第2話/コトのアトサキ
結果を述べると、慎也は一週間で陥落した。
然もあらん、読モをしてる美少女が好意を露わに熱心に迫ってくるのだ。
最初の数日は病室を抜け出して近場で食べ歩きデート、退院後は水族館や遊園地、プール等々デート三昧。
男なんて、と冷たい視線すらあった元の姿を知っていても、くらっと転げてしまっても仕方がない。
決まり手も、ある意味で悪辣であった。
「家の鍵を落としたから今日は泊めてくれって?」
「お礼に晩ご飯と洗濯を……なるほど?」
「え、全部洗濯しちゃって変えの着替えが俺も君もないの??」
流石におかしいと慎也が思い始めた時、砂緒は肌も露わな状態のまま煎餅布団の上でニマっと笑って。
「信じちゃったね、ウソ。どうする? このまま女の子に恥をかかせちゃう? それとも――受け入れてくれる?」
悪戯っぽく光る瞳の奥には、どこか縋るような気配があって。
そんな寂しがり屋で記憶のないお姫様を、邪険にできようか。
冷たく拒絶するには、好意が膨れ上がっていた。
「関係ないけど、私ってどうも握力つよいみたいで。リンゴを素手で潰れるみたいなの。……試してみる?」
「やってもいいけど、手を消毒してからリンゴジュースを作ってね??」
彼女と己の好意以外に、屈したわけではない、決して。
そうして押し切られるように始まった交際だったが、不思議な事に好きだと口にする度に愛おしさが増していって。
「――ここに来れば記憶が戻るかもって思ったけど、やっぱりダメみたい。ごめんね付き合わせて」
「いいよ、日記にあったご両親の想い出の場所なんでしょ、この山の頂上って。……砂緒と一緒にこの夜景が見れて俺は幸せだよ」
「嬉しい、……ありがとう慎也くんっ!」
心配があるとすれば、ひとつ。
砂緒は時折、苦痛に顔を歪め頭を抱えて。
「――っ、ぁ、……はぁ、はぁ、はぁ」
「病院に行こう、検査して貰おうよ」
「いいの、お医者さんが言うには記憶が少しづつ戻っていってるだけだって」
「…………えっ、戻ってるの記憶!?」
「時々、少しだけ。違う人の頭の中を覗いてるみたいで変な気分って感じ?」
この時の砂緒は、へーきへーきと言いながらにへらと笑みを浮かべたが。
それ以来、彼女は家に帰るより、外で遊ぶより、慎也の部屋で一緒に過ごす事を好み。
夏休み終盤にもなれば、家に帰らなくなった。
「ねぇ慎也くん……ひとつだけ、お願いがあるの」
「俺に出来るコトだったら何でも言ってよ! ――君の力になりたいんだ、その、最近の砂緒は……」
「……変、よね、うん、自分でもわかってるの」
「やっぱり……記憶が戻ってるのかい?」
眠れない夜更けに寝間着のまま、布団の上の慎也の膝の上に砂緒は座り背を預ける。
彼女は俯いて、きっと泣きそうになってると彼は確信した。
その証拠に華奢な肩は少し震え、声色は弱々しく。
「記憶が全部戻ったら……きっとね、今の私は消えちゃう、そんな予感がするの」
「そんな事なんてない、俺が消えさせないよ」
「どうやって?」
「それは……」
「ごめんなさい、意地悪なことを聞いちゃって……、でも嬉しかった、即答してくれて、愛されてるって思えるから」
涙声で言われ、慎也は思わず拳を握りしめた。
砂緒はそっと、その拳を柔らかく己の手で包み込み。
「もしかすると、今のままかもしれない。元の私と今の私が混じり合うのかもしれないし、……でも、わかるの、今の私は消えちゃうんだって、――――ッ、イヤっ、イヤよ消えたくないっ!」
「砂緒……」
「どうして、どうして消えちゃうの? 慎也くんと一緒に居れてこんなにも幸せなのに……なんでぇよぉ……」
「…………覚えてるから、俺が全部、砂緒の分まで覚えて、もし忘れても全部思い出させるからッ!!」
彼女は、ありがとう、と小さく答えると深呼吸をひとつ。
「――もし、私が慎也くんのコトを忘れちゃったら……何も言わずに、側に居てほしいの」
「え?」
「元の私はきっと、慎也くんなんて眼中にないし、むしろ同級生の男の子なんてって嫌ってる感じだから…………お願い、たとえ今の私じゃなくなっても、慎也くんのコトを嫌いだなんて言いたくないのっ!!」
「そ、んな――」
即答出来なかった、元の九院砂緒とはあくまでクラスメイトであり話した事すらない。
イケメンと評判のサッカー部の主将に告白され、彼女は取り付く島も与えず無碍に断ったのも。
覚えている、彼女がクラスの男子を見る無感動な目を。
「約束して、慎也くん。私がもし貴方のコトをすべて忘れちゃっても……何も言わず側に居てくれるって」
「俺、は――」
「愛してます慎也くん、愛の証として……これを持ってて、きっとこれがあれば私達はまた、何があっても恋人になれるって思うから」
「…………っ」
