第5話

 雨宮先生が怒った翌日。この日も国語の授業がある。

 雨宮先生はどんな顔をしてくるのだろう。

 授業が始まる数分前。先生の来ない今はまだざわざわしている。

 ガラガラと引き戸が開く。雨宮先生だ。

 ざわざわしていたクラスが一斉に静まる。

 え、嘘。この騒がしいことに関して誰の評価もぶれないうちのクラスが? 

 私、クラス間違えた? そんなわけは流石になかったけれど。

 雨宮先生は決まりが悪そうに少しうつむいている。

 雨宮先生も、昨日の今日でどうしたらいいか困ってるのかなあ。

 私は雨宮先生を元気づけるために前に行きたいけれど、そこまでの勇気は私にはない。

 その時、左隣からガタッと椅子が動く音がした。

 そっちを向くと、横島が苦々しい顔で立ち上がっており、雨宮先生のもとへ歩いていく。

 ちょっと! 何するつもり!?

 雨宮先生も多少身構えているのか、少し目つきが険しくなる。

 沈黙がクラスを支配する。

「……ごめんなさい。」

 重苦しい沈黙を破ったのは、なんと横島だった。

 え、この男が謝った? え、私、今度こそ眼とか耳とかおかしくなった?

「…はい。反省しているなら、漫画の没収は、今回は見逃してあげる。もう授業中に読まないでね。」

 雨宮先生が優しい表情になって、穏やかな声で話す。

 いいんですか、雨宮先生。

「もうしません。」

「次は無いからね。仏の顔も三度までと言うけれど、私は一回だけだからね。」

 少しだけ冷たい声での念押し。

「反省しています。先生のこと、怒ってこないと思って舐めてました。」

「他の先生がどうしてるかはわからないけれど、私は授業を聞いてくれる子を大切にしたいの。だからそれを妨げるものは許せない。私の力不足で授業を聞きたい子が授業を聞けなくなってしまうのは、私の責任だから。ここに立つ以上、私はそれを曲げないつもり。横島君、自分のしたことを認めて謝れるのって、実はすごいことよ。大人でも出来ない人はいるもの。さて、そろそろ席に戻って。」

 雨宮先生に促されて横島は席に戻って座る。

 何、この男。私だって雨宮先生に褒められたいよ。雨宮先生と一対一でお話したいよ。

 ちくしょう、なんだか負けた気分! 昨日までと違う意味で腹立たしい!

 でも雨宮先生に構って欲しくてわざわざ悪い子になるのは、なんか違うと思う。

 だから私は、先生に振り向いてもらえるように頑張るし、いっぱいお話しに行く!

 そう思うと、私は雨宮先生のためなら何でも頑張れる気がしてきた。

 その日に帰ってきた漢字の小テストは、20点中13点だった。

 自分の小学生みたいにイビツで間違った漢字の横に、雨宮先生の綺麗な正しい漢字が書かれていた。

 先は長そうだ……。


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