本屋大賞

ぱんのみみ

俺の本屋大賞

 俺が勤務している本屋は田舎の小さな本屋だ。

 バイト先としてこれ以上の店はない。適度に暇で、適度に忙しい時期があって、そして本屋。うん、完璧じゃないか。


「えっと、今日のスケジュールは……」

 一日のタイムスケジュールが貼られたファイルを見る。うんうん、二時間レジで、品出しをして……精算業務をしたあとは本屋大賞をきめるのか。へえ。閉店後は忙しそうだな。

「…………ん? 本屋大賞?」

「あ、木戸先輩おはようございます。見ました? ワースケ」

「見たけど……本屋大賞ってなんだ? 熊野は店長から何か聞いてるか?」

「いや全然全くもって」

 先に出勤していた後輩は首を傾げるだけだった。マジでどういうことだ。だが、一つだけ確信がもてる。多分、これは多分だが。

「……絶対、俺が知ってる本屋大賞じゃねえってことだけは分かる……」


*****


「というわけで君たちにはうちの店の中で一番オススメできる本……本屋大賞受賞作を決めてもらう」

「ぜっったい思ったのとちげぇわ!!」

 こんな片田舎で万が一にも決めるわけないとは分かっていたが概要聞く限り絶対本屋大賞じゃないことだけはハッキリとわかった。

「て、店長。それってどう決めるんですか? 売り上げですか?」

「売上なんてつまらないもので決めるわけないだろ。第一売り上げだけでいったらうちの本屋大賞は国語辞典になる」

「そんな店で本屋大賞を仮にでも決めようと思ったアンタの頭が俺は心配ですけど」

「そうですよ店長。だいたい、それ本屋大賞じゃなくて俺の本屋大賞じゃないですか……!」

「お、その名前いいな。じゃあ俺の本屋大賞を決めよう」

「認めちゃったよこの人……」

 提案した熊野は泣きそうだ。四人のアルバイトが落胆と苦悩を抱えているとは露知らず、この部屋の中で店長だけぎノリノリだ。まさに会議は踊ると言うやつだろう。


「ていうか、何をおせって言うんですか。この店にそんな流行りものないでしょう」

「そうですぅ! 悪役令嬢ものも、聖女も追放もないじゃないですかあ……!」

「ジャンヌ・ダルク、あるゾ」

「伝記は流行ってないですぅ……!!」

 アルバイトの伊藤さんは泣き崩れてしまった。俺もそうしたいが今はどうにかしてこのアホの暴走を止める方が先だ。


「あと俺TUEEEE系もある」

「ちゃんとしたのなんだろうな」

「ああ勿論。なにせイーリアスだからな」

 立ち上がった俺を後ろから熊野が羽交い締めにする。

「離せ、熊野! 俺は店長を殴らないと気が済まない……!」

「僕もそうですけどここはぐっと堪えてくださいよ!」

 熊野の言う通りかもしれない。危うく怒りに我を忘れるところだった。そう、落ち着こう、一旦落ち着くべきだ。


「まあ、お前たちの困惑する気持ちも分かる。なにせここは本屋だ。この中から自分が真におすすめしたい本を見つけ出すのなんて難しいだろうからな」

「分かってて振ったのかよ」

「締切は一週間後だし」

「締切の方に伸びてもらってくれないか?」

「そんなお前たちに助け舟を出すべく! 俺自らリストアップしてきたぞ! ほら、熊野と木戸はこれ。で、伊藤と斎藤はこっちのリストだ」

 渡されたリストに目を通していく。数々の名だたる文豪に紛れて平家物語とか伊勢物語とか見えるが、まあ、確かにある程度は小説と言える分類だ。つまりどうやら俺と熊野は小説部門らしい。


「ねー、テンチョォ? これ、マンガ部門と雑誌部門と小説部門で分けた方が良くね?」

 斎藤さんの言葉に店長は深く考え込む。

「俺もそれは考えたんだがな。だが、近年はノベライズというのがあるだろ。だからやめた」

「それ以前にうちに置いてある本にノベライズはないし、ついでに言えば置いてある漫画はみんな手塚治虫でしょうが」


「あ、あの、店長……リストの中に初めての小学生があるんですが」

 幼児向け雑誌のひとつだ。付録が結構豪華なことで有名で、近隣の小学生の親御さんが買われるので確かに在庫がある。

「おう。付録も込で吟味してくれ」

「付録込みにしたらもう、ほかの雑誌に勝ち目はないんだが?」


「…………あの、店長。小説部門って書いてあるこのリストに……六法全書も含まれてるんですが」


 恐る恐る熊野が手を挙げた。全員がその言葉に凍りついた。そんなことに全然気が付かないままに店長は笑う。

「おう! あれも小説部門に入れといた! ちゃんと吟味してくれよな!」


 パイプ椅子が倒れた。熊野の動きは非常に俊敏で、ほとんどノーモーションだったのに俺を羽交い締めにした。

「離せッ」

「分かりますけどっ」

「分かってる。殴っちゃいけないことはわかってる。人としても社会人としても殴っちゃいけないってことは分かる。だがな」

 にっこりと笑って見せた。熊野の顔が一気にひきつる。

「それでも人には殴らなきゃいけないときがあるッ!」

「そんな時はないんですよ!!!」


 ……後日。

 本屋大賞受賞! という鮮やかなポップに彩られた初めての小学生と、その隣に正規の本屋大賞の小説が店頭に陳列された。初めての小学生はそこそこ売上が伸びた。本屋大賞の本は国語辞典よりも売上が高かった。


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本屋大賞 ぱんのみみ @saitou-hight777

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