英男

 高校2年になる時に転校する事になった。理由は両親の離婚。クソ親父が浮気をしていたらしい。

 俺は母さんについていく。元々クソ親父とは仲が悪かったしな…母さんを1人にするのは可哀想だから。


 「英男。転校するってマジか?」


 「お~。まあ、仕方ないわな。ガキが何言っても変わんねぇだろうし」


 「そうか…まあ、お前なら大丈夫だろう」


 「電話くらいいつでもできんだろ?」


 「そうだな。…転校前に見た目変えたら?確実に誤解されるぞ?」


 「誤解って?」


 「チャラ男に見られる」


 「は。外見だけで人を見るような奴なんかこちらからお断りだっての」


 「外見だけで敬遠されたらお前の内面を知る機会すら無いと思うぞ」


 「…一理あるな」


 「まあ、その見た目で行くなら多少は歩み寄る努力はするんだな」


 「…おう。わかった」


 親友との挨拶もそこそこに、慌ただしく引っ越しの準備をした。



 新しい高校は至って普通の高校だった。特に学力が高い訳でも運動部が強い訳でも無い。担任に連れられて教室に向かう。


 「茶柱…その見た目はもうちょっとどうにかならんのか?」


 「問題無いはずですが?」


 「お前の素行に問題無いのは知っているが…印象がな…」


 「俺はこれで良いんです」


 「そうか…」


 教室に入ってすぐに自己紹介をしなきゃいけないらしい。チャラ男っぽくしとくか…


 「今日からクラスメイトになる茶柱君だ」


 「ど~も。茶柱 英男です。前の学校ではチャラ男って呼ばれてました。よろしくお願いしま~す」


 クラスメイトになる連中の視線は微妙な感じだったな。


 新しい高校に通い始めて1週間。フレンドリーな奴くらいしか俺に話しかけてこない。他の奴は距離を置いてるみたいだな。

 1年の頃からクラス替えはしていないそうだ。いくつかのグループが出来上がっているのはそれが理由だな。

 グループ…っていうか2人だけなのに凄まじい存在感を放っている奴らもいるけどな。平野と北村。クラス公認のカップル。2人がいる空間だけお花畑みたいな空気なんだが…

まあ、俺には関係ないか。


 放課後、今日はファミレスのバイトがある。別に貧乏って訳じゃないけど…自分の使う金くらいは自分で稼ぎたいってだけだ。母さんにこれ以上の負担をかけたくないからな。




 夏休み。新しいバイトが入った。隣のクラスの千代田だったかな?


 「千代田です。よろしくお願いします」


 「茶柱だ。敬語はいらない」


 「そう。わかったわ」


 「簡単な仕事は俺が教える。わからない事があったら聞いてくれ」


 「……」


 千代田は不思議そうな顔で俺を見てきた。


 「なんだ?質問か?」


 「学校で見た時と雰囲気が違うわね」


 「…仕事中だからな」


 「そう」


 千代田は簡単な仕事はすぐに覚えた。要領がいい…というよりは努力家みたいだな。メモとかちゃんととってるし…

 なんとなく…その日から千代田と話す機会が増えた気がする。



 秋。バイトは千代田と同じシフトの事が多い。シフトを決めている人が俺達の関係を誤解している…というかくっつけようとしている?そんな感じで一緒にいる時間が増えた。

 

 「茶柱君って呼びにくいよね」


 「まあ…そうだな」


 「英男って呼んでいい?」


 「好きに呼んでくれ」


 「私は真白でいいよ?」


 「考えておくよ」


 千代田は元々はバレー部だったらしい。コーチが嫌いだったから辞めたそうだ。で、暇になったからバイトを始めたとの事。

 バレー部か…北村がバレー部だったな。最近はなんとなく元気が無い気がするが…




 冬。バレンタインにエロ動画を送ってくる親友ってどうなんだろうな…有難いけどさ…

 バイトが終わったら堪能させてもらおう。

ファミレスのバイト…いつもより心なしかカップルが多い気がする。…落ち着け俺。仕事中だぞ。


 「英男。これあげる」


 手渡されたのは綺麗にラッピングされた小さな箱…まさか…これは…?


