第20話「あっけない一騎打ち」

 ドパンドパンと、大砲から無数の散弾が一斉に放射される。


「ぬわぁあああ!」


 しゃしゃり出てきたドハン将軍に、大量の黒鉄の弾丸が着弾するとともに、凄まじい砂煙が上がる。

 こりゃもう死んだだろうと思ったのだが、もうもうと立ち上がる煙の中でドハン将軍の叫びが響き渡る。


「こちらは一騎打ちを求めているのに、何を卑怯なぁぁ!」


 煙から現れる将軍は死んでいなかった。

 その代わりに、将軍の前で、黒いローブの男たちが数名力尽きたようにバタバタと倒れていく。


「魔法の絶対防壁ですか」


 倒れたのは、将軍を守っていた帝国の魔術師であろう。

 健気なことに、無謀極まりないドハン将軍を守るために、まだ魔術師たちは出てくる。


「絶対防壁というわりには、ちゃんと攻撃は効いてますね」


 どんな法則であれ、無限のパワーなどあるわけがない。

 ガードできる衝撃にも限界はあるということか。


 将軍を一撃では倒せなかったが、これはこれで悪くない展開だ。

 魔術とやらの底が見えた。


 何人いるか知らないが、この調子で何度か散弾をぶつければ、ある意味で将軍より邪魔な敵の魔術師を殲滅せんめつできる。


「直撃なら倒せるってことですね。よし、弾込め!」


 ハルトが次の砲撃を命じようとしたとき、白馬に乗った姫様がしゃしゃり出てきて大砲の前に立って止めた。


「ちょっと! あなたたち何をやってるのよ!」

「何をって、敵の指揮官を殺して戦争を終わらせるつもりですが」


 何をやっているとは、こっちが言いたいセリフだ。


「敵は一騎打ちを所望してるのよ。戦争作法に則って、決闘するべきところでしょう!」


 決闘など、冗談ではない。

 騎士には騎士の道理があるのだろうが、ハルトにはそれこそ、ふざけた意見にしか聞こえない。


「ルクレティア姫様。お言葉ですが、ここで敵将を倒せば敵の侵略の意図をくじき、数千数万の命が救われるんですよ」


 ハルトだって、敵を殺して楽しいわけがなかった。

 もうこんなことは、さっさと終わらせて帰りたいのだ。


「わかったわ。敵将を倒す役目は私がやります! あなたたちは下がってなさい。敵将ドハン、この王国北方軍将軍、ルクレティア・ルティアーナが相手よ!」

「おお、姫将軍か。相手にとって不足なし!」


 また、面倒なことになったとハルトは嘆息たんそくする。

 騎士アホ騎士アホ同士で分かり合うってやつなのかこれ。


「クレイ准将、あんなのほっといていいんですか?」


 敵の陣はすでに総崩れになって、勝敗は付いている。

 今更、一騎打ちを受ける意味はまったくない。


「まっとうな一騎打ちならば、姫様が負けることはありませんから。好きにさせてあげてください」

「しかし、あの巨漢の脳筋将軍相手に大丈夫なんですか?」


 相手は槍なのに、姫様は悠長に剣を抜いてるぞ。


「心配は要りません。ハルト殿は、一対一の勝負でなくなったときにだけ備えておいていただければ」


 ハルトは騎士の戦いには詳しくないが、記憶が確かなら槍と剣では、リーチに三倍の差があるんじゃなかったか。

 そう心配する間もなく、勝負が始まった。


 白馬を疾駆する姫様が、猛将ドハンに向かって突っ込んでいく。


「ぬおおお!」

「いやぁあああ!」


 そして、槍をブンブン振り回すドハン将軍は、突っ込んできた姫様にそのまま、ズバンと槍と鎧を切り裂かれてバタリと落馬。

 あっけなく終わった。


 姫様圧勝。

 なんだありゃ。


「言っておきますが、猛将ドハンが見かけ倒しなわけではありません。姫様が身につけておられる魔法剣と魔法鎧は、王国の至宝なのですよ」


 ルクレティア姫様は、国王の唯一の娘でしかも末っ子である。

 しかも、母親に似て美貌の姫に育った。


 国王が愛したルクレティアの母親、王国の翡翠ひすいと称えられたラティーヌ妃は若くして亡くなり。

 そのせいもあってか、娘のルクレティアを目に入れても痛くないほどに溺愛した。


 そうして、何を考えたのか騎士になると言い出した姫様に、王国最強の魔法剣と魔法鎧を与えたそうだ。


 姫様の振るうアダマンタイトの剣は、王家の始祖が巨人を倒したと伝えられる魔法剣レーヴァテイン。

 身につけるアダマンタイトとミスリルでできた鎧は、巨人が踏んでもびくともしなかったと伝えられる魔法鎧スターグリム。


 戦場に立つこともある、姫様の二人の兄が着けている装備の魔法効果がそれよりも遥かに劣るということを聞けば、その凄さがわかる。

 ちなみに、乗ってる馬ですら白王号という王国最速を誇る軍馬だそうだ。


