俺はまだフラれてないったら!! 〜記憶喪失の子と恋人になったら記憶が戻った途端、俺のこと全部忘れられてたけど、彼女が記憶喪失の時に側に居てと言ったので頑張ろうと思う〜
和鳳ハジメ
第1話/ひと夏の恋のはじまり
夜の町を散歩するというのは、独特のワクワクがある。
というのが、灰海慎也(はいかい・しんや)の楽しみの一つであった。
高校二年生であるからして恋人の一人も欲しい所ではあるが、しかしてそれより友達と遊ぶ方が、それ以上に……。
「さーて、今日の夜も更けてきたし深夜徘徊のお時間ですよっと」
一人暮らしの彼は、夏休みなのを良いことに今日も深夜の徘徊。
今宵の行く先はドコにしようか、少し遠くのコンビニか、もう少し先の駅前の繁華街か。
学校に忍び込むんで、誰も居ない校舎を堪能するのも悪くない。
――靴を履き、玄関ドアを開けようとして。
「…………んん? もしや雨降ってる??」
ほう、と慎也の心は弾んだ。
これが昼間や朝なら憂鬱だったが、夜となれば話は違う。
夏の夜の雨は草木の匂いが一層強くなり、街灯の明かりによって雨粒が光ってなんと風情のある事か。
「よし、――――ちょっと遠くのコンビニに行って夜食にカップ焼きそばとフライ物、これだね!!」
これが授業のある日だったら、健康や睡眠時間を考えて早めに切り上げないといけない。
だが今は夏休み、思う存分、堪能できるというもの。
慎也はスニーカーとサンダルを見比べ、少しばかり逡巡した後で靴下を脱ぎサンダルを。
「よし、今日も楽しむぞぉっ」
と深夜徘徊と洒落込んだまではよかったが、二十分後、彼は大通りの交差点、横断歩道の前で足を止めた。
「…………なんか落ちてる?」
危うく通り過ぎる所だった、彼の視界斜め右、横断歩道のちょうど真ん中にはキラリと光小さな何かが。
雨が降ってるから、アスファルトに反射する街灯の光に紛れて非常に分かりづらい。
だが見つけてしまった以上は、見て見ぬフリをするのは深夜徘徊において興冷めである。
「いやー、何かなアレ、光り方からすると……百円? そうだったらラッキー。違ったら捨てるか交番に届けるか」
ウキウキとした気分で、慎也は信号が青になるのを待つ。
彼が住むアパートがあるこの町は、彼の通う高校が近いが寂れてもいて車は来ない。
治安が良いのも利点であるが、深夜徘徊の目的地が少ないのは悩むべき欠点でもあるが。
「こういうのってゲームで宝箱を見つける気分だよね、なんでか誰も理解してくれないけど」
信号が代わり青になる、足早に進み落とし物を拾うとそれは。
「――ネックレスになってる指輪? うーん、これは交番行きかなぁ」
細いチェーンに飾り気のない指輪が二つ、渡りきった後でちゃんと見ると内側にはイニシャル日付が。
恐らく、結婚指輪だろう。
しかし、二つという点が気になる。
「こういうのって、普通は一つなんじゃないのかな? となると落とした人は離婚した人? ……もしくは相手を亡くした人かな」
深夜徘徊の良いところの一つは、こういった落とし物についてダラダラ考えを巡らせボーッと歩いても危なくない事だ。
指輪をポケットにしまいつつ、慎也は当初の目的通りにコンビニへ向かう。
交番はそこから五分ほど道なりに歩いた先にあるから、ちょうどいいというもの。
「そういえば、コンビニの中で食べるか外で食べるか、それが問題だよな。雨の降ってる中、傘を差して食べるのも楽しいかもしれない……」
どちらの方が風情があって、より楽しいか。
慎也が真剣に悩み出したその時だった、ガードレールの下や排水溝を四つん這いになって必死に探っている誰かが居る。
もしや深夜徘徊の仲間か、と一瞬思いかけて止まった。
(どう見ても指輪を探してる雰囲気だよね)
傘も差さずに、しかも入院着のような物を着ているから夏なのに寒々しく。
明らかに訳アリです、という雰囲気。
これは早く渡さないと不味いのでは、と慎也は駆け寄って。
「もしもし、もしかしてコレ、落としました?」
「――っ!? …………ああっ!! そうです! たぶんこれです!!」
「たぶん?」
「えっと、私、今、ちょっと記憶がなくて……でもこれっ、これを探してたって気がするの!! やっと見つけた!!」
「気になるけどまぁいいや、はい――って、うん? もしかして九院さん?」
「はえ? もしかして……私を知ってるの?」
立ち上がり首を傾げた女の子は、慎也にとって見覚えのある人物。
クラスメイトの、九院砂緒(くいん・すなお)だった。
読モとして活躍してる美少女で、ふわふわとした長い髪の華奢なお姫様といった普段の印象であるが。
(え、いつから探してたの? 全身ズブ濡れだし頭の包帯も…………って、包帯っ!? あ、これマジの入院着だよね!?)
