第4話 届かない返事
夕飯を済ませて部屋に戻った玲子は、破裂しそうな心臓を抱えつつ、勉強机に置いたスマートフォンの画面をタップする。
映ったのは見慣れたロック画面で、通知の履歴は残っていない。メールやメッセージを送ってくれた人はいなかったわけだ。
こういうときに限って、メルマガすら届いていない。
「武彦先輩、送った写真に気づいていないのかな」
そう独り言ちつつメッセージアプリを確認したら、開封済みになっていた。
張り詰めていた気持ちが急に萎えてしまう。玲子はスマートフォンを手にしたまま、倒れ込むようにベッドに仰向けになった。
「スルーされちゃったんだ……」
予想通りの結末なのに、どうして今日は辛く感じるのだろう。
昨日までは返事がなくともこんなに落胆することなかったのに。
玲子は、閉じたまぶたの上を右の手首で覆う。
親衛隊のメンバーからもたくさんメッセージが届いているはずだから、玲子の送った写真は埋もれてしまったのだろう。実際に今まででも返事のこないことはあった。
全員とやり取りしていたら、チェックするだけでも大変なはずだ。大量のメッセージを捌ききれず、パニックを起こしていなければいいが。
口下手で会話の苦手な武彦は、アドレスやID交換の申し出を断れない分、相当数の女子を相手にメッセージのやり取りをしているらしい。
「そういえば……」
バンドメンバーの誰かが見かねて、ファンレター扱いの人物と重要な人物を振り分けるように設定したと、武彦自身から聞いたのを思い出す。
自分はどっちに入れられているのかが気になったが、それを訊く勇気はなかった。
「所詮あたしも、大勢の中のひとりか……」
親衛隊のメンバーとは違うきっかけで、武彦と玲子は知り合った。だからこそ重要な友達に入れられていると、少しは期待していた。
一方で、それ以上の存在になれないことも自覚している。でも武彦への想いに気づいた途端、そんな待遇が寂しくなった。
恋心を認めたくなかったのは、その事実と直面するのが怖かったからかもしれない。
「でもフラれたわけじゃないし、今までどおり話しはできるよね」
武彦が行きつけにしている喫茶店でバイトもしている。学年は違っても同じ学科だから、偶然顔を合わせることも多い。
親衛隊に邪魔されなくても話せる機会はたくさんある。
彼女になれなくても、友達でなくなったのではない。
玲子は手の甲で目元をこすり、ベッドから起き上がって窓を開けた。
海からの風は潮の香りを運んでくれる。懐かしい香りに慰められているそのときだ。
スマートフォンにメッセージが届いた。
差出人は香澄だろう。でも一パーセントの可能性に心臓の鼓動が高まる。
「あっ」
ロック画面に武彦の名前が表示され、すぐに消えた。
玲子は慌てて、メッセージを確認する。
『遅くなってごめん。玲ちゃんからの写真があまりに奇麗だったから、こっちも写真を送らなきゃいけないって思って、あちこち探しまわってたんだ。夜になってやっと見つけたのが、これだよ』
メッセージに添えられていたのは、夜空を彩るたくさんの花火だ。
タイミングよく開いたものもあれば、萎んでしまったもの、たくさんの花火が一斉に挙げられているもの……。上手く撮れたものに失敗作が混じっているのが武彦らしい。
「奇麗だ……」
色とりどりの光に見とれていると、間髪入れずもう一通届いた。今度のファイルは動画だ。
火の玉が上がり、夜空ではじけた。少し遅れて、花火の音が聞こえる。
上手く撮れたかな、とつぶやく声は、聞きなれた武彦のものだ。
『近所の河川敷で、恒例の花火大会があったんだ。今日でよかったよ。これで少しは玲ちゃんにも楽しんでもらえたかな』
いつもの口調そのままの文章が、武彦の声で再生される。
「武彦先輩ったら、こんな無理しちゃって。あたしが写真を送ったからって、わざわざ自分も撮りに行かなくてもいいのに」
お返しのつもりでここまで行動されるとは、思いもしなかった。玲子の予想をはるかに超えている。
武彦はまだまだミステリアスな存在だ。
実家に帰って、昔のバンド仲間と花火を見上げている姿が浮かんだ。
『高校時代の友達と出かけたんですか?』
玲子はすぐにメッセージを送ったが、何の予告もないまま、武彦からの返信が突然途切れた。
玲子の質問は答えにくいものだったのかもしれない。
武彦は口下手なのに誠実に対応しようとする人だ。今ごろ、どう対応すればいいか解らずに、スマートフォンの画面をにらんでいる違いない。
「調子に乗って、失礼な質問しちゃったのね……」
不躾な質問を後悔したが、気づいたときは遅かった。
武彦は言い訳を書くよりも沈黙を選んだ。
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