勘違い

藤瀬京祥

勘違い

 だから違う、違うの。

 わたしが見ているのは、レジ近くで雑誌を立ち読みしているスーツ姿の男性会社員です。

 まぁその、何人も同じような格好をしている人がいるけど……というか、この時間帯、男性雑誌のコーナーで立ち読みしてる客なんて、だいたいみんな同じような格好をした会社帰りのサラリーマンよね。

 わたしが見ているのはその中の一人。

 誰かはあえて言わない……というか、言えないというか。


 知らないもの


 そう、知らない人なの。

 たまたま仕事帰りにふらりと寄ったこの本屋で見掛けてから、ずっと気になってる。

 ただそれだけ。

 でもまた会えるんじゃないかと思って寄ったら、やっぱりいたの。

 それ以来、1週間に1、2回立ち寄るようになった。


 もちろん会えない日もある。

 そういう日はさっさと退散するんだけど、問題はそこじゃないの。

 会えない日もある。

 うん、それはそれでいいの。

 だからこそ会えた日が嬉しいわけで、問題はそこじゃないの。


 店員よ!


 女性雑誌のコーナーからその人を見ているんだけど、角度的に、男性雑誌のコーナーの向こう側にレジがあって、だいたいいつも同じ男性店員が立っている。

 その店員がわたしを見てるのよね。

 わたしが見てるのはその人じゃないのに……。


 勘違い?


 いやいやいや、それが違うの。

 そりゃね、わたしだってそこまで自惚れているつもりはないから、最初は気のせいじゃないかと思っていたんだけど、どうもそうじゃない。

 このあいだなんてお店に入ったとたんに目が合ったくらいよ。

 まぁすぐに目をそらされたけど。


 当然よね


 でもね、わたしが見ているのはその店員じゃないの。

 同じ客の中にいる、あの男の人。

 だいたいその店員、たぶん学生アルバイト。

 どう見ても大学生っぽいもの。

 だからって、わざわざその店員になにか言うわけにもいかないし……という話を会社で愚痴ったらとんでもないことを言われた。


「あんたには悪いけど、それ、たぶん違うと思う」

「違うってなにが?」

「その店員があんたを見てるっていうの、たぶん違うわ」

「でも、本当に凄く目が合うの」


 それこそ尋常じゃないくらいにね……というわたしに、同僚はちょっと申し訳なさそうな顔をする。

 なに? どうしたの?


「たぶん……だけどさ、その、気を悪くしないでね」

「なによ、改まって」

「いや、多分だけどその店員、あんたのこと疑ってるんだと思う」

「疑うってなにを?」


 わからなくて訊いてみたら、同僚は掌を上に向け、人差し指でなにかを引っ掛ける仕草をする。

 ん? なに、それ?


「あ? 知らない?

 これ、万引きって意味」

「え……?」


 驚きのあまり言葉を失うわたしの前で、同僚はもう一度人差し指でなにを引っ掛ける仕草をしてみせる。

 そして苦笑いを浮かべる。

 つまり、なに?

 その店員は、わたしに万引の疑いを掛けてるわけ?


「たぶんね」


 なに、それっ?

 え? ちょっと待って。

 わたし、もうあの店いけないんだけどっ?


「いや、まぁ後ろめたいことがなければ気にしなくてもいいと思うけど」


 後ろめたいことっていうか、その、お店に通っている理由が不純だから、後ろめたいことはないと言えない。

 言えないところが後ろめたい。


「ちょっと待って。

 じゃあわたし、どうしたらいいのぉ~?」


 だってあの人、あの本屋でしか見掛けたことないのよっ?

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勘違い 藤瀬京祥 @syo-getu

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