【KAC20232】我輩は、ぬいぐるみである。

マクスウェルの仔猫

第1話 我輩は、ぬいぐるみである。


 我輩は、ぬいぐるみである。


 名前はまだ、無い。

 だって、我を買ってくれないんだもん。


 それどころか、皆が目を逸らして逃げていく始末。

 解せぬ。


「おとーさん!変なぬいぐるみがあるよ!うさぎさんの横!」


 む?


 これはこれは、お目が高い。

 幼き男児が若き父親の裾を引っ張って、我を指差しておるではないか。


 が、指差しは頂けぬな。

 呪うぞ。


「んー?兎の横?どれどれっ?!お、落ち武者ぁ?!!」

「うん!」


 これこれ、父御ててごよ。

 幼子の前で、そのように怯えた表情を見せるものではない。


 それに。

 それにだぞ?


 ようく、見るがよい。


 腰には、先祖代々の魂が宿る名刀!

 折れ曲がってしまっているかのようだが、愛嬌であろう。


 身に羽織るは、刃など欠片も通さぬ巌の如き鎧!

 我が身体はに斬られているが微笑ましい事、この上なし。


 あ!逃げちゃヤダ!

 待ってえ!

 我に、温もりを!

 ぎゅう!ってしてぇ!


 冷やかしか。

 事もあろうに、冷やかしか。


 口惜くちおしや。

 

 古来より、この胸の内を表すに相応ふさわしき言葉がある。

 口、と書いて兄。

 

 そう。

 口に、兄と書く。


 呪うぞ。


 ちなみに、姉ではいかぬ。

 だって涙が出ちゃうもん。

 

 我はな。

 寂しいとだな。

 もげちゃうの。

 

 くすん。


「きゃあ!何あれ!ぬいぐるみの間に、血だらけっぽい着物着たぬいぐるみ?!」

「ほんとだ!やだあああ!」


 我を見た瞬間に脱兎の如き逃げた、うら若き乙女達。

 遠目にて、こそり、こそりと話をしている。

 

 むむ?

 おお。

 我からほとばしる魅力に、ようやっと気付いたか。


 だが。

 だが、である。

 

 我の魅力は、これのみではないのだぞ?

 よし。


 ここが正念場。


 これを見たらば、乙女達はときめきの業火に身を焦がす事間違いなし。

 ふふふ、手を伸ばすがよい。


 抱き寄せるがよい。


「ぎゃー!!!首、落ちたぁ!こっち見てない?あれ!」

「転がってきたよぉ!やだやだやだ!やだああああ!!!」


 ああ!

 逃げないで!

 

 呪わないから!

 呪わないからあ!


 

 

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