「はいっ、返品はききませーん」
「いい、のか? 本当に、それで――」
砂緒は両親の形見である二つの指輪、普段ネックレスにしているそれを外し、一つを慎也に握らせた。
明るく振る舞う彼女と対照的に、彼の声色は苦渋に満ちて。
終わってしまうのか、本当に、二人の関係は終わってしまうのか、と心が暴れ出す。
「ホント、気をつけてね慎也くん。真面目に言うのもなんだけど…………元の私って、頼れる年上の王子様みたいな大人の男の人が好みって思い込んでるっていうか幻想を抱いちゃってるから…………慎也くんの事を知ったら殺しにかかると思う」
「………………なるほど??」
すん、と慎也の精神は落ち着いた。
確かに道理である、元の彼女の事を思えば最悪の場合はそうなるだろう。
「ま、まぁ、砂緒の記憶が戻っても性格まで戻らない可能性だってあるし、俺としてはそっちを信じてるから心配ないよっ、あはっ、あははははっ」
「その時は、今の話は笑い話ってことで、……ね、ね、じゃあさ、そろそろ夏休み最後だし」
「久々ってほど久々じゃないけど……デートしようか!」
「うんっ!」
それは現実逃避か、希望を信じた一歩だったのか。
ともあれ次の日、深夜徘徊デートの終わりにソレは訪れた。
二人がキスをした瞬間、砂緒は頭を抱え苦しみだして気を失って。
(どうか、どうか神様――――っ)
彼女が救急車で運ばれた先は、入院していた時と同じ病院。
慎也は医者に説明を受けた後、彼女の保護者を名乗る弁護士と会話し。
「――じゃあ朝にまた来るから、砂緒ちゃんをお願いね」
「はい、起きるまで一緒にいようと思います」
病室の中、寝ている彼女の手を握り続けて待ち。
ともあれ、生理現象は止められない。
明け方に、急いでトイレに向かったその時であった。
「…………あ゛ーー、私、生きてる?」
むくっと砂緒はベッドから起きあがる、そして顔をぺたぺたと触り首を傾げた。
「傷……、頭を打った筈だけど、たんこぶすら無いわね? 軽傷だったのかしら? 今何時、スマホ……あった、これ…………うん??」
寝ぼけ眼で見間違えたのか、彼女はそう思ったが何度見直しても同じ。
「…………あ、あれ? 日付が飛んでる? う、ウソ、え、なんで、どうして――?」
分からない、何が起こってるのかサッパリだ。
己の身に何が起こったのか、落とした指輪の片割れを探して事故にあった様な気がする。
だが、そこからはどうだ、夏休み入ってすぐの筈が明日が夏休み最終日ではないか。
「そうだ仕事っ、無断欠勤して――――え? なに、これ?」
レイアウトが変更されたスマホのホーム画面、その中央には幸せそうにしている自分と顔をハートマークで隠した誰か。
明らかに身に覚えがない写真だ、その事実に砂緒の腕が恐怖で震える。
たどたどしい指の動きで、他に異常がないか探し。
「――――拝啓、記憶が戻った私へ。記憶喪失だった私より…………えぇ??」
奇妙なメモが残されていた、砂緒はファイルをタップし中を開くと。
『もし記憶喪失の間の記憶が残ってるなら、今のままの私なら言わなくても分かると思います。
記念に残しておくなり、黒歴史だって消すのもご自由に。
でも、もしそうじゃないなら。
愛しいあの人との、運命のあの人との記憶を忘れてしまっていた私なら――――』
その中身の大半はノロケであった、いかにその人を愛しているか、どんな風に素敵なのか。
しかし今の砂緒には、一ミリ足りとも共感できないし身に覚えがなく。
恐怖を通り過ぎて、むしろ怒りすら沸いてくる。
――なにより。
(わ、私の初めてッ!? 何してるの記憶喪失の時の私!? しかもパパとママの指輪の片方を渡したですって!?)
許せない、どうして、同じ私なのに、誓ったではないか、男なんかに頼らずに生きていくと、あの日にクソの塊のような親戚に遺産を取られた上に襲われかけた時から、と激情がぐるぐる渦巻き始める。
――許せない、許してなるものか。
メモには、相手の男の個人情報が絶妙な加減で伏せられており。
「――――コロスッ、絶対に見つけだしてコロス……汚点よ、私の人生の汚点……探し出して……二度と近づけないように、そして取り戻すの、あの指輪だけでも絶対に――――」
(あ、これ今は逃げた方がいいやつだよねっ!? よーし看護師さん達やあの弁護士の保護者の人に説明してから逃げよう!! 今すぐに気づかれないように!!)
扉を開けようとして、地獄から這いずりあがってきたような声を聞いてしまった慎也は戦略的撤退を選択。
前の砂緒の頼みを、どうやって今の砂緒の側にいればいいのか分からず頭を抱えるしかなかった。
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