 その馬の鞍にまで高度な防御魔法が組み込まれており、敵の魔術師の絶対防壁に匹敵する強さを持っている。

 聞けば、なるほどだ。


 敵の将軍にすら魔術師のガードがあるのに、王族で将軍というルクレティア姫様に魔術師がついてない理由もわかった。

 無謀な突撃をやりまくってるのも、そのせいなのだろう。


「それでも、あんなことをしてると今に痛い目を見ますよ」


 むしろ暴走されると困るので、早く痛い目を見てほしい。

 自分の関係ないところで、死なない程度に……と願うハルトである。


「おいさめしているのですが、なかなか……」


 なんであれに人気があるのかハルトには全くわからないのだが、相手は人望厚い姫様だ。

 やってることも、側近としては面倒でも、騎士や庶民から見れば立派な行いとも言える。


 有能なクレイ准将でも更生が難しいのなら、自分になんとかできるわけもないかと、ハルトはさっさと諦めた。


「それより、もう一騎打ち終わりだから、攻撃してもいいですよね」

「え、ええ……」


 落馬したドハン将軍は負傷はしたものの、まだ死んでなかったらしく、副将らしき人物が必死に助け起こそうとしている。

 さっさとトドメをさせばいいのに、姫様は叩き切って満足したらしくこっちに帰ってくる。


 まあ、邪魔にならなくていいか。


「レンゲル兵長、そこにもう一発頼みます!」

「やっぱりですかい、放て!」


 ハルトが射撃命令を出すと思って、すでに準備していたらしい。

 兵長も、だんだんとハルトのやり方にも慣れてきたようだ。


 ドパンドパンと、大砲の音が響く。

 放たれた無数の散弾は、やはり絶対防壁に弾かれる。


「すいやせん軍師様。また倒せませんでした。すぐに次の発射準備を……」

「いや、いいんですよ。魔術師が削れましたから、もう撤収準備に入ってください」


 もともと、魔術師の戦力を削っておくための一手。

 主将と副将を同時に殺すと、敵の統率が完全に崩壊して休戦させることもできなくなるから、そこまでやる気もなかった。


 ハルト大隊は、大砲を片付けて一台ずつ馬車に乗せている。


「何やってるの、追撃するわよ!」


 王国北方軍の司令官であられる姫様は、そうおっしゃられている。


「追撃ですか、私はもうこの辺りで止めにしたいんですが……」


 もう戦果は十分だろうとも思う。

 これだけ痛めつけておけば、敵は二度と攻めてくることはあるまい。


 追撃が面倒くさいということもあるが。

 ハルトは、むしろやり過ぎてしまうことを心配しているのだ。


「私は、追撃してもいいかと思います。ハルト殿が用意されていた、離間策を使うチャンスではありませんか」


 クレイ准将まで乗り気か。

 これで、二対一だ。


「しょうがないですね。ただし、姫様。この度の戦は、私の作戦でやるという約束でした。今一度確認しておきますが、絶対に勝手な真似はしないでくださいね」

「……わかってるわよ」


 ぷいっと美しい顔をそむける姫様。

 これは、なんかマズいな。


「押すなよ、絶対押すなよ! 的な振りで言ってるんじゃないですからね」

「何よそれ……あんたは私の軍師よ。それは私だって認めてるんだから、作戦には従うわよ」


 それでも懸念が収まらないハルトは、姫様に何度も念押しする。


「姫様、あらかじめ言っときますけど、勝手な真似をしたら本気で怒りますからね」

「わ、わかってるわよ」


 いつになく真剣なハルトに、姫様も少し言いよどむ。

 ノルト大要塞に近づくとなれば、一手間違うと被害が大きくなるから、勝手な真似をされては困るのだ。


 さっきの砲撃だって、騎士道精神には反していたかもしれないが、姫様が邪魔しなかったら敵将ドハンを討てていたかもしれない。

 そうすれば、追撃などしなくても戦はその場で終わっていた。


「では、これから追撃戦ですが、無理はしないように。逃げる敵を後ろからゆっくり追い上げて、包囲するだけでいいでしょう。それより、各隊の旗手にこれを合図があり次第いつでも掲げられるように準備しておいてくださいね」

「何よこれ、帝国軍の旗じゃない!」


 姫様が驚いたそれは、帝国軍のシンボルである黒竜旗であった。


「私とクレイ准将で用意した策が上手くハマれば、おそらくこれを掲げただけで帝国の侵攻軍は自壊します」


 じゃあ、征ってみますかと。

 王国軍を率いるハルトは、エリーゼが手綱を握る馬車に乗って帝国軍を追うのだった。

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