第8話

 3月。

 キンと冷えた青空。卒業式を行った体育館は冷え冷えとしていた。小中学を共に過ごした友人たちの大半と、高校では別れることになった。

 型通りの卒業式が終わって、最後のホームルームも終わった。担任の先生が「では、皆さんお元気で」と少し涙ぐみながら言って、教室のあちこちから鼻を啜る音が聞こえていた。


 確かに淋しい、けれど。

 …でも、あの時ほどじゃない。


 小学3年生の時の、りっくんの卒業式。

 あの時の、光を失うような気持ち。その後の、りっくんに目を逸らされた時の気持ち。

 あれと比べたら、他のどの行事も出来事も大したことないと思えた。


「今回も泣かなかったね、高山くん」

「里田さん」

 すすっと寄ってきた里田さんが、僕の顔を覗き込んでくる。

「自分の卒業式では泣かないんだね」

 里田さんとは小3の時同じクラスだった。…中学に入って、園芸部で一緒になって里田さんに言われるまで、すっかり忘れてたけど。


「高山くんが卒業式で泣いたの、あの時だけだね、小3の」

「え、高山、小3の卒業式で泣いてたの?なんで?」

 里田さんの反対側から声がした。

「…神谷かみやには関係ないし…」

 長身の神谷をちらりと睨んで視線を落とした。


 神谷聡かみやさとしとは、中2からの友人だ。割とイケメンで女の子にモテるのに何故か彼女は作らない。

 神谷と僕は同じ委員になったのをきっかけに親しくなった。神谷は陸上部だったから、グラウンドを走る姿は知り合う前からよく見ていた。神谷にも「花壇にいるとこよく見てた」と同じようなことを言われた。


「ほら、あの人よ神谷くん。陸上部にいた三島律先輩!聞いてるでしょ?色々。高山くんね、小学校の時三島先輩とすっごい仲良かったの。だからもう高山くんてば、三島先輩の卒業式でボロ泣きでね」

「さ、里田さんやめてよっ」

 里田さんの腕を肘で突いて抗議する。

「へー、なんか意外だな。高山があのハデな三島先輩と仲良かったなんて」

 神谷がそう言いながら、屈んで僕の顔を覗き込んできた。


「あの頃も高山くんすごい可愛くてね。ぽろぽろ涙こぼして泣いてて、最後には三島先輩が高山くんをぎゅーって抱きしめて。それがマンガかドラマみたいで、みんな声も出せずに見てたんだから」

 里田さんは僕の抗議なんか気にもしないで話を続けた。

「…ふーん、抱きしめて。こんな風に?」


 突然神谷が僕の身体に腕を回した。とりあえずその腕を押し退ける。

「やーめーて、神谷。里田さんもさー、やめて?昔の話。恥ずかしい」

「恥ずかしくないよー。美しい思い出の1ページだよ?てか高山くんはさ、今でも三島先輩と仲良いの?」


 その質問に、ちくりと胸が痛んだ。

「…ううん。もう今は全然。…この前ちょっと喋ったけど」

「そっかー。通学路も違うとなかなか会えなくなるもんね。年離れてるとそんなもんなのかもねー」

 里田さんがあっさりと言ったその言葉が、サクリと心に突き刺さった。

「そういうものだから」って無理に納得させた自分が「嫌だ嫌だ」と駄々をこね始める。

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