第46話「エルフの救援要請」

 亜人属領より逃げてきたエルフの族長の娘シルフィーは、やってきたハルトたちをみて平伏した。

 代官軍に襲われた時に斬られたのか、肩口に巻いた血の滲んだ包帯が痛々しい。


「す、すみませんハルト様。助けていただいたのに、こんなことになって。でも、もうハルト様しか頼る人がいなくて」

「事情はすでに聞いている。それより、酷い怪我をしているじゃないか。エリーゼ、すぐに回復ポーションを!」


 エリーゼは、慌ててハルトに回復ポーションを渡す。


「い、いえ。そんな高価な薬を使うほどの傷では……」


 遠慮するシルフィーに、ハルトは少し怒ったように言う。


「女の子の肌に傷が残ったらどうするんだよ」

「はううぅ……」


 女の子扱いに慣れてないシルフィーは、もうこんな一言で心に致命傷を受けてしまう。


「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」

「ひゃ、ひゃい!」


 ハルトは、倒れ伏したシルフィーを抱きかかえて、回復ポーションを飲ませてやる。

 シルフィーがごっくんとポーションを嚥下えんげすると、たわわな胸がハルトの腕の中でむにゅんむにゅんと震える。


「ハルト様、それ以上はあまりにも危険です!」


 わなわなと唇を震わせてエリーゼがそう叫ぶのに、ハルトは真面目な顔でうなずく。


「そうだろうね。エリーゼの言う通り、これはラスタンの罠に違いない」


 ラスタンの眼の前で、ハルトがエルフたちを守る動きを見せてしまったのが良くなかったのだろう。

 最初から、敵の本当の狙いはエルフたちではなかった。


 ハルトがエルフを守ろうとするなら、それを利用して亜人属領におびき出して殺そうというのだろう。

 なにが代官の反乱だ、白々しいにも程がある。


 亜人属領の権利をこちらに引き渡すという命令書まで下して、見え見えの罠もいいところだ。


「ああ、あざといエルフのおっぱいが、ハルト様の腕に……」

「へ?」


「い、いえなんでもありません。失礼しました!」


 一瞬、白けた空気が流れるなか。

 コホンと咳をして話しだしたのは銀髪の老将、クレイ准将だった。


「しかし、ダルトン代官軍が相手となると、ハルト殿の新兵器でもいささか厳しいかもしれませんな」


 そう形の良い顎に手を当てて考え込むクレイ准将は、密偵も使いこなすルクレティアの謀臣でもあるため、亜人属領の情勢にも詳しい。


「そんなに強いんですか」

「亜人属領を治めるダルトン代官は凶暴な男として有名ですが、その配下にいる樹甲兵きこうへい団三千人も、かなり厄介です」


「樹甲って、木の鎧のことですか」


 そう言われると、全然強そうではないのだが。


「それが、ただの木の鎧ではないのですよ。鉄杉と呼ばれる亜人属領で取れる希少な木材を何度も油に付けて乾燥させ、硬化させた特殊装甲で、その硬さは鋼の刃も弾くほどと言われています」

「なんだそりゃ」


 また謎のファンタジー素材かと、ハルトは呆れる。

 加工された鉄杉の鎧は、鋼鉄の鎧にも匹敵する強度を持つ上に、木材であるがゆえに軽く動きやすいというチート防具なのだ。


 魔力の強い土地の影響か、魔力に対する強い抵抗力レジストまで兼ね備えている。

 まさにエルフの魔術師を殺すためにあるような素材であった。


 この鉄杉の発見により、ルティアーナ王国は頑強に抵抗するエルフの魔術師たちを支配することができたのである。

 亜人属領は、強大な魔力を持つエルフの他にも、屈強なドワーフや俊敏な獣人が住んでいる領地だ。


 その難地を治める代官軍がそれ以上の戦力を有しているのは、考えてみれば当然のことであった。

 辺境の地とはいえ、亜人属領はルティアーナ王家の重要な直轄地ちょっかつちだ。


「山賊同然のその粗暴な振る舞いはともかくとして、直接的な戦闘力だけなら樹甲兵きこうへいは王国最強の部隊とも言われているのです」

「それが森の奥みたいな厄介な地形に三千も潜んでいるのか」


 クレイ准将が取り出した亜人属領の地図を見て、ハルトは考え込む。

 相手には、地の利があるということも考慮に入れておくべきだろう。


 襲われて助けを求めにきたエルフはともかく、代官の支配下にある獣人やドワーフたちがどう動くかもまだわからない。

 エリーゼは、悩み抜いた末に言う。


「ハルト様、こう言っては冷酷に聞こえるかもしれませんが。罠であれば、わざわざ敵地の奥深くまでエルフを助けに行かないという選択もあるかと思われます」

「言いにくいことを言ってくれてありがとう。だけど、今回に限ってその選択肢はないんだ」


 ハルトは、エリーゼの提案を冷酷とは思わない。

 敵の罠にあえて飛び込もうとしている自分を心配してのことだとはわかっている。


「なぜでしょうか」

「帝国軍のことを考えてだよ。ダークエルフを戦力として活用している彼らと渡り合うには、王国軍だってエルフを見捨てるわけにはいかない」


 情に流されて、という部分があることも否定はしない。

 だがそれ以上に、力の強いエルフの魔術師は貴重なのだ。


 人間の魔術師の力だけでは、到底足りない。

 敵がそうしているなら、こちらも他種族を味方に付ける必要がある。


 この世界の魔術には、ハルトの使う技術には補えない部分があるとも思う。


「ハルト様の深謀遠慮も理解せず、浅はかなことを申しました」

「いや、私の視野が狭い場合もあります。エリーゼがいてくれて、いつも助かってますよ」


「ハルト様……」


 感極まったエリーゼは、ハルトに抱きついてその腕を強く抱きしめる。


「じゃあ、話は決まったわね! 全軍を以て、亜人属領に攻め込み悪代官の息の根を止めましょう!」


 一方こちらは、いつもどおりの姫様である。


「いや、姫様。うちの大隊からは、兵を五百だけでいきます」

「え、五百って少なすぎない! 相手は三千って聞いたんだけど」


「亜人属領は、林に森に山ですから。この狭隘な地形だと、大軍を連れて行っても、却って邪魔になるだけでしょう」

「なるほど、わかったわ。選りすぐりの精兵を以てしてということね。じゃあ、私の騎士団からも最強の三百名だけを連れて行くわ」


 連れて行くわって、危険な戦場に姫将軍自らが出撃するつもりなのか。

 なにをわかったのか知らないが、この姫様をどうするかは敵への対処よりも難しいところだ。


 困ったハルトは、クレイ准将と顔を見合わせる。

 強大な敵に対して、あえて小勢こぜいで攻める意図を察したクレイ准将は、苦笑して言った。


「ハルト殿は姫様をお願いできますかな。領地の防衛は、私が担当しますので」

「では、後のことは二人で相談ということで」


 結局のところ、策謀の話となればハルトについてこられるのは経験豊かなクレイ准将しかいない。

 二人は夜遅くまで、今後の善後策を協議するのだった。

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