聞いてないから新一も知らないと思うけど…』
「…新一は幸子と一緒にいたよ」
『……どういう事?』
さっきまでの口調じゃない。ようやく事態を把握してくれたみたいだ。
「幸子と新一…浮気してるんじゃないか?」
『馬鹿な事言わないで…とは言えない状況みたいね』
「ああ…だからさ。冬華のほうでも調べてみてくれ」
『わかった。新一の実家に電話してみる。武蔵の勘違いだったら覚悟しておいてね』
「その時は奢ってやる」
そう言って電話を切った。流石幼なじみ。なんだかんだで信用してくれたようだ。
10分後に冬華からメールが入った。
実家には泊まってないみたい。今から新一と話してみる
…修羅場だろうな。冬華は浮気は絶対に許さない性格だから。
1時間後…時間は8時。いつもなら会社に向かっている時間だな。
コンビニで朝食を買ってきてのんびりと食べていたら冬華からまたメールが入ってきた。
夜にウチで話し合うから幸子を連れてきて。新一も幸子も電話に出ないし…
アイツら…相当焦ってそうだな
そうかもね
新一の外泊は何時からだ?
最近は週に1回くらい。武蔵が出張に行く前から実家に泊まる事があったけど…それも怪しいわね。幸子は?
外泊はなかった。遅くなる事はあっても1時間とかだ。普通の残業の範囲だな
あ~…もう他の女としてたとしか考えられない。普通に実家に泊まったのかもしれないけど…信じられないわよ
だろうな。俺も幸子は会社で勤務時間中に浮気してたかも…とか考えてた
それは流石に…
無いよな…
そう考えちゃう気持ちはわかるけどね。そろそろ仕事だから…また夜にね。絶対に幸子も連れてきなさいよ
わかった。また夜に
どうするかな…夜に帰ってきた時の幸子の反応を見てみるか。いつもなら深夜にならないと帰ってこない俺が家にいたら驚くはずだ…何も知らないなら。
逆に知っていたなら新一か冬華から話を聞いたって事になるだろう。
…幸子が帰ってくるまで暇だな。掃除でもするか。洗濯物とか溜まってるし…
洗濯をして後悔した。なんかね…クリーニングに出そうと思った幸子の上着からゴムが出てきたんだが…俺は家でしかしないから…持ち歩く理由なんかないはず。そもそも子供を作ろうとしてたからゴムはほとんど使ってなかったからな。つまり、持ち歩く理由があったって事なんだろう…
俺は別に家事は嫌いじゃない。幸子と同棲する前までは一人暮らしだったしな。洗濯は諦めて掃除をする事にした。おい…なんでキッチンのゴミ箱に使用済みのゴムが入ってんだよ。そろそろ本気でブチ切れんぞ…俺はゴム使ってねぇって。キッチンのゴミ箱に捨てるとかマジでやめろや。
本気出して掃除した。掃除の前に何枚か写真を撮ったけどね。ゴムは証拠になるからな…どうしようかと悩んだけど、詳しい知り合いを呼び出して渡した。DNA鑑定とかできるらしい…依頼したよ。そんなに嫌な顔するなよ…仕事だろ?気持ちはわかるけどな。
いろいろしてたら夕方くらいに幸子が帰ってきた。今日は真っ直ぐ帰ってきたらしい。俺の顔を見ても驚いてないって事はどちらかから聞いたんだろうな。
「お帰り」
「…ただいま」
「冬華から話は聞いた?」
「…まだ電話してない」
「そうか…メール来てた?」
「見た」
って事は話し合いの事は知ってるのか…
「じゃあ、着替えたら行こうか」
「行かない」
「なんで?」
「離婚とか…したくない」
今のは…浮気を認める発言だよな…
「幸子は…それだけの事をしたんだよ」
「嫌…」
「そこまで俺の事を想ってくれてるなら…なんで浮気なんかしたんだよ…」
「…寂しかったの。ずっと一緒にいたのに…半年もなんて…」
「………」
「武蔵が悪いの…」
「もし…俺が怪我や病気で半年間入院したら浮気されてたって事かな?」
「しないよ!武蔵が傍にいてくれたら…浮気なんて絶対にしなかった…」
「出張より入院のほうが大変だよ。動けないから負担もかかるだろうし…ストレスは出張の比じゃないと思う」
「………」
「別れよう。幸子の事は愛しているけど…信用できなくなったから…」
「…う…ううっ…」
俺は冬華にメールを送った。
離婚する。今日は行けそうにない
わかった。こっちは新一がまだ帰ってきてない。慰謝料とかどうするの?
俺は幸子からはとらない。新一からは…本人の主張の内容による
甘すぎ。私は幸子からもらうからね
ご自由に。また落ち着いたら連絡する
わかったわ
メールが終わった後…幸子が泣き止むまで傍にいてあげた。泣き止んだ後の幸子は何を言うでもなく…俺の傍にずっといた。
その日は同じベッドで寝た。幸子が一緒に寝たいと言って聞かないから…
「武蔵との子供…欲しかったな…」
また泣き出した幸子を眠るまで抱きしめてあげる。俺も…欲しかったよ…
土曜日…幸子とデートをした。付き合い始めた頃のようにいろいろな店を回って、喫茶店に寄って、夕食を食べて帰る。
その日も同じベッドで寝た。幸子はずっと…俺の手を握っていた…
日曜日。別れる為の話し合いをした。離婚届けは幸子が書いた後に俺に郵送してもらう。逆だと…幸子が役場に出さない気がしたから。もし郵送されてこなかった場合は次の休みの時に俺が持ってくる。その場合は目の前で書いてもらう。
「別れなきゃ…いけないんだよね…」
「ああ。別れよう」
浮気に関しては…もう怒ってはいない。でも、信用できなくなってしまった以上…もう夫婦ではいられないんだ。
「離婚届け…ちゃんと書いて送るね…」
「ああ…」
「…本当にごめんなさい…」
「怒ってないよ」
「…もう…会えないんだよね」
「そうだね」
「武蔵…愛してたよ…」
「ああ…愛しているよ」
浮気をされても…別れても…幸子を愛している。いや、別れるから…愛し続けられる。
さようなら。どうか幸せになってくれ。俺はもう…幸子を信じられないから…幸せにはできないと思う。
昼に家を出た。別れ際にまた幸子は泣いてしまったけど…俺はもう傍にはいられないから…ごめんな。
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