【KAC20231】本屋ダンジョン

小龍ろん

本屋ダンジョン

 その日、世界中の人々は不思議な声を聞いた。


“喜べ人の子らよ。世界は生まれ変わった”


 声の主は神か、悪魔か。その正体はようとして知れない。だが、人智を越えた存在であることに疑いはなかった。謎の声の言葉通り、世界には大きな変化が訪れたのだ。


 世界に訪れた変化。その筆頭として上げられるのが、各地に発生した特殊な領域だろう。その領域は、人類がこれまで常識としてきた理論・法則が通用しない。


 空間は歪み、物理法則に反した事象が確認される不思議な領域。各国はそれをダンジョンと称し、立ち入りを規制した。しかし、それでもダンジョンに魅せられる人間は絶えない。



◆◇◆



「見た目は普通っスね」

「そうだなぁ。だが、油断するなよ。化け物が出るって話だからな」


 若い男が二人、書棚の乱立する通路を歩いている。彼らがいるのは、ダンジョンと化した本屋だ。もともと地域最大級の書店であったその場所は、ダンジョン化したことで更に巨大化した。真っ直ぐと伸びる通路は果てが見えないほどだ。空間の歪みにより、外観と内観に大きく差異が生じている。それこそが、この場所がダンジョンである証左であった。


「わかってますよぉ。そのために、準備してきたんスから」


 下っ端感まるだしの喋り方をする男はカズキだ。彼は不敵な笑みを浮かべながら、手にした金属バットを振り回した。


「まあな」


 ニヤリと応じるのはショウ。彼の右手にも、同じく金属バットがあった。それを武器代わりにしようというのだ。


 ちなみに、彼らの言う準備とは、他に安全ヘルメットと大きめのバックパックのみ。ダンジョンに潜るというのに明かりすら持っていない。完全にダンジョンを舐めている。


 しかし、彼らのいる本屋ダンジョンは明かりに不自由しなかった。電気は途絶えているというのに、天井の照明が煌々とフロアを照らしているのだ。そのため、彼らは準備不足にもかかわらずダンジョン探索を続けることができた。それが、彼らにとって幸運であったかどうかは定かではないが。




「何もないッスね」

「本はあるだろ。山ほど」

「……本しかないっスね」

「……そうだな」


 三十分ほど歩いたところで、二人は足を止めた。今のところ収獲はない。金品の類はおろか、ダンジョンに出現するという化け物の影すら見つけられなかった。


「この本、持ち帰ったら売れないッスかね?」

「ただの本なら持ち帰ったところで二束三文だろ」

「わかんないッスよ、ダンジョンなんスから。特殊な本かもしれないじゃないッスか」


 それを確かめようというのか、カズキがすぐ側に平積みしてあった本を手に取った。ぱらぱらとページをめくる。適当なページを開いたところで――――そこから、ひょっこりと顔を出した何かと目があった。


