第22話「楼閣落つ」

 二回目にして、ハルトはライフル銃でのドハン将軍の狙撃に成功した。

 どうやら、魔術による絶対防壁は指向性があるようで、前と後ろからの両方の攻撃に対処しきれなかったようだ。


「ハルト様、お見事です。凄い射撃武器なのですね!」


 やったと思わずガッツポーズするハルトに、馬車の手綱を握っているエリーゼも拍手する。


「今度、エリーゼの分のライフル銃も作ってあげますよ。見ての通り、使い方はマスケット銃とそんなに変わらないですから」

「楽しみにしております」


 前方から、クレイ准将が馬に乗ってやってくる。


「ハルト殿、敵が白旗を上げました。敵の指揮官が部隊を率いてこちらにやってきますがよろしいのですか」

「ええ、見えてますよ。こっちに来ていただきましょう」


 捕虜として捕まえることになるが、ノルト大要塞と王国軍に挟まれて押し潰されるよりはマシだろう。

 ようやく、戦争も終わったなとハルトは肩の荷が下りた気分がした。


「帝国軍准将ヴェルナーだ。私はどうなっても、構わぬのでどうか兵の命をお助けいただきたい」

「ヴェルナー准将ですね。部下の兵団にも白旗を上げて、こちらに撤退するように呼びかけてください。捕虜という形になりますが……」


「もちろん了承する。もはや、我が軍はボロボロで戦える者はいない。逃げ場を作っていただければすぐに投降させていただく」


 兵の命をなんとも思っていない将軍が多いなかで、真っ先に部下の命乞いをしたヴェルナー准将にハルトは好感を抱く。

 後は、パルメニオン砲台の届かない安全圏まで、投降した帝国兵が逃げてこられればいい。


 クレイ准将と、ヴェルナー准将、そして軍師ハルトの三人での話し合いで、戦争終結のための流れが打ち合わせされた。

 そういえば、うちの大将であるルクレティア姫様はどうしたかなとハルトが思ったその時だった。


 逃げ惑う帝国軍と入れ替わるように特出した王国軍が、大防壁に向けて攻撃を開始した。

 そんな指示は、ハルトは出していない。


「何をやってるんです!」


 移動式の投石機カタパルトから爆弾が放射される。

 そのために作ったわけではないのに、それが防壁の弱い部分に直撃し、瓦解させ始めた。


「ハルト様、姫様が勝手に!」


 エリーゼがこっちに報告に来る。


「やっぱり姫様か。あれほど勝手に攻撃するなって言ったのに!」


 防壁に攻め寄せる王国軍騎士たちも、投石機カタパルトを操る兵士たちも、みんな姫将軍に忠誠を誓う兵だ。

 ルクレティアが陣頭に立って命じれば、そりゃ動くだろう。


「すみませんハルト様、私は止めたんですが」

「エリーゼのせいじゃありませんよ」


 どうするとハルトは悩む。

 もともと作戦が、こんなにもスムーズに動くとはハルトも思っていなかったのだ。


 あまりにも策が上手くハマり過ぎてしまったために。

 大防壁を守るミスドラース伯爵の軍も、目まぐるしく変わる戦局に混乱してまともに動けていない。


「ここがノルト大要塞を落とす絶好の機会よ!」


 そう叫ぶ姫様の声に心を一つにする王国軍の士気は高く、戦況はこちらに傾いていた。

 姫様がチャンスと考えて動いてしまったのもわからなくもない。


 しかし、明らかに勝ちすぎだ。

 この先を考えると、また面倒なことになりそうだ。


「ハルト殿、姫様を見殺しにするわけには……」


 クレイ准将の懇願を、ハルトは拒否できなかった。


「わかった。わかりましたよ。レンゲル兵長、大砲の準備をお願いします」

「ほいきた! お前ら、気合入れろよ!」


 姫様たちが大防壁の壁をぶち抜いても、まだその後方には二枚の防壁が待っている。

 このまま放置すれば、ノルト大要塞を落とせたとしても王国軍に多大な被害が出る。


 それを避けるためには、ノルト大要塞の誇る最大の砲台であり司令塔ともなっている楼閣をいますぐ撃ち砕くしかない。

 これはハルトの予定になかった攻撃だ。


「まず司令室のある左の楼閣からです。ぶっつけ本番ですが、頼みますよ」

「任せといてください!」


 すぐさま、大砲が発射された。

 四発中、なんと三発が着弾。


 最強を誇ったノルト大要塞の楼閣の一角が、音を立てて崩れていく。

 これで、ノルト大要塞の指揮系統は麻痺する。


 同時に、大防壁を攻撃している姫様が、防壁を崩して要塞内に兵をなだれ込ませる。

 きっと姫様も、喜び勇んで真っ先に飛び込んでいっただろう。


「レンゲル兵長、やりますね」

「次は右の楼閣をやりますぜ。これで軍師様は、今度はノルトラインの英雄ですな」


「カノンの英雄に比べると、あんまり嬉しくない呼び名ですね」


 姫様の暴走を止められなかったことも悔やまれるが。

 自分の都合のいいところで戦争を止めようなんて、考えが浅はかだったかもしれない。


 一度起った流れは、こうも止められないものか。

 クレイ准将は、飛び込んでいった姫様を助けに行ってしまった。


 ハルトには、帝国軍のヴェルナー准将と一緒に、投降した帝国兵を取りまとめる仕事がある。

 そちらもきちんとしておかないと戦争が終わらない。


「ハルト様、私たちは姫様の護衛に向かいます」

「エリーゼ。危ないでしょう」


「だからこそ、私たちの助勢も必要かと思います」


 四門の大砲は、すでに二本の楼閣を撃ち砕き、大防壁に並ぶ大型弩砲バリスタを撃ち落とす作業に移っている。

 こうなったらノルト大要塞も落とし切るしかない。


 ハルト大隊も兵の数は余っているから、向かわせる必要はあるのだろう。


「エリーゼ。これを持っていきなさい」


 危険な任務になると思ったハルトは、ライフル銃の簡単な使い方を教えて、エリーゼに手渡す。


「よろしいですか」

「決して無理はしないように、危ないと思ったらすぐ引いてください。あなたが戻ってきてくれないと、私は困りますよ」


「はい!」


 嬉しそうにライフル銃を抱えてエリーゼは出撃していく。

 事態は、ハルトが考えていたよりもずっと早く進展してしまっている。


 この先どうすべきか、考えを練り直す必要があった。

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