 「…お礼は?」


 「ありがとう。茶柱家の家宝にする」


 「いやいや、食べなさいよ…」


 「…ああ。大切に頂くよ」


 「ホワイトデー…期待してるからね」


 千代田とそんな事があったから…俺はしばらく動画の存在を忘れていた。


 数日後、ふと動画の存在を思い出して部屋で再生してみた。ん~…レイプ物か?あんまり好きじゃないな。できればイチャイチャ系のほうが…

 しばらく見ているとなんとなく違和感に気付いた。この女…どこかで…北村?動画の長さは1時間以上。ひたすらやるだけという内容だった。固定カメラの定点視線だったから顔がはっきりとわかる場面は少なかったし、北村の顔をじっくり見た訳じゃないから似てるだけって事も考えられる。…だけど、身長が高い女ってのはなんとなくわかる。更に顔も北村に似てるとなると…本人のような気がしてならない。


 「…平野に確認してみるか」


 3月。俺は悩み抜いて平野に話しかける事を決めた。自分の彼女の動画を広めるとか…危険すぎると思ったから…


 「平野、少し屋上までついてきてくれ」


 「……わかった」


 屋上で平野にあの動画を見せる。


 「これ、お前の彼女じゃね?」


 平野の表情を見る限りじゃ…北村本人に間違いなさそうだな。だが…平野が動画を流している訳じゃなさそうだ。今にも倒れそうな…危うい感じに見える。


 「…この動画…お前にやるよ。連絡先を教えてくれ」


 俺は少し考えて平野に動画を渡す事にした。流しているのが平野じゃないなら…この動画は平野に必要になるかもしれないと思ったから。

 教えてもらった連絡先に動画を送る。…俺にできるのはここまでだ。後は平野に任せよう。



 午後の授業。平野も北村も帰ってこなかった。俺が渡した動画のせいだよな…クソ…軽率だったか…


 放課後。千代田と一緒にバイト先に向かっているとバットを持った男とその隣に倒れている平野の姿があった。平野の頭からは血が流れている。あれはヤバい…!


 「おい!何してんだ!」


 バットの男は俺の声を聞いて逃げていった。


 「俺はアイツを追う。千代田は救急車を呼んでくれ!」


 「わかった!平野!しっかりしなさい!」


 平野の事は千代田に任せよう。あの野郎だけは逃がさねぇ!

 バットを持って紙袋を被った状態で速く走れる訳がない。見失わなければ追いつける。…なんだ?高校に向かっている?

 俺が距離を詰め始めた事で相当焦ったのだろう。男は何も無い場所で転倒した。周りには下校中の学生がいる。


 「コイツを捕まえるのを手伝ってくれ!」


 俺の呼びかけで何人かの男子が手を貸してくれた。数人がかりで男を押さえつける。


 「誰か!警察を呼んでくれ!」


 平野の返り血のついたバットを持っている。逃げている途中で凶器を捨てなかったのは足がつくのを避けたかったからかもしれないが…今となってはそれが証拠になる。


 「顔を見せてもらうぜ…」


 転倒した事で紙袋は破れていたが、まだ顔はハッキリとはわからない。俺が紙袋を力任せに引っ張るとあっさりととる事ができた。

 なんか厳ついオッサンが出てきたな。コイツ…誰だ?


 「…コイツ…バレー部のコーチだ」


 …なるほどな。北村の動画の男優はコイツか。北村経由で平野が動画を持ってる事を知って襲ったのか?

 …つまり、俺が平野に動画を渡してしまったから平野が襲われたのか?


