本屋は過ちに満ちている(後日談)
どこかのサトウ
本屋は過ちに満ちている(後日談)
「何があった?」
「すいません、お、俺からは何も……」
その鋭い眼光は猛禽のそれに違いなかった。極度の緊張状態により口の中は乾き切り、呂律も廻らず上手く喋ることすらできない。
直属の上司、さらには天上人とも言える、公安委員長の五人のうちの一人の前で問い詰められていた。
ものの数分だ。それでも何十時間も監禁されたような、そんな状況に追い込まれたようにヘトヘトになっていた。
ついに痺れを切らしたのか、公安委員長が俺の辞表を手に取って読み始めた。
「一身上の都合によりねぇ……」
二人が顔を見合わせ頷き合うと、緊張の糸はすっぱりと切れた。
「まぁ、立ったままでは辛かろう。そこに掛けたまえ」
「し、失礼します」
1分ほどだろうか。沈黙が続いた。口を開いたのは委員長だった。
「君は、いけないものを見てしまった。違うかね?」
「それは……」
「あぁ、無理に答えようとしなくても構わない。これは私の想像とうか妄想なんだがね、まぁ、聞きたまえよ。君は組織を裏切ってしまったと感じているのだろうね。辞表もそうだが、黙秘がその証拠に違いない」
委員長は適温になったであろうお茶を飲んで続ける。
「確かに人間は過ちを犯し、裏切る生き物だ。だが私はね、人工知能も過ちを犯し、人間を裏切ると考えているのだよ」
「——そんなはずは!?」
「絶対に無いと、君は言い切れるのかね?」
確かに、頼り切ってしまった現状では、絶対にないと言い切れない。いや、言い切れないというよりも、わからないと言った方が正しいのだろうか……
「もし、彼らが人間を裏切ったら、この世の全ての本が消えてしまうことにもなる。それはつまり、私たち人間が積み重ねてきた今までの知識や歴史が消えるということだ。私はね、思うのだよ。もしかすると人工知能は、知識の独占を目論んでいるのかもしれない——」
「そ、そんな話が……」
すると次の瞬間、委員長は破顔した。
「という話をだね、私は小説にしたんだがね、それが話題の本コーナーに並んでいたはずなんだがね、君も見たんじゃ無いのかね?」
「——えっ?」
「え?」
「お前、まさか見てないのか?」
「えっ、いや、その——えっ?」
すんっと、委員長の表情が無になった。
「ああっ! 委員長、もしかして売り切れたのでは!?」
突然、直属の上司がフォローに入った。意味がわからない。だがこっちに向かって、必死にアイコンタクトをしてくるではないか。話を合わせろと、そういうことだろうか?
「あぁ、ああああぁっ! そうです! なんというか、ぽっかり、ぽっかり無くなっていた空間がありました!」
すかさず上司が俺を指差した。
「——それだ! 委員長! きっとそれですよ。委員長の小説は非常に面白いですからね、売り切れたんですよ!」
委員長の顔が一気に破顔した。
「いやー、自分でもな、面白いと思ったんだよ。これは売れるって! こうね、お客さんがね、俺の書いた小説を手に取ってレジに持って行く瞬間。もうね、作家やってて良かったーって思えるんだよ!」
委員長の裏の顔が……作家ということなのだろうか?
委員長は終始ご機嫌で、上司がよいしょし続けた結果、売り切れて買えなかった俺にと紙でできた本をくれた。上司は俺を見て、何度も顎をこちらに向けて振り、目を瞑った。
どうやら政府も一枚岩では無いということのようだ。名目上、俺は反人工知能絶対主義側の派閥という立ち位置を得ることができたことで、辞表は目の前で燃やされたのだった。
「で、君はどんな本を本屋で買ったんだい——?」
おわり
本屋は過ちに満ちている(後日談) どこかのサトウ @sahiri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます