瑠璃廠

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 燕行使一行は山海関に到着した。

「燕京まであと一息だ」

 こう呟く徳保青年の胸は弾んだ。

「燕京に着いたら、まず琉璃廠に行き書鋪(本屋)を巡って書物を購入し、それから清国の士人と交流しよう」

 少し前、偶然に清国で出版された新刊の書物を見る機会があった。そこには天文学や数学等、これまで彼が知らなかった様々なことが記されてあった。その後、彼の地で出版された書物を求めようとしたが思うように入手出来なかった。

 そんな折、叔父の洪檍が燕京使の書状官に選ばれた。彼は機会到来とばかり喜んだ。書状官の親族は“子弟軍官”という身分で燕京使に同行出来るからだ。

 彼はさっそく叔父のもとに行き頼み込んだ。そして見事に燕京行きの切符(?!)を入手したのだった。


 燕京に着いた彼は書物を買込んだ後、現地の士人と知り合うことが出来た。

 厳誠と潘庭筠という名の二人の青年は徳保と年齢が近いせいか、すぐに意気投合した。

 彼らは毎日のようにあっては筆談で、学問や詩文について語り合った。

「ところで、貴国には許蘭雪軒という優れた女性文人がいらっしゃいますね」

 潘庭筠がさらさらと紙面に書いた。

 これを見て徳保は大変驚いた。自国の女流詩人が清国のような大国でも知られているとは思わなかったからだ。だが、

「彼女は確かに詩は上手いですが人物は良くありません」

と否定した。

「夫によく仕えなかったからですか」

「はい、その通りです」

 その後、潘庭筠は蘭雪軒に同情的なことを書いたが、納得出来ない徳保は朝鮮人と清国人の感性の違いを感じた。

 燕京使の滞在期間が終わり、彼らにも別れの時が来た。

 もう二度と会うことはないだろう、皆、そのことをとても悲しく思うのだった。


 帰国後、徳保は燕京の友人たちと書信の遣り取りを続けた。だが、それも終わる時が来た。厳誠が亡くなったのだ。まだ、そのような年齢ではなかったのに‥。


 数年後、徳保は燕京での筆談、厳誠の書状をまとめる作業を始めた。彼の脳裏には、琉璃廠の書鋪で胸をときめかせながら書物を手に取ったこと、厳誠たちと筆談したことが昨日のように浮かび上がるのだった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

瑠璃廠 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