物語が歩いて来たぞ!!

雨宮羽音

物語が歩いて来たぞ!!

 冒険者で賑わう街には噂が絶えない。


 出店と買い物客が溢れる市。

 飲んだくれが徘徊する宿屋通り。

 決闘に沸き立つ大広場。


 たとえ閑静な場所があったとしても、そこに人が居るならば、どんなワンシーンを切り取ったって耳に聞こえてくる。


『東の廃墟には亡霊が出るらしい──』


 ──ほら、さっそく噂が。

 そしてそんな噂噺に聞き耳を立てる小さな人影がここにひとつ。


 子供の様な小さな背丈に、尖った色白の耳。迷彩染みた緑色の旅装束に身を包んだ、コノリリという名のエルフの少年だった。





 東の廃墟。コノリリは名もなきその古城に足を運んだ。

 いつから存在しているかもわからないその建物は、外観も内装も石造りであちらこちらが崩れ落ちたいかにもな遺跡と化していた。


 コノリリは自分と同じくらいの大きさをもつパンパンに膨らんだカバンを背負い、それでも軽い身のこなしでひょいひょいと荒れた構内を渡り歩く。


 道中には遺跡を住処としたゴブリンやサラマンダー、スライムなど様々な魔物モンスターが徘徊していた。

 しかしそのどれもがコノリリの存在を察知出来ずに見逃していく。


 これは彼の隠密テクニックがどれだけのものなのかを示していた。


「んあ〜、この辺がいいかなぁ〜」


 どこか訛りのあるぬめりとした喋り方で、コノリリは呟く。


 たどり着いたのは遺跡の最深部。

 広い空間に王座の様な巨大な椅子が聳え立つ。天井が崩れて眩しい陽光が降り注いでいた。


 彼はその場所を、少し離れた位置にある石柱の上から見下ろしていた。


「お〜、すでに始まってるじゃないですかぁ〜」


 そういって彼はカバンから双眼鏡を取り出す。

 生まれ持ったいつでも眠そうな半開きの眼がレンズを覗くのと同時に、若い男の雄叫びが聞こえてきた。



 拡大されて見える景色の中、王座の近くには四人の人影があった。それぞれが剣や盾、杖などを装備している。

 どうやら冒険者のパーティーらしい彼らを、その身の丈の倍はあろうかという巨体の鎧達が囲んでいた。

 鎧の敵はすべて頭が無く、体の向こう側が透けて見える半透明──本当に、亡霊は居たのだ。


 すでに戦いの火蓋は切って落とされている。

 激しいすったもんだの激闘を、コノリリは高いところからのほほんと見物していた。



 少しして、彼は自分の荷物を辺りの岩盤へ広げる。いくつかの書物と、古文書の数々。

 彼自身が手にしているのは、まっさらな白紙のメモ帳だった。


 コノリリはその場に座り込むと、メモ帳の空白に筆を走らせ始める。


「亡霊がいるってことは〜、ここが古代の王族の城だってのも本当かもね〜。だとしたら隠された秘宝も、なになに……不老不死の水瓶ぇ〜? それはいくらなんでも眉唾でしょ〜」


