3日目 午前 昌山さん

「わくわく、わくわく」

「楽しそうだね」

「もちろん!」


電車に揺られ、僕らはそんな雑談をしていた。

電車で約30分の駅の近くにあるそこそこ有名な遊園地にやってきた。

でかいジェットコースターにきらびやかなメリーゴーランド。コーヒーカップに観覧車と、僕らのようなカップルにはうってつけのスポットだった。


「早く早く〜!閉まっちゃうよぉ!」

「こんな早朝に閉めないよ。ほら、はぐれたらいけないから手繋いで行こ」

「うん!」


指をすべて絡め、僕らは離れないように手を繋いで園内に入った。

入ってすぐ、目の前には遊園地のマスコットキャラが出迎えた。


「かわいいー!ねえ、一緒に写真撮ろうよ!」

「うん。あの、すみません、写真撮ってもらってもいいですか?」


僕は近くにいたスタッフの人に声をかけ、カメラを手渡した。スタッフの人は笑顔で「もちろんです」と快くカメラを手に取った。

僕らはマスコットキャラを挟むように両側に立ち、くっついて写真を撮った。


ふと、静かになった。辺りの音がフッと消えたのだ。その一瞬に、着ぐるみの中から声が聞こえてきた。


「…ふへへ、いい子だなぁ…かわいいし、体つきも申し分ないし……」

「……」


それ以上の言葉は残念ながら聞こえなかった。しかし、中年のおっさんの声でそんな声が聞こえたのだ。不快にしかならない。

幸い伊豆奈は気がついていないようだったから良かったものの、一歩間違えば不快感に1日を費やすところだった。


「…は〜い撮れましたよ〜!」

「ありがとうございます!」


伊豆奈はペコリと一礼して、キャッキャと飛び跳ねていた。僕も「ありがとうございます」といい、伊豆奈と園内に進んで行った。

振り向く瞬間。スタッフの人にアイコンタクトをしてから。



「…いい子だったな…今の女の子」

「……」

「どうした?具合でも悪いのか?」


僕は、彼の話に返事ができなかった。

手が震える。唇も僅かに震えているようだ。

胸元にあるそれを触る。固い金属の感触が手に伝わってきた。


「お、おいおい大丈夫かよ」

「…昌山まさやまさん。休憩行きましょう」

「お、おう。水飲むか?」


フルフルと首を横に振る。彼に見えないようにそっと、胸元にしまっておいたカッターナイフを取り出す。


彼は僕の恩師だ。このパークにきてから数ヶ月。その数ヶ月を僕は昌山さんにお世話になった。園内の色々な業務を教えてもらった。一ヶ月に一度は彼の奢りで飲みに行ったりもしている。

一方で。僕は先ほどの少年とも長い付き合いだ。ネットで知り合って、よく話していたいわゆるネッ友というやつだ。しかし、最近こっちにきたからと言われ会いにいくと、この園内に働いているならということで僕のためにとか言われ、このカッターナイフを手渡された。どうやら、アイコンタクトをしたら、人を殺せという物らしい。

もちろん、最初は断った。だけど、彼の物凄い形相での威圧に、僕は頷いてしまった。逆らえば、どうなるかわからない。

僕はただひたすらに、そうならないように願っていたのに。あろうことか、ターゲットが自分の恩師になってしまった。


「しっかし、お前がリーダーに自らあそこを担当したいっていうとはな。あそこじゃなくて、お前はパレードの規制が1番やりたかったんじゃなかってけか?」

「…昌山さん」


手が震える。怖い。逃げ出したい。でも、だめだ。のいうことには、逆らってはいけない。


「ん?どうし」

「ごめんなさい!!!!!」


グサリと。振り向きざまにカッターナイフの刃を突き出した。突きだした刃は、確かに何かに刺さった。


「お、おい…な、ぜ…」

「うぅ…えっぐっ…」


恐る恐る。目を開ける。目の前には、カッターナイフを胸に突き刺されている昌山さんがいた。

口から血が出てる。僕の手にも血が滴ってくる。


「あぁ…昌山さん…」

「……す、まねぇ…な…………」


昌山さんは、勘がいい。僕の悩み事は、大抵あってすぐに当てられる。

だからだろう。きっと、昌山さんはどうしてこうなったのかを察したのだろう。


「よくやった。後は任せろ」

「え…?」


急に、後ろから男が2人現れた。


「ちょっと…やめて!」

「だめだ。こいつはすぐに処分する。おい、袋に詰めろ」


1人がそういうと、もう1人が手際よく昌山さんだったものを袋に詰めた。


「待て…待て!!!!!」


反射的に、僕は2人に飛びかかった。


「離せ。これは私情を挟んでいいほど緩い物じゃないのは知っているだろう。死にたくなけりゃ、黙ってそこにいろ」

「いやだ!まだ…葬式もやってない…感謝も伝えられてないのに!!!」


僕のその訴えも虚しく。昌山さんは2人に連れて行かれた。僕は、人が来る可能性も忘れ、1人で号泣した。手に貼りついた血も気にせず、顔を何度も何度も擦った。だからだろうか。いきなり、奥から走ってくるような音がして。その音は僕のすぐ横で止まった。



「君、どうしたんだ?その血、見せて…って、外傷は?それに、吐血の後もない…」


彼の心配そうな声が、徐々に疑いに変わり、あっけなく僕は捕らえられた。

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