第6話「次なる窓際へ」
「帝国軍鉄騎兵大隊を打ち破り、敵将グレアム・ベルグマンを倒した
「はぁ……」
白髪の老人、プレシー宰相から、いつもの冴えない顔で勲章を賜るハルト。
王都まで呼び戻されたと思ったら、英雄のパレードだとか言われて、王家の馬車で街を引き回されたあげくに、王城の謁見の間まで連れてこられて授与式である。
しかし、大騒ぎだった。
歓呼に次ぐ歓呼。
オープン馬車に載せられたハルトがちょっと手を振るだけで、民衆は大喝采。
こうして勲章をもらうだけでなく、ハルトの黒髪には月桂冠まで載せられているのだ。
救国の英雄を歓迎するとして、王都の市民たちが作ったものだった。
似合わないにも程があるなと、ハルトは苦笑する。
英雄など柄に合わない。
こんな風に民衆に讃えられても、ハルトは気疲れするだけだ。
早くあてがわれた宿舎に戻ってゆっくりしたい。
まさか、プレシー宰相も救国の英雄が、不謹慎にも「この勲章、本物の金でできてるから、高値で売れるかな?」などと考えているとは知る由もないであろう。
「それで救国の英雄、稀代の軍師ハルト殿はどんな地位を望む。王国軍の参謀の席ならいくつか空いておるが……」
「えっ、ちょっと待ってください。私は文官ですよ!」
またどこかの地方の書記官に戻るつもりだったので、ハルトは慌てる。
「うむ、後方勤務は好かんということだな! では、ハルト殿がさらなる活躍ができるように、どこぞの地方軍の司令部に任じるのでもいい。いきなり貴族、将軍というわけにはいかないが、士爵位を与えて准将待遇に……」
「いやいや、待ってくださいって、なんで軍人になるのが決まってるんですか。書記官に戻してくださいよ」
宰相は、何を言っているんだコイツはと呆れた顔をする。
「まさか、カノンの英雄をただの書記官に戻すわけがあるまい」
近頃、帝国軍に負け続けでパッとしないなかで、久々に明るいニュースなのだ。
ハルトが平民出身だったことも相まって、王都の民衆の人気はうなぎのぼり。
もしハルトがいなければ、おそらくプレシー宰相は度重なる敗戦の責任を取らされて失脚していただろう。
ミンチ伯爵の情けない敗戦を全力で誤魔化すためにも、ここで英雄を大抜擢しなくては、宰相の首が飛んでしまう。
「准将とか言われても、私は剣も振れなきゃ馬も乗れないんですよ」
「それなら訓練すればよかろう。たとえ出来なくとも、英雄ハルト殿には天才的な軍略があるではないか、それを王国のために生かしてほしいのだ」
これでは、埒が明かないとハルトは本音を言うことにした。
「もうぶっちゃけていいますよ宰相閣下。私は、面倒事が嫌いなんです、仕事は最小限でゆっくり寝ていたいんですよ!」
プレシー宰相といえば、全ての王国官僚のトップである。
口答えすればクビにされるかもしれない、それでも軍人にされるぐらいならクビの方がマシだ。
軍務を強制されるぐらいなら、ハルトはもう官僚を退職するつもりだ。
幸いなことに、現代知識チートを使っていくつか副業をしているので、当面の生活費には困らない。
エリート扱いされているハルトに王国が払ってくれる給金や、なんだかんだと理由を付けて使える官費は魅力ではあったが、それもゆとりある生活があってのことだ。
参謀なら前線に出なくていいかもしれないが、ハルトには嫌がる理由があった。
最高学院の選りすぐりのエリートたちが働いている王国軍の参謀本部は不夜城と呼ばれ、超絶ブラックな職場環境だと知っているのだ。
例えばほら、宰相の後ろに控えている最高学府でハルトと同期で、主席で卒業していたワルカス・カーツ参謀次官など目の隈が凄いことになっている。
前世のブラック企業で、先輩がみんなあんな顔つきになっていたとハルトは思い出していた。
王太子殿下に気に入られており、名門貴族の家柄でもあるワルカスは、若くして参謀本部の次官に抜擢され、王国の作戦参謀を任されている超絶エリートであった。
しかし、ハルトから見れば、最高学院で
愛国心の欠片もないハルトからすれば、ワルカスみたいには絶対になりたくない。
「そう言われてものう……」
もともとハルトは、ただの孤児であり、平民である。
最高学院に奨学生として入った英才とはいえ、たかだか三等書記官のハルトのことを、プレシー宰相はよく知らなかった。
宰相としては、相手はカノンの英雄であるので、必ずや王国のために活躍してくれると信じていた。
なので、まさかこんなことを言われるとは思わず、面食らってしまった。
「
過去のトラウマが発動して、完全にダメな人になっているハルト。
「ハルト殿は書記官のままがよろしいのでしょう。なら一等書記官に昇進させて、北方軍司令部付きの軍師として赴任させるのはいかがでしょうか」
「北方軍! 猪突姫……いや、ルクレティア殿下のところか。たしかにあそこの軍師は空席になっているが、しかし……」
北方軍は、かなり問題のある任地であった。
何度参謀や軍師を送りつけても、北方軍を牛耳っている姫将軍ルクレティア・ルティアーナが気に入らないと送り返してしまう。
気のいい老人であるプレシー宰相は、これでも自分の政治的な窮地を救ってくれたハルトに感謝しているのだ。
そんな場所にカノンの英雄を送るのかと、困惑する。
「あそこならば、
含みのある口調で、ワルカスはクックックと笑って言う。
何もしなくていいという魅惑の言葉に、ハルトは飛びつく。
「ありがとう。ワルカスさん、あんた良い人だと思ってたよ!」
最高学院の同窓といっても、ハルトは劣等生で、ワルカスは首席だ。
ほとんど面識がないのに、友達みたいな勢いで握手しはじめるハルトに、ワルカスもさすがに顔をしかめた。
「ハルト殿、離してくれたまえ」
ワルカスとしては、ただライバルになりそうなハルトを都合よく蹴落としたつもりなのだ。
完全に引腰になって、握られた手を不愉快そうに振り払った。
「わかった。ワシは気が進まぬが、ワルカス参謀次官がそう申すならば、北方軍司令部の軍師としよう。ハルト殿の階級は三等から一等書記官へと上げる。同時に、国王陛下から士爵の称号を授けるのでありがたく賜るように」
こうして、ハルトは貴族の端くれとなり、家名創設を許されてハルト・タケダとなった。
これでまた地方に左遷だと喜ぶハルトであったが、そこがとんでもない任地であることを知るのはしばらく先のことであった。
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