第51話 明庸


 4日かけてようやく町が見えてきた。

 ここは明庸めいよう。蓬国とローブ王国を繋ぐ宿場町で、ここを過ぎれば1日で蓬国の桃州へ辿り着ける。


 夕方前に町に着いた美嗣達は今夜は宿を取ることにした。4日間野宿生活だったので、風呂と料理とベッドを堪能したかった。すでに蓬国の領土に入っているため、建築様式もローブ王国とは別物になっている。漆喰の壁に反り屋根、花や幾何学模様の格子窓。蓬は中国をモチーフとしている国で、ローブとは違った景観を楽しめる。


 美嗣達は宿に入り、大部屋でしばらく体を休めた。野宿も悪くなかったが、やはり屋根のある場所で寝られるのは最高だ。ベッドで寝落ちする前に湯殿へ向かう。


 一階の脱衣所から浴場に入ると、積まれた桶と椅子、噴水のような水受けがあった。貯水されていたのは温水で、その湯を汲んで体を洗うらしい。一人くらいなら入れそうな広さだが、温泉と違って中に入るのはタブーなのだ。


 何にしても4日ぶりの入浴にはしゃぐ美嗣。馬車生活では体を拭くくらいしか出来なくて、頭が痒かった。石鹸を泡立てて体を洗い、オイルで髪を保湿する。美嗣はレイの髪にオイルを塗り、アリアナが美嗣の髪にオイルを塗った。


 入浴してさっぱりした後は食事に向かう。定食家がありそこで刀削面とうしょうめんを頼む。豚骨と醤油のスープに太麺、そぼろ、葱、生姜が乗っている。ラーメンというよりうどんに近い食感だった。


 美嗣は箸で食べる事に慣れているが、カインとアリアナは持ち方も分からず食べるのに苦戦する。美嗣がレクチャーして一本ずつ麺を啜るが、レイだけは持ち方も完璧で所作もきれいであった。


  器を空にして満足していると蒸籠せいろうを持った少女がやって来た。


「お客さん!壽桃ショウタオはいかがです?蒸し上がりだよ~!」


 蒸籠の蓋を開けると桃の形をした饅頭がいくつも入っていた。


「おお!桃まんか!」

「そう!壽桃ショウタオは蓬の一般的な饅頭で、毎日食べれば無病息災、不老長寿になれる神秘のお菓子だよ!」

「ふふ。じゃあ、『4つ』ちょうだい!」


 少女は美嗣の提示した4本の指を見て眉を寄せる。だが、すぐに笑顔に戻した。


「出来たら『5つ』買わない?お客さんは4人だけど、もう一つは天人様に捧げると、きっと良いことが起こるよ!」


 おまけを買わせるための口実に思えたが、美嗣は『4』といつ数字を嫌がっている事がすぐに分かり、指を5本にして壽桃ショウタオを購入する。ほかほかの生地に甘い餡、中には小さく刻まれた桃が入っており、絶品のスイーツだった。



 1日ぐっすり休み、朝早くに明傭を立とうとしたが、異変が起きた。馬が暴れて落ち着かなかったのだ。先に馬小屋に行っていたカインが手綱を握って格闘している。


「どうした?なんでこんなに嫌がるんだ?」

「どうしたの?リナちゃんご機嫌ナナメ?」


 紹介が遅れた。美嗣達のもう一頭の旅の仲間、雌馬のリナちゃん、五歳。ここまで馬車を引いてくれた功労者である。美嗣もリナを撫でて気を落ち着かせようとするが、小屋から出ようとしない。無理強いするのは良くないと思い、リナが落ち着くまで朝食をとることにした。


 11時過ぎに馬の様子を見に行くと、リナはいつも通りに大人しく待っていた。カインが小屋から連れ出し、馬車に繋ぐ。町から街道へ向かおうと馬を歩かせていると、またも彼女らを止める者が現れた。


「おい、あんた達!どこへ行こうとしてんだ!」


 男は怒鳴り声と共に美嗣達の行く手を塞いだ。美嗣が「桃州だ」と答えると、さらに険しい顔になった。


「掲示板を見てねえのか?今、桃州へ繋がる道は封鎖されている!四凶しきょうが出て通れなくなった!」

「四凶?」


 聞き慣れない言葉にカインは首を傾げる。彼の切迫した表情から魔物だろうとは予想できたが、どんなモンスターなのか判別できない。だが、美嗣はゲームで出てきた敵キャラなので周知していた。


「もしかして、渾沌こんとん!?」

「……なんだ、お嬢ちゃん。蓬の妖魔について詳しいのか」

「ああ、うん。本で見た事あるだけ!」


 四凶とは中国由来の悪神だ。

 渾沌こんとん窮奇きゅうき檮杌とうこつ饕餮とうてつ。世に最悪と混乱をもたらす四柱の悪獣。その一柱である混沌はゲーム内では固定位置にいるラスボスだが、ゴルドバベラムとは違い地上を闊歩し、被害を出しているみたいだった。


「封鎖はいつからなの?」

「1時間ほど前に報せが届いた。ここから桃州へ続く璃空りくうの原に混沌が出現したらしい。州師が応戦しているが、辺りは火の海だって言うぜ」


 それを聞いて美嗣はぞっとした。

 もしも、朝に出発していたら、運悪く混沌に遭遇していたかもしれない。愛馬のリナが駄々を捏ねていなければ、無事では済まなかっただろう。


 もしや動物の本能で危機を予知していたのか?何にしても出発は取り止めだ。足止めを食らってしまった美嗣達は、明庸に留まり様子を見ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る