ありがとう
「面会時間は10分だ。無駄のないようにな」
そう言われ、目当ての彼はやってきた。
全身を真っ白の包帯でミイラのようにぐるぐる巻きにされ、車いすに乗ってやってきた。
「…久しぶりだな」
「ふん、たかが3日だろ。…何しに来た」
彼__あの事件の首謀者は低く、そう尋ねた。
その眼には憎しみと憎悪。そして少しの後悔があった。
「…どうせ、俺を笑いに来たんだろ。滑稽だろうな。自分の彼女に手を出した男が、へまして、馬鹿して、何もかもすべて失ったんだ。さぞ、嬉しいだろうな」
「そんなつもりは、ない」
「ならなんだ?せめてもの償いとでもいうのか?ほざけ。そんなの、求めてな」
「そんなつもりも、ない」
「…なんだって?」
「聞こえなかった?そんなつもりもないって言ったの」
そういうと、不思議そうな顔をして。僕を睨んできた。
そんなもののために彼に会うわけがない。だって、僕の彼女に手を出したんだ。慈悲の心なんて持つわけがない。
「君に持つ情も、申し訳なさも、笑いものにする気も毛頭ないよ」
「…なら、なんで」
「今日はね、君に
「…かん、しゃ?」
それはまるで後ろから殴られるかと思ったら撫でられたような。予想外が連続したような顔だった。
「うん。君のおかげでさ、伊豆奈はかなり怯えちゃったんだ」
「…だからなんだ?怯えた会長の顔の可愛さでも自慢しに来たのか?」
「裏掲示板で知った情報を持ってくるなんて。扱いやすくて助かったよ」
そこまで言って、彼は目を見開いた。
「…なぜ、そのことを…」
もう、遅い。君は負けたんだ。
「この世にはさ。そういうどきどきを恋のどきどきに勘違いさせて惚れさせる『吊り橋効果』ってのがあるんだ」
「…やめ、ろ」
「裏掲示板で君を見かけてさ。うまいこと利用できないか試してみたんだけど…僕の思い通りに動いてくれてよかったよ」
自分で掘った墓穴に徐々に気付いていく。彼に僕は
「君のおかげで、僕の不安はかなり取り除かれたよ。君があんな馬鹿なことをしてくれたおかげで、伊豆奈はまだまだ僕にぞっこんだよ」
「……」
文字通り鬼の形相で睨んで来るが、それには構わず
心を刺すように。当て付けるように。勝った気でいるように。煽るように。
僕はいつしか練習したその顔で。彼ができるだけ壊れるように。
「ありがとう」
一言一言。噛み締めるように言い去った。
「おまえかぁ!お前が…お前が僕の!僕の人生を…これからを!未来を!過去を!すべて!全部!全部…」
負け犬の遠吠えのごとく、彼は力の限り。命を削って。
「奪っていったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
僕の宝物を傷つけた彼は、そう叫んだ。
ガンガンと頭を、体を撃ち付け隔たりを壊そうとする彼を警官が止めるころには、すでに10人をケガさせていた。
ま、僕らには関係のないことだ。
そう考えながら
「あ、侑斗くん!ここ!」
愛らしい伊豆奈の隣に立つ。
やはりここはいい。落ち着くし、暖かい。この居心地の良さを手放さないように。
そのために、僕は隠れて努力するんだ。
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