初めての農具作り

「……様ぁ!!」

 うるさい――まるで、感染症蔓延以前の、スポーツ観戦時の声援並み。俺が居るのは何処で、何が起きているというのだ――。

 まぶたを開ける。視界を埋めたのは、大勢のじじいばばあ。見知らぬ顔ばかり――皆、俺を覗き込んでいる。何をどうすれば、こんな状況に至るのか。


「女神様が目覚めた!」

 高齢者集団が、俺の顔に向けて言葉と共に、唾を吐き掛けてくる。

「祈れば元気になってくれるって、祈った甲斐があった!」

《女神様一人に背負わせて、すまなんだ》

《これからは、わしらが女神様を守る番じゃ》

《頑張るから、見守っとってくれ》


 思い出した。俺は死にかけていたんだ――ということは、ここは冥土か。疑問が解け、思い残すことが無くなる。この瞬間を待っていたかのように、意識がスッと消えていく。


  * * * 


 ハッとし、目が覚める。農場主との約束があるのに、何の段取りもつけていない。

「痛っ……」

 全身を襲う激痛に、思考力を奪われる。

 痛みなんかに負けてやるものか――社畜の俺は、年中無休で、二十四時間いつでも対応する、コンビニのような労働を強いられてきた。土曜日から月曜日までぶっ通しで、七十時間連勤れんきんさせられることもざらにあった。それでも、止まることなく動き続けた。

 精神がどれだけ蝕まれようと、体が悲鳴をあげようと、動き続けることに順応してきたのだ――。


 視覚に意識をやる。眼前に迫っているものが、ナナの顔だと気付く。ナナは、物思いに沈んでいるような、悲しげな表情を向けてきた。

「そんな顔をしないでくれ」

 俺が動けない状態になっていることが、原因であることはわかる。無用な心配を払拭するため、動けるところを見せようと足掻あがく。


 ナナの顔が、俺の顔とくっつきそうな距離まで接近する。直後、上半身が締め付けられる。俺が動こうとする度、ナナの両腕は、更に強く締めてくる。

「どうか、お休みください」

 ナナは俺の耳元で、今にも消えてしまいそうな声で囁いた。

「約束……」

 声を発する程度の負荷にも耐えられない。

《約束をした……農具を武具屋で取り扱えるよう、交渉しなければならない》

「何故、私の傷を治したように、ご自身の傷を治されないのですか?」

 ナナは念ではなく、声で応答した。念を聞くには、集中力が要る。俺に負担を掛けないようにと、配慮してくれたのだろう。

《ナナが負わされた傷に比べれば、大したことない。それに、皆に全てを背負うと約束した。だから、無かったことには出来ない》

「治してください……苦しんでほしくない」

《私は、約束を守りたい》

 動こうとしたのを、震える手で抑止よくしされる。

「店主を呼んで参ります。動かず、ここでお待ちください」

 ナナが急ぎ足で部屋を出る。


  * * * 


 ナナに引き連れられ、店主が部屋に入る。

 店主には、無様な姿を晒したくない。二人に聞こえるよう、声で話す。

「頼みたいことがある」

 内容をまだ伝えていないにもかかわらず、店主は首を縦に振る。

「やります。何をすれば良いですか?」

「農具という、土や植物に有効な武器を製作してほしい」

「希少な素材が要るのでしょうか?」

 表情を曇らせる店主。難しいのだろうか――。

「柄は木で、先端は鉄。斧のたぐいだ」

「作れます」

 店主は即答する。不安要素は、素材だけだったようだ。

「今日、農場主が、ここに農具のサンプルを持って来る。サンプルと同じ物を作るのではなく、武器作りのノウハウと使用者の経験を活かし、より良い物を作って欲しい」

「かしこまりました」

「腑に落ちないことや、経験則に反することを要求されるかもしれない……その場合、否定から入らず、話し合ってから方針を決めて欲しい」

 ほんの数秒、一瞬だけど、が空く。

「武器の事になると、熱くなってしまいます。頭ではわかっていても、曲げられないかもしれません……」

「そのときは、私が間に入る。尊厳を否定したい訳では無い。良いと思ったことは、どんどん主張してくれ」

 店主の不安げな表情が晴れる。

「任せてください」

 店主は、軽やかな足取りで部屋を後にする。


  * * * 


 再び、ナナと二人きりになった部屋。

 ナナが昨夜の事を俺に報告する。

念話ねんわが途切れた後、女神様を捜索しました。どんなに探しても見付からなかったのに、何度も通ったはずの道に、女神様が倒れていて……」

 ゲートウェイポータルの出入口――いや、建物自体に、不可視の結界でも張られているのだろうか。得体の知れない建物が、小さな集落内に存在しているのだ。視認できているならば、気になるはず。

