盗賊の拠点に突入

 昨日、盗賊の拠点であるゲートウェイポータルで生じた事象は、盗賊側からすれば〝討ち入り〟。盗賊が、いつ報復に来てもおかしくない。

 以前よりも、危険な状況に至っている可能性の否定も出来ない――。


 武具屋に報復の矛先を向けられないようにするには、俺が盗賊の拠点におもむき、ケリを付けてくるしかない。

 とはいえ、俺が盗賊の拠点に居る間は、武具屋が攻撃される可能性は低いだろう。

「任せる。私は、野暮用で出掛ける。何かあれば念じてくれ」


  * * * 


 盗賊の拠点へ繋がる扉の前。どんな顔をして入るべきか――考えるのを辞め、扉を開ける。

 そこには、廊下は無い。外観通りの広さで何も無い空間があるだけ。

 盗賊側からしてみれば、数時間前、この扉から招かれざる者が入ってきたのだ。出入口を塞ごうと考えるのは、自然な成り行き。


 このまま繋がりを絶っておけば、盗賊が再訪する恐れは無い――本当にそうだろうか。一抹いちまつの不安が残る。

 〝こちらからは〟繋げないだけ。対して盗賊側には、繋ぎたければいつでも繋げられるすべがある。しかも、盗賊側の意思で、いつでも繋がりをてる。

 これでは、町が盗賊に襲撃されるリスクは、全く低減していないどころか、むしろ増している。


 リーダー格のおっさんは始末した。では、出入口を塞ぐよう指示したのは、誰なのか――司令塔が残存していることを意味する。こちらからの攻撃を回避し、戦力を蓄える目的で出入口を遮断したのならば、見過ごせない。

 盗賊側に、主導権を握らせておくことは許容出来ない。

 まずすべきことは、不公平の払拭。

 こちらからは盗賊の拠点に繋げない。この前提を変えなければならない。どうすれば、この扉を再び盗賊の拠点に繋げられるか――。


 扉を開けた状態で、ドア枠内の空間に対して命じる。

《私が前回通過したときに戻せ》


 想定した通り。扉の向こう側の空間が、盗賊の拠点に変わった。

 扉を通過。廊下を左に進むと、幽閉されていた部屋がある。用があるのは、右方向。


 廊下を歩いていると、最初に遭遇した衛兵に取り押さえられた。


 俺に服従している者を対象に、念を飛ばす。

《我がしもべよ、出迎えよ》


 別の衛兵が走って来た。その衛兵は血相を変え、俺を取り押さえている衛兵を引き剥がす。

「申し訳ありません! 命をもって償わせ……」


 衛兵は交代勤務。俺との契約未締結者が存在するのは、至極当然しごくとうぜん。取り押さえてきた衛兵の行動は、責めるべきことではない。

「償いは不要だ」


 昨日、念仏ばばあの後ろに居た、眼鏡を掛けた女が、こちらをじっと見つめている。

 衛兵は、眼鏡女には目もくれない。まるでそこに存在していないかのような振る舞い。衛兵の態度から察すると、眼鏡女の職務は、衛兵の監視といったところだろう。


 俺が知りたい情報は、口頭で話せる内容ではない。会話内容が司令塔に伝わり、情報源である衛兵を消されてしまっては困る。

 不特定多数への視覚操作、空間操作、洗脳――今認識出来ているだけでも、これだけの特殊技能が使われている。おそらく、これらは沢山ある中の一部。他にもあると警戒しておくべきだろう。

 ここから先の会話は、念話ねんわおこなう。

《ここにあった出入口を塞いだのは誰だ? 念じて答えよ》

《〝キャトル様〟です》

 衛兵は、躊躇なくあっさりと吐露した。

 どうすれば吐いてくれるか、頭を悩ませていたから拍子抜けする。

《その者に会わせろ》

《はい! 付いて来てください》

 はばかる気は全く無さそう。衛兵の後を付いて歩く。


  * * * 


 もやっとする――。

 昨日、衛兵が『女人禁制』と言っていた。いったい、何の性別を制限しているのだろうか。


 ここは剣闘士の房。剣闘士の性別を男性に限定すれば、慣習を設けるまでもなく、房内に男性のみが存在する環境の構築は可能。

 昨日、俺は女性だから無関係者むかんけいしゃであると認識され、外に出られた。つまり、女性の剣闘士は存在せず、剣闘士の性別に対する慣習ではないということ。


 部外者は、性別を問わず捕捉すべきもの。男性の部外者ならば、居ても構わないなんておかしな制度を設けるはずがない。となると、制限対象は、職員や関係者ということになる。


 眼鏡女は、すれ違う別の衛兵にも止められる事は無かった。自らを監視している者に、敢えて関わることは無いと言われれば、それまでのこと。だけど、女人禁制の場所に、敢えて女性を配していることには違和感を覚える。


 前を歩いている衛兵が、念を飛ばしてきた。

《もし隠し事をすれば、私は殺されますか?》

 伝えることを躊躇う情報があるのだろうか。重要な情報かもしれないから、話させたい。

《わかっていて、聞いたのだろ?》

《昨夜、ボスを運び出す際、一悶着ひともんちゃくありました。目の前に倒れているのは、大勢の仲間を、躊躇いも無く殺した美女。次は自分が殺されるという恐怖が、自制心を奪いました……私は、欲求を抑えられず、ボスに近付きました》

《うむ》

《〝サンク様〟のように洗脳してこないので、初めは『今殺そう』、『放置して死なせよう』という意見が飛び交いました……私も『拘束し拷問したい』と願望を言いました》

《んっ……》

《しかし、皆すぐに沈黙しました。歯向かえば殺される、何もしなければ殺される、いつ目覚めるかわからないという状況下に置かれている……皆、頭が真っ白になり、死を覚悟しました……私は、目の前に意識が無い美女が居るのに、誰も手を出さない……馬鹿なのか。誰も手を出さないのなら……とタイミングを見計らっていました》

 この衛兵がヤバイ奴である事を確信した――が、グッとこらえる。確認しなければならない情報が出てきた。

《サンクとは、どんな奴だ? 其奴そやつだけが洗脳出来るのか?》

 おそらく、サンクが親玉。俺が倒さなければならない相手。

拷問ごうもんを指示していた者です。洗脳は、サンク様固有の能力です》

《洗脳されている間の記憶は、残っているのか?》

《はい。反抗出来ないだけで、感情もありました》

 答えたところで、衛兵が立ち止まる。

《着きました。この部屋にキャトル様が居ます》

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