しかも裸足である、昼間ではないからアスファルトの歩道は熱くないだろうが。
「あのー、もしもーし、聞こえてますかー?」
「っ!? あ、ああ、ごめん、君の格好にびっくりしてさ」
「こんな格好してるもんね、それでさ……私の事を知ってるみたいだけど……」
「…………さっき、記憶がどうとか言ってたよね。もしかして九院さんって事故かなにかで記憶喪失になってる訳? 夏休み早々?」
彼女との接点は、クラスメイト以上でも以下でもない。
誰にでも愛されるお姫様、という感じの彼女であるが。
読モの仕事に真面目でしかも男嫌い、担任ですら必要最低限しか会話しない始末。
「ね、ね、知り合いみたいだし貴方の名前を教えて欲しいのっ。この先の病院まで送りがてらお話しない?」
「うわっ!? なんで腕を絡めるのさ!?」
「えー、なにその反応、こーんな美少女が密着してるのにヒドくない?」
「もしかして本当に記憶喪失なの? 俺の知ってる九院さんと違いすぎて風邪ひきそうなんだけど??」
「それは大変、私が暖めちゃおうっ! それで名前は?」
「…………慎也、灰海慎也」
「じゃあ慎也くんって呼ぶねっ!」
九院砂緒というクラスメイトは、こんなにもハッキリと表情を変える人物であっただろうか。
普段の男嫌いはドコへ行ったのか。
困惑しつつも、裸足はダメだとサンダルを脱いで渡すと。
「わーお、紳士なんだね貴方って。好感度あがっちゃうなぁ、ただでさえ宝物を拾ってくれてキュンキュンしてるのに、私を惚れさせちゃう気なの?」
「バカなこと言ってないで、とっとと病院行こう? この分じゃ抜け出してきたんでしょ」
「しかも相合い傘だよねっ、記憶なんてないけど私ってこういうの好きだった気がする~~っ!」
まるで仲睦まじい恋人同士のように歩き出しながら、慎也は遠い目をして。
「何だろう、俺は濡れてないのに風邪を引いてる気分だよ」
いつも女子にすら見せていない人懐っこそう笑顔で、男子には不機嫌そうな表情なのに。
どうしてこんなにも、好き好きオーラとでも称すべき何かを出してくるのだろうか。
それに、記憶を失った理由も気になる。
「なぁ……どうして記憶喪失になったんだ?」
「んー、やっぱり気になる? まあ私もよく覚えてないんだけど、…………車を避けようとして倒れて頭を打ったって聞いてるから、きっと……コレを探してたんだと思う」
「指輪……恋人でも……って、記憶が無いんだったね」
「恋人はいなかったと思う、だって日記には書いてなかったから、でも……恋がしたいって、いつか頼れる大人みたいな王子様がって、ふふっ、前の私は小さな子供みたいな事を思ってたみたい」
砂緒は遠くを見るような目で、己の掌にある二つの指輪を見て。
大事そうに握りしめる、辛い何かがあったような顔で。
「パパとママの形見、日記には指輪のことが書いてなかったけど、いつも大事に持ってたんだと思う」
「だから探してた?」
「うん、記憶なんてないのに探さなきゃって衝動が苦しくて……だから抜け出して来ちゃった」
「…………なら、見つかってよかったね」
慎也は辛うじてそれだけを口に出した、他の言葉をどうして軽々しく言えようか。
彼は両親を喪う辛さを知らないし、記憶を喪う辛さも知らない。
砂緒は寂しそうに笑った後、慎也の腕に己を腕を絡めて。
「ふーん、拒否しないんだぁ……」
「俺はそこまで非道な人間じゃないよ、――病院も見えて来たしこの辺でいい?」
コンビニは通り過ぎてしまったし、最後まで送ってもよかったのだが。
何故か、妙に気恥ずかしく思えて。
そんな慎也に構わず、砂緒はふわっと笑った後上目遣いをし。
「ありがと、……また、会える?」
「新学期になったら」
「そうじゃなくて――明日また会いに来て? お礼がしたいの」
期待に満ちた眼差し、上目遣いというのがズルい。
自分の可愛らしさを理解していないと、おいそれと出来ないあざといポーズ。
だが、慎也は違った。
「ごめん、こうやって深夜に出歩くのが趣味だからさ。昼間は寝ていたいんだ」
「あれ? 断るの!? 正気!? よく分かんないけど私って読モもしてた美少女だよね? ふわふわなお姫様って感じの美少女の誘いだよ!?」
「ごめんね、九院さんの事は前から可愛いとは思ってるけど……俺は男友達と遊ぶ方が楽しいし、夜の散歩は一人で楽しみたいタイプだから」
「丁寧に夜に会うのも断られたっ!?」
「じゃ、そういう事で……お大事に九院さん」
うー、うー、という子犬のような唸り声を背に慎也は歩き出す。
今度こそコンビニに行って夜食を食べるのだと、記憶喪失である砂緒の事は気になったが。
それはそれ、これはこれ、そう思った瞬間であった。
「――――うぇっ!?」
「運命感じちゃったんだもん、逃がしてあげないんだからっ!! ――――ん」
「………………っ!? んんんんっ!? ちょっ、九院さん!?」
「砂緒、砂緒って名前で呼んでよ慎也くん……今の私にとっては、初めてのキス、だったんだからね」
「俺の初めてのキスが汚されちゃった!?」
「あーっ、酷いっ、酷くない慎也くん!? 乙女のファーストキスを何だと思ってるの! 罰として明日から毎日お見舞いに来ること、第二病棟の二階の部屋だから絶対に来てよっ、――えへへっ、じゃあね慎也くんっ!!」
真っ赤な顔でそう言うと、砂緒は逃げるように病院へ走り出して。
残されるは慎也のみ、彼は思わず唇に右手の人差し指で触れ。
「………………えぇ、いいのこれ? 記憶喪失なんだよね、いやあの様子じゃ疑いようがないけど。――――あ、サンダル返して貰うの忘れた」
コンビニに売ってるといいが、そう思いながら彼は元来た道を戻り出す。
火照った顔を夏の暑さの所為だと言い訳して、彼女の柔らかい唇の感触を反芻してしまう。
こうして、灰海慎也のひと夏の恋は始まったのだった。
※初日は三話まで投稿します、楽しんで行ってくださいませ
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