「うひゃぁ!?」


 思わぬ出来事に、カズキは手にした本を放り投げる。その声に釣られて、リョウもそちらに視線をやった。


「なんだこりゃ!?」

「兄貴、恐竜っス! 恐竜っスよ!」


 床に落ちた本から顔を出しているのは、爬虫類らしき生き物だった。それも、現代に生息するような種類ではない。絶滅したはずの恐竜をイメージさせる生物だ。


「おい、出てこようとしてるぞ!」

「ヤバいッス! ヤバいっス!」


 本から這い出そうする恐竜に、二人は混乱した。だが、頼もしい武器の存在を思い出す。金属バットだ。


「オラァ! 引っ込んでろ、この野郎!」

「ギャウ!?」


 ショウが全力で振ったバットは、恐竜に直撃した。あまりの威力に耐えかねたのか、恐竜は頭を引っ込める。


「兄貴さすがッス!」

「いいから、閉じろ!」

「了解っス!」


 隙をついて、カズキが本を閉じた。決して、本が開かないよう……恐竜が這い出してこないように体を重しに蓋をする。


 そのまま数秒が過ぎ、何も起こらないことを確認してから、二人は大きく息を吐いた。


「ダンジョン……やっぱりヤバい場所だな」

「死ぬかと思ったッス」

「だが、この発見は大きいぞ」

「そうなんスか?」

「ああ」


 ショウの視線が床に落ちた本の表題をなぞる。そこには“図解でわかる恐竜辞典!”と記されていた。


「このダンジョンでは開いた本に書かれているものが現れる仕組みになってんだろう」

「だから、恐竜が出たんスね」

「そう。だから、お宝について書かれた本を見つければ……」

「お宝が手に入るってわけッスか!」

「おそらくな」


 二人は手分けをして、それらしき本を探した。数分の後、それぞれが一冊の本を携えて合流する。


「俺が見つけたのはこの本ッス!」


 カズキが見つけてきたのはファンタジー小説だった。その表題は『竜の財宝』。


「って、馬鹿かぁぁあ!」

「うわぁ、なんスか!?」


 ショウはひったくるように、その本を奪い取った。決してページを開かないように慎重に書棚へと戻す。本来の場所とは違うところに戻すのはマナー違反だが、それを咎める者はいない。


「お前、さっき恐竜が出てくるのを見ただろ! 竜が出てきたらどうする!?」

「兄貴。恐竜は実在したけど、ドラゴンは実在しないッスよ?」

「そういう問題じゃないんだよ!」


 そもそも図鑑に描かれた恐竜の姿は骨格から想像した姿に過ぎないのだ。であるならば、『竜の財宝』という本からドラゴンが現れても何ら不思議ではない。そう力説されて、ようやくカズキは納得の表情を浮かべる。


「さすが兄貴っス! 頭がいいッス!」

「いや、お前……もうちょっと頭を使ってくれ」

「まあまあ。兄貴はどんな本を見つけてきたんスか?」

「……俺はコレだ」


 マイペースなカズキに不安を覚えながらも、ショウは自分が持ってきた本を見せる。その本は『世界の金貨』というタイトルだった。これまで存在が確認された金貨を写真付きで紹介するという内容だ。ショウの推測が正しければ、この本を開けば本に記載された金貨が手に入るはずである。


「開くぞ?」

「いいッスよ!」


 果たして、その推測は正しかった。本を開いてしばらく待てば、そのページに紹介されている金貨がざくざくと出てくるではないか。その数は一枚や二枚ではない。ページを開いている限り、延々と金貨が飛び出てくるのだ。二人がほうけている間に、周囲は金貨が溢れていく。慌ててページを閉じるまで、本は金貨を吐き出し続けた。


「こりゃ凄いぞ!」

「大金持ちっス!」


 喜んで金貨を拾う二人。用意したバックパックはそれだけで満杯になった。持ち帰れば大金になるのは間違いない。だが、少々問題があった。


「めちゃくちゃ重いっス」

「まあ、金だからな」


 そう、金は重い。容量の大きいバックパックに一杯の金貨ともなると、その重量はかなりのものだ。持ち運べないことはないだろう。だが、本当に持ち運ぶ意味はあるのか。


「面倒だな……。バックパックは置いていくか」

「ええ!? なんでッスか!?」

「よく考えろよ。この本があれば、金貨はいくらでも手に入るんだぞ?」

「たしかに!」


 特殊な事象が起こるのは、ダンジョン周辺のみ。ダンジョン外で、本から金貨が出てくる保証はない。だが、本さえ確保していれば、問題はないとショウは考えた。もし、ダンジョン外で金貨が得られなかったとしても、そのときはダンジョンにやってきて必要な分だけ金貨を持ち出せばいいのだと。




 だが、一つだけ誤算があった。




『お会計が済んでいません。侵入者を万引き犯と認定。処罰部隊を派遣します』


 本を手にしたまま、本屋ダンジョンの出口付近まで戻ってくると、どこからともなく声が聞こえてきたのだ。同時に、ワンワンと喧しい警告音が響く。


「な、なんだ? まさか、この本のことか?」

「兄貴ぃ! 何か、来てるッス!」


 現れたのは警備ロボットのような存在。警棒を振りかざして、まっすぐと二人の元へと駆けてくる。狙われているのは明らかだった。


「嘘だろ、おい!」

「あ、兄貴! 待って欲しいっス!」


 結局、二人は本を手放すまで、警備ロボットに追い回されることになった。這々の体でダンジョンを抜け出したときには、金属バットさえ失い、収支は圧倒的にマイナス。二人は大いに落ち込んだという。

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