 彼はメモを取りつつ、古文書を眺め、書籍を漁る。

 その最中も独り言が止まない。


「んお〜、あの戦士が持つ剣、ぱらぱらぱらと……ふむ、伝説の剣エクスカリプパーかぁ、聖属性持ちじゃん。こりゃ勝負あったね〜」


 すらすらとメモ帳を埋める手が止まった。

 双眼鏡の向こう側で、まるで別世界のように激しく展開されていた戦いに決着が付いたのだ。

 始まりから終わりまで、ほんの十数分の出来事。


 結末は冒険者達の勝利。

 彼らは王座の奥に眠っていた財宝を手にして、一件落着の様子。


 それを確認してから、コノリリも大きく伸びをした。


「ふい〜、今日の仕事終わり!」


 これにて、彼のライフワークは一旦幕を閉じる。





 世界の観測者。

 そう名を打てば、いささか偉大な存在に聞こえるだろう。


「は〜あ。なんで僕、こんなことしてるんだろう……」


 しかしながら、コノリリは至って普通のエルフに過ぎなかった。

 日常に潜み、歴史を刻む者達。その一抹の血筋を引く彼は、ちょっと気配を隠す術を叩き込まれただけの一般人だ。


 エルフ故に寿命は長い。コノリリもすでに産まれて二百年は生きた。そこだけは観測者として優れた適正を持つのかもしれない。


 だからといってすごい魔法を使える訳では無いし、特別に力が強い訳でも無い。

 目的意識があるとか、高い志があるだとかでも無い。教えられ、ただ言われたことをその通りこなして生きてきただけなのである。


 それを長い年月続けていると、流石にその……あれだ。


「なんだか人生つまらんなぁ〜。何かを見て、記す。それもいい加減飽きてきたなぁ〜」


 自分のやっていることの意味を見失い始める。

 そもそも意味など、初めから無かったのかもしれない。


「お前もそう思うだろぉ〜?」

『ブモ〜!』


 コノリリの問いかけに、くぐもった動物の鳴き声が返事をした。


 今は遺跡から帰りの道中。

 深い森を、乗り物兼荷物持ちの動物であるモウピッグの背に乗っているところである。

 この動物は牛と豚の入り混じったような見た目の生き物だ。力持ちで、一日にたくさん歩けるスタミナ持ち。コノリリのようなしがない旅人にとって頼りになる相棒だ。


『ブモッ!? ブモモッ!!』

「ん〜? どうしたどうした〜?」


 突然、モウピッグがそわそわと落ち着かない様子を見せる。


 はて、と辺りを見回した時。木々の間から不意に目の前に飛び出す人影があった。

 それはターザンよろしくツルか何かにしがみついていて、勢いよくコノリリの額めがけて真っ直ぐに突進してくると叫び声を上げた。


「あっ、危ない!!」


 ──ヒップをモロにくらい、コノリリは地面に落っこちて気絶した。





 目を覚ますと、顔面をモウピッグにやたらと舐められていることに気が付いた。


「いてて……やめてやめてぇ」


「気が付いた? その……ごめん。急にぶつかってちゃって……」


 体を起こすと、まず最初に暖かい光が眩しく目を細める。

 空は暗く星が輝いていた。ほんのり肌を焦がすのは、どうやら焚き火のようだった。


 見知らぬ少年がひとり、心配そうにコノリリを見つめている。歳の頃は十と数年といったところだろうか。おそらく人間ヒューマンである。


「んあ……なんだいオメエは〜」


「オイラ、遺跡に向かってたんだけど、途中でアンタと交通事故おこしちまって……」


「ありゃ交通事故とは違うだろぉ〜」


 コノリリは呆れの視線を向けるが、しかし状況を鑑みて。


「──まあ、見捨てず介抱してくれたみたいだし、許してやるよぉ〜」


「そりゃ、ほっておくわけにはいかないよ! アンタ作家だろ? こんな面白いもの書く人を死なせたら、バチが当たっちゃうよ!」


「んあ〜??」


 少年の言葉にコノリリは疑問符を浮かべた。

 みれば、少年はモウピッグに装備された荷物の中から、コノリリの書いたメモを取り出し勝手に読んでいたらしい。


「僕は作家じゃねえよぉ。そいつはただの記録だ〜」


「嘘だあ! すげえハラハラドキドキする読み物だぜコレ! 剣と魔法のドタバタに、チビっちゃう様な魔物モンスター! きっと他にもあるんだよね!?」


「そりゃ、あるにはあるけどぉ」


