初めての農具作り
「……様ぁ!!」
うるさい――まるで、感染症蔓延以前の、スポーツ観戦時の声援並み。俺が居るのは何処で、何が起きているというのだ――。
「女神様が目覚めた!」
高齢者集団が、俺の顔に向けて言葉と共に、唾を吐き掛けてくる。
「祈れば元気になってくれるって、祈った甲斐があった!」
《女神様一人に背負わせて、すまなんだ》
《これからは、
《頑張るから、見守っとってくれ》
思い出した。俺は死にかけていたんだ――ということは、ここは冥土か。疑問が解け、思い残すことが無くなる。この瞬間を待っていたかのように、意識がスッと消えていく。
ハッとし、目が覚める。農場主との約束があるのに、何の段取りもつけていない。
「痛っ……」
全身を襲う激痛に、思考力を奪われる。
痛みなんかに負けてやるものか――社畜の俺は、年中無休で、二十四時間いつでも対応する、コンビニのような労働を強いられてきた。土曜日から月曜日までぶっ通しで、七十時間
精神がどれだけ蝕まれようと、体が悲鳴をあげようと、動き続けることに順応してきたのだ――。
視覚に意識をやる。眼前に迫っているものが、ナナの顔だと気付く。ナナは、物思いに沈んでいるような、悲しげな表情を向けてきた。
「そんな顔をしないでくれ」
俺が動けない状態になっていることが、原因であることはわかる。無用な心配を払拭するため、動けるところを見せようと
ナナの顔が、俺の顔とくっつきそうな距離まで接近する。直後、上半身が締め付けられる。俺が動こうとする度、ナナの両腕は、更に強く締めてくる。
「どうか、お休みください」
ナナは俺の耳元で、今にも消えてしまいそうな声で囁いた。
「約束……」
声を発する程度の負荷にも耐えられない。
《約束をした……農具を武具屋で取り扱えるよう、交渉しなければならない》
「何故、私の傷を治したように、ご自身の傷を治されないのですか?」
ナナは念ではなく、声で応答した。念を聞くには、集中力が要る。俺に負担を掛けないようにと、配慮してくれたのだろう。
《ナナが負わされた傷に比べれば、大したことない。それに、皆に全てを背負うと約束した。だから、無かったことには出来ない》
「治してください……苦しんでほしくない」
《私は、約束を守りたい》
動こうとしたのを、震える手で
「店主を呼んで参ります。動かず、ここでお待ちください」
ナナが急ぎ足で部屋を出る。
ナナに引き連れられ、店主が部屋に入る。
店主には、無様な姿を晒したくない。二人に聞こえるよう、声で話す。
「頼みたいことがある」
内容をまだ伝えていないにもかかわらず、店主は首を縦に振る。
「やります。何をすれば良いですか?」
「農具という、土や植物に有効な武器を製作してほしい」
「希少な素材が要るのでしょうか?」
表情を曇らせる店主。難しいのだろうか――。
「柄は木で、先端は鉄。斧の
「作れます」
店主は即答する。不安要素は、素材だけだったようだ。
「今日、農場主が、ここに農具のサンプルを持って来る。サンプルと同じ物を作るのではなく、武器作りのノウハウと使用者の経験を活かし、より良い物を作って欲しい」
「かしこまりました」
「腑に落ちないことや、経験則に反することを要求されるかもしれない……その場合、否定から入らず、話し合ってから方針を決めて欲しい」
ほんの数秒、一瞬だけど、
「武器の事になると、熱くなってしまいます。頭ではわかっていても、曲げられないかもしれません……」
「そのときは、私が間に入る。尊厳を否定したい訳では無い。良いと思ったことは、どんどん主張してくれ」
店主の不安げな表情が晴れる。
「任せてください」
店主は、軽やかな足取りで部屋を後にする。
再び、ナナと二人きりになった部屋。
ナナが昨夜の事を俺に報告する。
「
ゲートウェイポータルの出入口――いや、建物自体に、不可視の結界でも張られているのだろうか。得体の知れない建物が、小さな集落内に存在しているのだ。視認できているならば、気になるはず。
建物の前ではなく、道に倒れていたと認識されているのであれば、建物は見えていなかったのだろう――。
「傷の手当てをし、介抱しても全然意識が戻りませんでした。その後、広場まで背負って運びました。広場で祈っていたら、町の人達が集まってきたので、一緒に祈りました。その後、一瞬ですが目覚めてくださり……」
視界を埋めていた、大勢の
「そうか。心配を掛けた」
『こんにちは!』
窓越しに、農場主の大きな声が聞こえる。急いで起き上がる。
「来たな。下に降りる」
ナナは
「付き添ってもよろしいですか?」
これから応対する相手は、ナナの元・主人。ナナが、それをわかった上で来たいと言っているのだから、断る理由は無い。
「構わない」
ナナと共に
「ご
農場主は、不自然な程に背筋をピンと張っている。緊張しているのだろうか。横着そうな外見とのギャップに驚く。
ナナが農場主の前にお茶を出し、微笑む。
「いつものお茶です」
農場主は、ナナが出したお茶を口に一気に流し込む。すると、肩の力が抜け、強張っていた表情が緩む。ナナは、農場主が過度の緊張状態に陥ってしまう事を予測し、緊張を緩和させるためについてきたのだ。
昨日まで主人であった、農場主と顔を合わせるのは気まずさがあるだろう――にもかかわらず、嫌な顔一つせず尽くす。ナナには
ナナのお陰で、農場主の緊張はほぐれた。早速
「これらの農具をベースに、商品開発を行いたい。まずは一通り、用途とどのように使うかを説明してくれ」
農場主が農具を一つずつ手に取り、使用時の動作を再現しながら説明する。一通り説明を終えると、
農場主は、何度もシミュレーションしてきた。言われなくてもわかる程に、
進行役が、武具屋の店主に移る。
「私にも振らせてください」
くわの
「この動作を繰り返す。その認識で正しいですか?」
店主は、農場主が
「これらの武器で、農具を使うときと同じ動作をしてください。振りやすいと感じるものがあれば教えてください」
農場主が武器を二、三回ずつ振る。そして、二番目に振った武器を手に取る。
「これが一番振りやすい」
「この三本の重さと長さは、ほぼ同じなんです。バランスだけが異なります」
店主は、先程持ってきた武器を片付ける。
今度は、長さが十センチ程ずつ異なる棒を三本持ってきた。
農場主が持参した、くわを手に取る。
「これは、長さが不足しているので、腰への負担が大きい。今持ってきた棒の中から、振り下ろした後の姿勢が、一番楽だと感じる棒を選んでください」
農場主は全て試した後、二番目に長い棒を手に取る。
「これが楽だ」
「くわの長さが、二十センチも足りていなかったということですね」
持ち込まれた全ての農具を、実際の動作に合わせて確認する。全ての確認を終えると、店主は、粘土を取り出して棒に巻き付ける。
「
粘土部分を握った
「持ち込んでいただいた品は、どれも摩耗や欠損が激しい。元の状態を補完するために、しばらくお借りしたい」
「どうか、よろしくお願いいたします!」
農場主は
打ち合わせは、滞りなく終わった。
農場主が店を出る。店主はすぐさま、預かった農具を店の奥にある工房へと運ぶ。
「早速試作に取り掛かります」
店主が告げる。
「店番、私にやらせてください」
ナナが店番をしてくれれば、店主は作業に集中できる。これは大きなメリット。
しかし、問題がある。現状、武具屋の安全を確保出来ていない。むしろ――。
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