 建物の前ではなく、道に倒れていたと認識されているのであれば、建物は見えていなかったのだろう――。


「傷の手当てをし、介抱しても全然意識が戻りませんでした。その後、広場まで背負って運びました。広場で祈っていたら、町の人達が集まってきたので、一緒に祈りました。その後、一瞬ですが目覚めてくださり……」

 視界を埋めていた、大勢のじじいばばあの正体は、住民だったのか。もしもあの時、俺に余力が残っていたら、まとめて成仏させてしまっていただろう――間一髪で助かったと安堵する。

「そうか。心配を掛けた」


  * * * 


『こんにちは!』

 窓越しに、農場主の大きな声が聞こえる。急いで起き上がる。

「来たな。下に降りる」

 ナナは咄嗟とっさに、俺の腰に手を回す。

「付き添ってもよろしいですか?」

 これから応対する相手は、ナナの元・主人。ナナが、それをわかった上で来たいと言っているのだから、断る理由は無い。

「構わない」


 ナナと共に外階段そとかいだんを下り、店舗に入る。

「ご足労そくろういただき、感謝する」

 農場主は、不自然な程に背筋をピンと張っている。緊張しているのだろうか。横着そうな外見とのギャップに驚く。


  * * * 


 ナナが農場主の前にお茶を出し、微笑む。

「いつものお茶です」

 農場主は、ナナが出したお茶を口に一気に流し込む。すると、肩の力が抜け、強張っていた表情が緩む。ナナは、農場主が過度の緊張状態に陥ってしまう事を予測し、緊張を緩和させるためについてきたのだ。

 昨日まで主人であった、農場主と顔を合わせるのは気まずさがあるだろう――にもかかわらず、嫌な顔一つせず尽くす。ナナには感服かんぷくさせられてばかり。


 ナナのお陰で、農場主の緊張はほぐれた。早速要求定義ようきゅうていぎを開始する。

「これらの農具をベースに、商品開発を行いたい。まずは一通り、用途とどのように使うかを説明してくれ」

 農場主が農具を一つずつ手に取り、使用時の動作を再現しながら説明する。一通り説明を終えると、の長さや、太さ等の要望を述べる。

 農場主は、何度もシミュレーションしてきた。言われなくてもわかる程に、理路整然りろせいぜんと話した。


 進行役が、武具屋の店主に移る。

「私にも振らせてください」

 くわのの端を握り、振り上げる。そして、体の力を抜いた状態で振り下ろす。

「この動作を繰り返す。その認識で正しいですか?」

 店主は、農場主がうなずくのを視認すると、奥から武器を三本ピックアップして持ってきた。

「これらの武器で、農具を使うときと同じ動作をしてください。振りやすいと感じるものがあれば教えてください」

 農場主が武器を二、三回ずつ振る。そして、二番目に振った武器を手に取る。

「これが一番振りやすい」

「この三本の重さと長さは、ほぼ同じなんです。バランスだけが異なります」


 店主は、先程持ってきた武器を片付ける。

 今度は、長さが十センチ程ずつ異なる棒を三本持ってきた。

 農場主が持参した、くわを手に取る。

「これは、長さが不足しているので、腰への負担が大きい。今持ってきた棒の中から、振り下ろした後の姿勢が、一番楽だと感じる棒を選んでください」

 農場主は全て試した後、二番目に長い棒を手に取る。

「これが楽だ」

「くわの長さが、二十センチも足りていなかったということですね」


 持ち込まれた全ての農具を、実際の動作に合わせて確認する。全ての確認を終えると、店主は、粘土を取り出して棒に巻き付ける。

にぎりやすくするために、持ち手の型を取らせてください」

 粘土部分を握った農場主のうじょうぬしに、続けて言う。

「持ち込んでいただいた品は、どれも摩耗や欠損が激しい。元の状態を補完するために、しばらくお借りしたい」

「どうか、よろしくお願いいたします!」

 農場主は深々ふかぶかと頭を下げる。


 打ち合わせは、滞りなく終わった。

 農場主が店を出る。店主はすぐさま、預かった農具を店の奥にある工房へと運ぶ。

「早速試作に取り掛かります」

 店主が告げる。

「店番、私にやらせてください」

 ナナが店番をしてくれれば、店主は作業に集中できる。これは大きなメリット。

 しかし、問題がある。現状、武具屋の安全を確保出来ていない。むしろ――。

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