パティシエ伊豆奈

花を購入し、次はどこに行こうかと聞こうとしたとき。伊豆奈のポケットからメッセージを受信した着信音が鳴った。


「交代?」

「あ、うん。そうっぽい」

「そっか~…それは仕方ない。わかった、じゃあ、僕は…」


僕は伊豆奈の進む方向についていった。


「どうしたの?」

「僕も伊豆奈のクラスに行ってみるよ。接客お願いね」


伊豆奈は満開の笑顔で「もちろん!」といった。

そのまま僕は伊豆奈についていき、伊豆奈の教室に向かった。



「…じゃあ、ちょっと待っててね」

「うん」


伊豆奈の教室にたどり着いた僕に伊豆奈はそう伝える。僕はそれに従い、しばし外で待っていた。数十分後、伊豆奈が「いいよ〜!」と中から言ったので、微笑を浮かべながら中へと入っていった。


「いらっしゃいませ〜!」


中へ入ると、髪を結び、厨房キャップを被ったパティシエ姿の伊豆奈がいた。


「似合ってるよ、伊豆奈」

「ほ、ほんと⁉︎え、えへへ〜」

「じゃあ…僕は、パティシエさんのおすすめを貰おうかな」


僕がそう注文すると「わかりました!」と元気よくいい、綺麗なモンブランを一個取り出し、目の前に置いた。


「へぇ。モンブランなんて置いてあるんだ」

「はい!私の特製モンブランですよ。頑張って作ったので、ゆっくり味わってくださいね」

「うん、わかった。席で食べればいいかな?」


僕がそう聞くと、一瞬、手を挙げた後すぐにさげ、モンブランの横に置いたフォークを手に取った。伊豆奈はそれを一口掬い、僕に差し出した。


「ん?」

「…サービス、だよ。はい、あーん」

「っ⁉︎」


戸惑いながらも、僕はその一口を口に放り込んだ。


「えへへ、どう?美味しい?」

「…もちろん。とっても」


とっても、甘くて美味しかった。

窓側の席に座り、ゆっくりゆっくりと追加で頼んだコーヒーを飲みながらモンブランをたべる。目線の先で働く伊豆奈を眺める。


「生徒会長、これ終わってから暇?ちょっと一緒に回りたいな〜って…」

「は〜い、コーヒーですね〜。200円になりま〜す」


…強くなったなぁ。

そんなことをぼんやりと考えながら、外の騒ぎに耳を傾ける。

廊下には文化祭を楽しむ人々の活気に溢れていて、僕らの普段の生活ではありえないような盛り上がりを見せていた。色々回っていて気が付かなかったけど、どうやらすでに午後2時を回っていたらしい。時の流れが本当に早く感じるのはおそらく、伊豆奈と一緒だったからだろう。

