夢本屋

水花火

第1話

口コミで聞いていた本屋は、なんの変哲もない古びた門構えだった。

杉の木が陽射しを遮るせいか、 入り口までの道なりは駐車場を降りた時より肌寒い。

前方に三人の女子高校生が、常連客のように中へはいっていく。

坂下は自分の年齢が、目の前の流行りの本屋に合っているのか不安を覚えた。

「いらっしゃいませ」

中へ入ると髪をひとまとめにした五十歳くらいの品のある女性が受付カウンターに立っていた。

「こちらは、会員制ではありませんので、館内に入られる全ての方に、ご説明内容がありますがご存知ですか」

坂下はカウンター両サイドから、カメラが二台自分を捕えているのに気付き、少し緊張しながら首を横にふった。

「かしこまりました」

そういうと一冊の栞を出しながら説明を始めた。

「この栞は通路の説明が記されていますので、参考になさってください。本そのものは置いておりませんが、お客様が何故この本屋へお立ち寄りになったのかを考えながら歩いていますと、自然と身体が誘導され、方角を決められ、スクリーンの前に向かい合う事ととなります。リラックスした気持ちで、散歩するように歩かれてください。何かご質問はありますか」

坂下は予期せぬ話の内容に慌てた。

「あ、あの、すみませんが、本が置いてもいないのに、本屋とは、どうゆうことですか?口コミでは何でも解決してもらえたなどと見たものですから」

女性は笑みを浮かべながら、胸元のボールペンを手に取り、栞に案内時間を書き込みながら

「何も考えないでください。大丈夫ですから。遊園地にでも来たような気持ちで歩いてください」

と言った。女性はエレベーターの方へ坂下を案内し二階のボタンを押した。

受付カウンターには、次の利用者がきていて、女性は坂下に一礼すると扉は閉まった。

エレベーターの中で一人になり、この建物は三階立てだとわかった。一つ深呼吸をすると、一瞬で二階に着いた。ドアが開くと、目の前には大きな窓ガラスがはりめぐられ、海が見えた。

「あぁ、なんて素晴らしい景色なんだ」

坂下は忘れかけていた大自然の広大さに心が解き放たれていった。

女性に渡された栞を見つめ、歩きだした。

確かに本屋だというのに、本棚もなければ、本もない。

そして、すでに来館している人達は、一様に座りスマホをみている。

広いスペースには、あちらこちらに、スクリーンやパソコンが設置してあった。

坂下は、受け付けカウンターにいた女性が、なぜこの本屋へ立ち寄ったのかを考えながら歩いてくださいと言った事を思い出し、我に返った。伸びた髭を触りながら目を細めた。

「私が死ねば、保険金で、会社は立ち直り、家族は一生不自由はしない…しかし、残された家族は、それで本当に幸せなのだろうか…」

大きなため息と共に、坂下はどん底へひきもどされていった。

その時、カン高い鳥の声が聞こえた。坂下はなぜだか、鳥の声のした方へ歩いていく。

導かれるように入るスペース。

そこには、既に何人かが座りながらスマホに目を向けている。

坂下はいつの間にか、おおきなスクリーンの前へ立っていた。坂下の気配を探知したのかスクリーン脇のパソコンが稼働し始めた。

パソコンには、画面をタッチしてくださいという表示があった。

坂下は言わわれるままにタッチする。

すると、サッカー少年の本や、サッカー指導者の本。サッカーの歴史といった本ばかりが写し出されていった。

「購入しますか」

と、画面は止まり、坂下はとりあえず「偉大なるサッカー選手」という本を選んでみた。

すると、次にダウンロードの指示と支払い方法が示され、それに従った。

家に帰って読むか、このまま読むか考えながら、二階へ着いた時の、広大な景色の見えるスペースへと歩いていった。

坂下は近くの椅子に腰掛け、購入したばかりの「偉大なるサッカー選手」を読み始めた。ページを開くと小さい頃に憧れた選手が、写っている。懐かしさがこみ上げ、父と毎日サッカー練習したことを思い出していった。

ページは開かれていくたびに、スーパースター達の苦悩が書かれていた。

「そうだよな、死ぬことは一番バカげてる。少しずつ、少しずつ、ゴールを目指せば、いつかきっと」

坂下はそう心に勇気を刻むと、スマホをポケットにいれエレベーターに向かった。受付カウンターには先ほどの女性の姿はなく、スラッとした男性が栞を手渡しながら説明していた。

坂下は、弾むような気持ちで外へ出た。

「よし、これでいい!」

坂下は心の整理がつき爽やかな気持ちに包まれていった。


死にかけていたであろう命を救った不思議な本屋。

その屋上には、SoSと描かれたアドバルーンを沢山の鳥達が旋回していた。


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夢本屋 水花火 @megitune3

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