第29話

 ピンポーンってチャイムが鳴って、トートバッグを掴んで大急ぎで玄関に向かった。母も「来た来たー」って嬉しそうに付いて来てる。

 それこそ「口から心臓が出てきそう」なぐらいドキドキしながらドアを開けた。

 開いていくドアの向こう側に、光を背負ったりっくんが立っていた。

「おはよ、空」

「…はよー、りっくん…」


 か…っこいー…


 白ベースのストライプのシャツに、タイトなブラックジーンズ。シンプルだから余計、りっくん本人の格好よさが際立ってる。

 僕、隣歩いて大丈夫かな。

 玄関の中にりっくんを招き入れながらそう思った。


「おはようございます」

 りっくんが母を見て頭を下げた。心なしか顔が緊張してる。母も慌ててぴょこって頭を下げた。

「おはよう、律くん。今日は参考書買いに連れてってくれるんですってね。ありがとう。ほんとに家庭教師はボランティアでいいの?週2回も時間取ってもらうのに」


 推定身長180センチのりっくんを、156センチの母が見上げてる。母は上りかまちにいるけど、それでもりっくんの方がだいぶ高い。

 自然に上目遣いになっちゃうし、頬がほんのりピンクになってる。

 お父さんが見たら怒るのか、それともりっくんだから仕方ないって思うのか。

 そんなことを考えながらスニーカーを履いた。


「あ、はい。全然いいです。家庭教師って言ってもそんなすごい教えられるわけでもないし。一人で勉強するよりはいいかな、ぐらいだと思うんで」

 りっくんは軽く頷きながら母に応えた。母はりっくんを見てふふって笑った。

「あの大学行ってる人がそんなわけないじゃない。まあでも律くんがいいなら甘えちゃおっかな。空をよろしくお願いします」

 

 母が両手を揃えてりっくんに頭を下げて、りっくんはまたちょっとわたわたしながら頭を下げてた。

「いえ、あの、はい。こちらこそ…」

 そんなりっくんを、母がまたじっと見上げた。

「なんか律くん、雰囲気変わったわよね。物憂気な感じがなくなったっていうか、キリッとしてますます素敵になった」

「え…あ、ありがとうございます…」

 りっくんはうろたえた表情でちらりと僕を見た。


「あっ、えっとお母さんっ。じゃ、僕行ってくるからっ」

 僕がそう言って見上げると、りっくんは頷いてドアを開けた。

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「はーい」


 手を振る母に、りっくんはもう一度頭を下げた。

 僕がぱたんとドアを閉めると、りっくんは長身を屈めて膝に手をつき、大きなため息をついた。

「…めっっちゃ緊張したー…。やべぇ…」

 はははって渇いた笑いを浮かべたりっくんが、ふぅっと息をついて身体を伸ばした。


「行こっか、空」

「うんっ」

 微笑むりっくんを見上げて返事をしたら、りっくんがくしゃって笑った。

 キラッキラの全開笑顔。今朝見た夢の中の小学生のりっくんよりも、もっともっとキラキラしてる。


「りっくんから光が漏れてくる」

 眩しいくらい。

「なんだそれ」

 また、りっくんは可笑しそうに笑った。笑いながら、すーっと腕を伸ばしてきて僕の肩を抱く。


 うれしい


「空はさ」

 りっくんが背を屈めて僕の顔を覗き込んだ。

「純白って感じで、ほんと綺麗だよな」

「え…」

 びっくりして見上げたら、りっくんがクスッて笑った。

「俺にはそう見えるってこと」


 りっくんが肩に回した腕にぎゅーっと力を込めて僕を引き寄せる。

 こんなにくっついて歩いてて大丈夫なのかなって思うのに、嬉しくて離れられない。

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