 「絶対に逃がさねぇ…」


 警察が来るまで俺達は男を押さえ続けた。人だかりが出来ていたが…そんな事なんか気にしてられるか。



 翌日…何故か俺と千代田は一緒に昼食を食べている。


 「平野…大丈夫かな…」


 「しばらく入院だとさ…」


 「英男は平野と仲良いの?」


 「…どうかな。仲良くしたいとは思ってるけど」


 「…平野は凄い一途なんだ。いい奴だよ」


 「へぇ…そう言えば北村も来てないな」


 「弥生は…もう来れないと思う…」


 「なんかあったのか?」


 「コーチに…無理矢理されてたんだって…平野がコーチに大怪我させられたって知ったら…今朝、弥生は職員室でコーチとの関係を暴露したらしくて…」


 「…強いな」


 「馬鹿なんだよ…相談してくれればよかったのに…」


 千代田が泣いてる。本当に友達想いなんだな。


 「上手く…収まるといいな…」


 「うん…あの2人…本当にお似合いだからさ…このまま終わりなんて可哀想だよ…」


 「…平野の見舞いに行ってくるよ」


 「ありがとう…お願い…」


 …多分、この時にはもう…俺は千代田に惹かれていたのだと思う。友達の為にこんなに心を痛めている千代田に…惚れてしまっていたんだ。




 数日後、俺は平野の見舞いに行った。本気で北村に惚れ込んでいる平野の姿を見て気に入ってしまったみたいだ。俺と平野は友達になった。


 高校3年の夏…雅明はもう退院している。今はクラスでよく話す…というより、惚気話を聞かせられている。


 「英男は好きな人とかいないの?」


 「…いるけど」


 「誰だ?」


 「…言わねぇ」


 「そっか。千代田さんか」


 「おま…なんで…」


 「見てればなんとなくわかるよ。で、いつ告るのさ?」


 「いや…ダメだったら…気まずくなるし…」


 「…両想いなのに?」


 「適当な事言うなよ…本気なんだよ…」


 「俺が恋愛に関して本気じゃないと思う?弥生の事に関しては全力で本気なんだけど」


 「……そうだな」


 「多分さ、千代田さん…待ってると思うよ」


 「………」


 「怖いのは千代田さんも一緒。勇気を出すべきなのは…誰だと思う?」


 「…そう…だな」


 「2人にはかなり助けられたからね。応援くらいさせてよ」


 「ああ。ちょっと頑張ってみる」


 恋愛に関しては…雅明には勝てないわな。千代田を休日に遊びに誘う。簡単にOKをもらえたのは喜ぶべきか…男として見られてないと悲しむべきか…

 と言っても夏だからな…カラオケとか映画とか行けばいいのか?よくわかんねぇ…

 待ち合わせ場所の喫茶店で頭を悩ませる。


 「英男。お待たせ」


 「あ、ああ」


 私服は何回か見た事あるけど…今日はいつもと違うな…


 「あ~…カラオケとかどうだ?」


 「外は暑いからね。カラオケでいいんじゃない?」


 カラオケで正解だったらしい。喫茶店で少し休憩してからカラオケに向かう。


 「…すまん。最近の歌とかあまり詳しくないんだ」


 「カラオケってさ、人によって楽しみ方が違うんだよ。好きなように楽しめばいいんじゃないかな」


 そう言って千代田は手慣れた感じで曲の番号を入力した。…知ってる歌だな。俺に合わせてくれたのかもしれない。


 千代田が歌い終わった後にマイクを渡された。…まだ曲を決めてないんだが…

 …好きなように…か。俺はマイクをテーブルに置いた。


 「千代田」


 「何?」


 「好きだ。俺と付き合ってくれ」


 「………」


 「…ダメか?」


 「やっと言ってくれたね…バレンタインのお返しにしては…遅いわよ…」


 …バレンタインのお返し?…っ!?期待してるって…


 「ずっと…怖かった。何も言ってくれないから…」


 「す、すまない」


 「ダメ…許さない…」


 向かいに座っていた千代田は俺の隣に移動してきた。


 「ち、千代田?」


 「今度からは真白って呼んで」


 「…真白」


 「うん…後は利子かな?」


 「利子って…」


 利子が何か聞く前に…真白にキスされてしまった。


 「これで許してあげる…」


 「…もう1回。いいか?」


 答えを聞く前に唇を奪う。キス…凄いな。脳内麻薬が溢れまくってきた気がする。


 「英男…大好き」


 「俺も…好きだぞ」


 雅明の言うとおりだったな…本当に待たせてるとは思わなかった。

 



 大学は真白や雅明、北村と同じ大学に入った。学費の心配はあったけど…母さんはクソ親父からしっかり絞りとってたそうだ。

 真白と同棲して大学に通う。バイトをしながら通っているので時間が合わない時もあるけど…2人の時間は大切にしている。


 「英男~。今度の休みにさ、平野のアパートに飲みに行かない?」


 「ああ。久しぶりにいいかもな」


 大学3年。雅明達とは今もよく会っている。俺達の関係はきっとこのまま続いていくだろう。俺達は…親友だからな。


 

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