第44話

「そうよね、私がお父さんと付き合い始めたのと同じ歳だもんね、空。恋人ができても、おかしくない歳になったわね」


 …恋人…っ


 母がまた、ふふっと笑って僕を見た。

「私たちの可愛い空を、大事大事にしてくれる人と付き合ってほしいなぁ。もちろん、空が大好きな人でね。ね、お父さん」

「うんうん。それはそうなんだけど、酔ってるな、お母さん」

「だってせっかく片付け物とかないんだもん。呑まなきゃ」

 えへへってお父さんに笑いかけたお母さんが、なんか可愛かった。


 …僕を大事にしてくれる、僕が大好きな人…。


 その条件に、りっくんはぴったり当てはまってる…けど。

 でも、わざわざ言わない前提条件が、やっぱりあるのかな、って思った。


 ホテルに戻って、今日は僕が一番にお風呂に入った。

 今日もお風呂の前にりっくんに写真を送った。

 さっきの、りっくんからのメッセージが目に入った。


ーーお前が、綺麗だなって。

 …返事、できなかった。何て送ったらいいか、分かんなかった。

 だから素知らぬ顔をして、また夕食の写真を送った。


 お風呂に入ってる間に、りっくんから返事がきてた。

ーーお、今日は寿司かー。いいね。

 あ、普通に返事くれてる。うれしい。

 …でもちょっと、物足りない。


「あー、空、昨日と浴衣違う柄ー。え、みんな違うの?」

 母が僕の浴衣を指差して言った。

「え、分かんない。適当に取っちゃった」

 ていうか言われるまで、昨日と違うの気付いてなかった。


「今日のも可愛い!似合う!また写真撮ったげる。こっちおいで」

「お母さんは空が幾つになっても、可愛い可愛い言うなあ」

 父が笑いながら言った。いつの間にかビール買って来てる。

「だって可愛いもん。最近ますます可愛くなったと思うの」


 パシャパシャと写真を撮って、また僕のスマホに送ってくれた。

「ほら、可愛いでしょ?全部可愛いけど、お母さんは3枚目が一番可愛いと思う。ちょっと上目遣いで」


 お母さんのスマホを、お父さんがどれどれって覗いてる。

「あー、そうだなあ。まあ、男が可愛くてどうするって時代でもないしなあ。ほぼお母さんの若い頃の顔だなあ、空は」

 お母さんも可愛かったからなー、しょうがないなー、って言いながら、父はまたビールを呑んでた。…お父さんだって酔ってるし。

 夫婦の惚気のろけを聞かされてしまった。


「…髪、乾かしてくる」

「私、お風呂入って来るー。今日はお父さん最後ね、まだ呑んでるし」

 父が母に「ゆっくり入っておいで」って言ってるのを聞きながら、洗面所に向かった。


 写真のフォルダをスライドして、昨日の浴衣の写真を見てみたら、確かに違う柄だった。お母さんすごい。 

 

 …これ、送っちゃう?りっくんに。

 昨夜は、自意識過剰な気がしてやめた、けど。

 何て言うだろう、りっくん。

 唇を噛んで、じっと写真を見た。フォルダをスライドして今日のも見る。

 …送っちゃおう。


ーーー昨日の。

 のメッセージと、昨日の浴衣の写真。それから、

ーーー今日の。

 というメッセージと今日の浴衣の写真を送って、

ーーーりっくんの写真も送って?

 っていうメッセージを送った。送ってからドキドキ、ドキドキと胸が鳴り始めて息も苦しくなってくる。

 か、髪乾かそ…。


 ドライヤーをかけていると、途中でお父さんがトイレに来て、慌ててスマホをタオルの下に隠した。

「空、お父さんコンビニ行ってくるから。地ビールが予想以上に旨かったから買い足してくる。空は何か欲しい物、あるかい?」

 トイレから出て手を洗いながら父が言った。

「じゃあ、何かご当地お菓子」

「分かった。お母さん鼻歌歌ってるから、たぶん後30分は出てこないと思うけど、出たら言っといて」

「はーい」

 父が洗面所を出て行ってから、スマホをまたチェックした。


ーーごめん空。ビデオ通話、できない?

 えっ

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