第10.5話 聖女は導かれる

「こ、こちらです……!」


 私とモルテラ様は突如現れたボロボロの女性に導かれるままに森の中を進んでいました。


 ホーネストと名乗った、20代後半ぐらいと思われる女性。

 茶色の髪は荒れ、まるで煤けたように毛先はチリチリに焼け焦げています。

 肌にへばりつく土汚れは血色の無い肌を化粧していて。

 ほぼ着ていないに等しい、ただ上から被っているだけのような衣服と、露出した肌より、血の痕が鮮明に目立って。

 そのおぼつかない足取り、両足も酷い火傷を帯びています。

 そしてもう一つ。

 ここまで見れば誰だってわかる決定的な要素がありました。


 彼女が既に死んでいるという事です。


「お願いします! どうか、どうか村を…お救いください…!」


 それでも彼女は自分が死んでいる事に気づいていません。

 無念のまま死んだ魂が、生前の記憶を持ったまま彷徨うなんてよくある事です。

 

 その最たる理由が怨み。

 幸い、彼女がそれを覚えていない事が幸いでした。


 人を襲う霊、悪霊は真っ先に対処しなければいけませんから。

 ですが、彼女はまだ彼女のまま救えます。


「はい、お任せください」


 それを行なうのが、聖女である私の使命なのです。

 

「そんなに安請け合いして、大丈夫なんですかぁ?」


 なんと、モルテラ様がワタシを心配してくれています……!


「これは私の仕事ですから」


 ですが、心配はかけません!

 ここで頼れる聖女だという事を証明します。

 彼女を救う事で。


「ホーネストさん、村の名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「……は、はい。えっと、その……ね、ネフィル村です! は、はやくしないと!」


 ――その名前に、心当たりがありました。


「……ありがとうございます」


 ホーネストさんは使命に取り憑かれているように、どんどん進む足が速くなっていきます。

 嫌な予感がしました。



 ◆



 夜になろうとしています。

 森の中にあった、村だったもの。


『オォ、ホーネストおか――!』

『見――顔――、――か?』

『――――』

『嫁――!!』


 嫌な予感は見事に的中してしまいました。


「……え、あれ?」


 ホーネストさん、彼女の目には何が見えているのでしょうか。


「あのぅ……ワタシたちは何を助ければ良いんですか?」


 モルテラ様が自ら救いを!?


「この村をです!」

「えぇ……」


 必死な形相のホーネストさん。

 モルテラ様は凄く渋い顔をされました。

 任せてください、私がなんとかしますから。


「……モルテラ様、とりあえずお話を聞きましょう。ホーネストさん、貴女の家に案内してもらってもよろしいですか?」

「は、はい……こ、こちらです」


 ホーネストさんが村の中に入っていきました。

 死体、いえ、遺骨が散乱する村の中へと。


「シャリーネ、なんかおかしくないですか?」

「モルテラ様……」


 私は気づきました。

 モルテラ様の台詞からくる違和感に。

 そして即座に理解します。

 モルテラ様は神、それも死神です。

 

 魂を司る高貴な存在だとしたら。

 モルテラ様も、見えている景色が私と違うのではないでしょうか。 


「……すみません、少し確かめたい事があります。ですが、お気をつけて。私から決して離れないでください」

「はあ」


 このままでは危険です。

 私が護らなければ。

 モルテラ様の横に並び、警戒しながら村だった跡地へと入りました。


 ほとんどの家が崩れる、もしくは焼け落ちています。

 白骨がいたる所に転がり、村の広場にはそれが顕著となり大量の溜まり場のようになっていました。

 まるで、そこに集められ、皆殺しにされたように。


『――!』

『――――!!』

『――――――!!!』

『――――――――!!!!』

『――――――――――!!!!!』

『――――――――――――!!!!!!』


 言葉にならない、不快な怨嗟の声が村中に響き渡っていました。

 ですがその声の主は見えません。

 白骨があるのみ。

 村だった跡地の奥に入っていくと、その音はどんどん強大になっていき私は顔を顰めながら進んでいきました。



 ホーネストさんの、家だった場所。

 被害は比較的軽微と言えました。

 それでも壁はほぼ崩れ、屋根のような日除けがある程度の、人が住める環境とはとても言えないものですが。


「す、すみません……わたし混乱しているのでしょうか?」


 瓦解した木材の集合体をまるでテーブルのようにして招かれました。

 ホーネストさんは不安そうに視線を右往左往させています。


「いいえ、まずは落ちついてください」


 彼女を刺激してはいけません。

 何かの拍子に、この惨状を思い出してしまうかもしれませんから。


「そ、そのこれ……質素ですが。ご迷惑をかけてしまったお詫びです……」


 石の器には雨水が溜まっていました。

 きっと、料理のつもりなのでしょう。

 それも日が経っているらしく濁っていて、更には虫が浮いていました。


「……ありがとうございます」


 それでも、表情には出しません。

 全ては彼女の為に。


「おおっ!!」


 え、モルテラ様……嘘ですよね?

 その紅い目をとても輝かせていらっしゃいます。


「や、やっぱりおかしいのでちょっと村長に会ってきます!」


 モルテラ様に注目している隙にホーネストさんが外に飛び出してしまいました。

 追いかけなければいけないのに、モルテラ様を放っておけません。

 何故なら今にも食べてしまいそうだからです。

 真実を言うべきなのでしょう、ですがとても嬉しそうで言ってしまったら落胆してしまうのではないかという葛藤が――。


「やっぱりなんかおかしいけど、とりあえずこの美味しそうなスープを貰いましょうか。せっかくの貢物なんですし!」

「っ!? いけませんっ!!」


 ――問答無用でメイスを叩き込みました。


「ヒィッ!?」


 粉々にはじけ飛ぶ石器と木材。

 ふぅ、危ないところでした。

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