本屋

夏木

本屋。

 そこは、私にとっては、どこよりも、危険な場所。

 それにも関わらず『そこ』は、いろいろな場所に点在するのだ。

 大きな商業施設や大きな駅。人がある程度集まる場所ならば、大体あるのではないだろうか。


 そんな危険な場所も、運が良ければ、何の痛手も無く、帰還出来る。

 でも、そうじゃない場合は?

 そう。その場合がとても危険なのだ。

 タイミングが合えば、意志の弱い私は、あっという間に飲み込まれる。

 それが分かって居るのに、そんな危険な場所だと理解しているのに、どうしても、どうしても、足を向けてしまう。

 幼い頃からの習慣といえば、習慣だ。あの頃とは大きく違うというのに……。

 そして、今日も。

 いや、今日は特に危険な日だと分かって居た。分かって居たのに、来たのだ。

 自ら、危険な場所へと赴いたのだ。

 そして、私はその場所に立つ。


「あぁぁぁ、やっぱり新刊出てるぅ~……」


 心の中でのみ呟くはずだった言葉は、音となって外へと零れ出ていた。

 それはそうだ。この日はこの出版社から新刊が出る日なのだから。

 有るに決まっている。

 分かって居てきたのだ。

 でも、今日の私はいつもの私とひと味違う。

 だから、先程の言葉は嘆きの声になったのだ。

 新刊を買おうにも、財布の中身は、ほぼ無いに等しいのだから。

 物理的に買えない。クレジットカードも持っていないのだから絶対に無理だ。

 ただ、新刊が出ているのを見て、嘆きつつも出た事を喜ぶのみだ。

 ただそれだけのはずなのに、何故、私は財布の中身を確認してしまうのか。

 これは、無駄なあがきというやつだろうか。

 ここは一つ、自分自身に笑えばいいのではないだろうか。


「………………」


 おや。おかしい。小銭しか無いはずの財布に紙幣が見える。

 そういえば、お昼にお金下ろしたっけ……。


 や、やばい。新刊を買うという誘惑に私は勝てるだろうか。 


 本屋。


 それは私にとって、楽園であり、聖域であり、魔境である。




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本屋 夏木 @blue_b_natuki

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