そんなことを考えながらぼけっとしていると、教室内に3人組の男が入ってきた。


「いらっしゃいませ〜。どれに致しますか?」


伊豆奈が尋ねると、男の1人が急にカメラを回し出した。


「え、待ってこの店員めっちゃ美人じゃね?」

「まじやんwwwえ、お姉さんLINEとかやってる?」

「スマイル一つお願いしま〜すwwww」

「えもうそんなのいいから、一緒に回りに行きましょうよ」


チャラそうな服を身に纏っているので大方察していたが…。

伊豆奈はそれでも笑顔を崩さずに


「えっと、ではショートケーキ3つにお水ですね。ショートケーキ3つで900円になりま〜す」


と冷静な対処をしていた。


「え?いやいや、俺らは、お姉さんを注文してるんすよ?」

「そうそうwwwここに居たってつまらんっしょ?だから遊びに誘ってんじゃ〜んww」

「えっと、生憎、ここは店員を注文できるようなサービスはないんで。申し訳ございません」


伊豆奈がそう言い放つと、数瞬後、男は伊豆奈の腕を掴んでいた。


「キャっ!」

「ねぇねぇお姉さん。男の人に逆らうの。あんまよくないと思うんだよねぇ」

「大人しく、ついてこよっか。お店は…ああ、あの陰キャくんにでも任せてさ〜」


僕の方を見ながらそういうと、すぐに伊豆奈の方を向いた。

はぁ…。まだ伊豆奈のケーキを堪能していたっていうのに。邪魔をして、どうなるかわかっているのだろうか。

僕は立ち上がり、伊豆奈に近付いて、彼の腕を引き剥がし伊豆奈を抱き寄せた。


「えっと…誰かはわかりませんけど、これ以上俺の彼女に手出そうとしないでくれます?気分が悪いんで」


そういうと、彼はニヤニヤしながら話し始めた。きっと、僕と彼。ルックスで勝負したら圧勝できると確信しているのだろう。


「はぁ〜〜〜〜?陰キャく〜ん。君みたいなやつは、僕ら陽の人たちに逆らうなって聞いたことなかった〜?」

「俺のwwww彼女wwww腹いてぇwwwwwwww」

「おい陰キャ。ヒーロー気取り?かどうかは知らんけど、人の色恋沙汰に手を出さないでくれるかなぁ〜?」


色恋沙汰に手を出してるのはお前らだろう…という声は心に固く閉ざした。


「…でしたら、あなた方に提供するケーキは恐らくないでしょうね」

「あ?テメェにどうこう言う筋合いはねぇだろうが」

「あなた方はこの店のスタッフに迷惑行為を行い、そしてその他の客にも迷惑を被った。違いますか?」


僕の言葉に、彼らは?マークを浮かべた。

そして彼らは気づく。周りを見ると、自分らに向けてカメラを構えている客がわんさかと集まっていることに。そしてその客らはみな、彼らの方に冷ややかな目線を浮かべているということに。


「っくそ!」

「ねえ、あれ会長だよね?あの人たち、知らないのかなぁ」

「あ?」

「おい、あんまり言うな。ああいう奴らは知らぬが仏ってのを体現してくれるからな」

「…っ!」


どうやら、彼らはこの場に居た堪れなくなったらしい。「クソアマが!」と言い捨て、どこかへと消えていった。


「大丈夫?伊豆奈」

「うん、侑斗くんが守ってくれたから」

「そっか。よかった」


僕がそういうと、途端に周りからは割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。


「流石会長の彼氏!」

「かっこいいぞ〜!」

「会長も、いい人持ちましたね〜!」


などと、僕らの仲を羨む声も混じった称賛の声に、少しだけ僕らは頬を赤く染めるのだった。


ちなみに、あの男たちはその後、別の店でナンパしたところ、23歳の女性教師を誘ってしまい、その結果「この文化祭はそのためにはありません。お引き取りしていただきます」と言われ、半ば強制的に摘み出されたらしい。そりゃ、当たり前だ。

まあ、僕らはそんなことはつゆ知らず。その後会長を守ったヒーローのような彼氏などと言われ、教室には人で溢れかえり、せっかくならと僕が食べていたモンブランを食べるという人が後をたたずものの10分でモンブランの在庫すらも無くなってしまった。


そうして、文化祭は無事に終わった。いつしか来校していた人もいなくなり、放送でも「文化祭のプログラムはこれにて終了となります」という放送が流れた。


「終わったね」

「うん。楽しかった?」

「とっても!侑斗くんも楽しかった?」

「もちろん」


と答えつつ、もうそろそろ教室に行かねばならないのを時計で確認した。


「じゃあ、また後で。気をつけて片付けするんだよ」

「うん!ねえ侑斗くん。実は…」


と言いかけたところに、伊豆奈の他のクラスメイトがゾロゾロと教室に入ってきたので伊豆奈は「や、やっぱ後で!」といって僕を教室の外まで連れてった。

あと片付けも残っている。僕は少しの寂しさを感じながら、自分の教室へと帰っていった。

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