「みせてみせて!!」


 目を輝かせる少年を前に、コノリリは不思議な高揚感を感じていた。

 妙におだてられれば、誰だってそうなるだろう。


「ふふん、しょうがねえなぁ〜」


 気分が良くなったコノリリは荷物を漁る。

 なんだか期待に応えてやりたくなって、過去に記した記録を選りすぐってしまう。


「こいつはどうだぁ〜?」


 取り出したるは西の火山地帯を訪れた時の記録。

 少年はワクワクとした様子でそれを受け取ると、焚き火の灯りで熱心に読み始める。


 少しばかりの時間の空白を、コノリリは食事の用意にまわした。

 焚き火に道具を設置して暖かいスープを作る。



 どのくらい時間がたったか。

 喜怒哀楽の表情を豊かに見せていた少年が、不意に馬鹿馬鹿しそうに笑った。


「あはは! 火を吐く大トカゲなんて、本当にいたら怖い! 面白いけどさ!」


「オメエ〜! ドラゴンは本当にいるんだぞ! 僕は見たことした書かないんだかんな〜!」


「えー、でも聞いたことないよー」


「大馬鹿もんがよぉ〜! だったらその恐ろしさ、僕がみっちり教えちゃるかんなぁ〜!」


 そこからは彼の白熱したドラゴン談義が始まった。

 終始聞き入る少年と、これまでの〝孤独〟がバネになっているかの様に喋り倒すコノリリ。


 そうして話は逸れていき、二人は様々なことを語り合う。


 少年が冒険を求めて単身、遺跡を目指していたこと。

 コノリリの冒険に対する危険講座。つまりは説教。


 少年の冒険者への憧れ。

 コノリリの人付き合いに関する後悔。つまりは失敗談。


 少年の──。

 コノリリ────。





 いつしか夜は開け、二人はモウピッグの背に乗り街を目指していた。


 朝焼けの空に白む道中を、眠い目を擦りながら進む。


「ねえ作家さん。いつかまた、面白い本を読ませに来てよ」


「だから、僕は作家じゃねえってぇ〜」


「でもこれからも書くんでしょう? 物語をさ」


「…………」


 コノリリが記しているものは、決して物語としての書物では無かった。

 それは記録であり、義務であり、下手をすれば誰に読まれることも無いただの紙の束だ。

 そこに意味を見いだせなくなりつつあった。


 しかし、今のコノリリは知ってしまったのである。

 自分が作り出したものにも価値があるかもしれないこと。そして人を喜ばせると、自分の中で確かに何かが良い意味で騒ぎ立つことを──。


「いっぱい書いてるんだし、本屋でも開けば? きっとお金を払ってでも読みたがる人がいると思う。もちろん、その時はオイラはタダで頼むよ!」


「店なんて開けるわけ無いだろ〜。僕は旅をやめるわけにはいかないのさぁ。それが仕事なんだからねぇ〜」


「ちぇ、儲けのチャンスかと思ったのになー」


「ふふ……ありがとうよぉ〜」



 話し込んでいると次第に街が見えてくる。


 そこに帰り着けば、数奇な出会いも、楽しい時間も終わりを迎える。

 名残惜しくはあるが、しかし歩みを止めるわけにはいかないのだ。


 なぜならコノリリは観測者で、しがない旅人なのだから──。





 冒険者で賑わう街には噂が絶えない。


 叩き売りの声と客の反応が騒がしい市。

 瑣末なことで喧嘩の絶えない酒場。

 行商の見せ物で笑いに溢れる大広場。


 たとえ閑静な場所があったとしても、そこに人が居るならば、どんなワンシーンを切り取ったって耳に聞こえてくる。


『例の本屋が街に来てるらしい──』


 ──ほら、さっそく噂が。

 そしてそんな噂噺に聞き耳を立てる人影がここにひとつ。


 爽やかな面持ちの青年で、しかし子供のように瞳を輝かせる。

 すっかりと着慣れた鎧装備に身を包んだ、いつか冒険に強い憧れを抱く少年だった人間ヒューマン


 彼は知っていた。

 噂の本屋がモウピッグに跨り売りに来る本が、誰だって夢中にさせてしまうほど魅力的なものであることを──。


 だから彼は、自信をもってこう喧伝するのだ。



『物語が歩いて来たぞー!!』





物語が歩いて来たぞ!!・完

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