手の内
時は、数か月前に遡る。
夜の落ち着いた雰囲気に包まれた喫茶店内で僕はホットコーヒーを飲んでいた。
そんなところに、待ち合わせをした彼は来た。
「よう。久しぶりだな」
「うん。久しぶりだね」
彼と軽い挨拶をして席にまた座る。
彼は、2年前にネットで出会った、かなり信頼できる人だ。
「送っておいたメッセージは、見ていただけましたか?」
「おう。ばっちりや」
そう言いながら、もう40代に突入するかという体を浮かし、煙草を一本取り出した。
とりだした矢先。相手が「…あ」という顔をしたので、僕は苦笑しながら
「どうぞ」
と言った。
「すまんな。成長真っただ中の青年の前で」
「お気になさらず」
深く息を吸い込んでから、彼から話を切り出した。
「それで?俺に何を協力してほしいんだ?」
煙たい息を吐きながらそう尋ねてきたので、僕はあの掲示板のある一つのスレッドを見せた。
「?生徒会長?」
「うん。その生徒会長が僕の彼女なんだけど…」
そこまで言うと、明らかに雰囲気をかえ、
「そっか…お前が喧嘩を売ってきたことは十二分に分かった。いい値で買ってやるぞ?どこから折られたい?」
「じょ、冗談でもやめてよ…君には敵いっこないんだから…」
そういうと、彼は冗談に聞こえるか?と訴えかけるかのような目で睨んできた。
「…まあ。お前に彼女がいることは100億歩譲って許してやる」
許してやるというにはなかなかの歩数を譲ったもんだ、という皮肉は心の底にしまって置いた。
「まあ、あれだろ。要はその情報がそいつに漏れないように」
「違うよ」
「…え?」
あまりにも見当違いの答えに、僕は思わず話をさえぎってしまった。
「違うつったって…じゃあ、どういう…」
「はぁ…全く。君にはセンスがないね」
案外要領が悪いことに驚きつつ、そう皮肉を零した。
「だってさ。『男の人に囲まれてピンチ~!』なんて時に僕が助けたら…僕…僕…」
妄想だけでもその幸せを嚙み締める。ああ…これがうまくいけば…
「僕、それだけでヒーローじゃん!!!!」
店内の注目を集めるのも気にせず、そう叫んだ。
「え?と、とりあえず落ち着け!きょ、今日は相談に乗ってほしかったんだよな?な?」
「………」
その問いかけに、いよいよ幻滅した僕は強い口調で
「そんなことの為だけに君を呼ぶわけないだろ?」
と言ってしまった。
言ってから、気付き、慌てて弁明をする。
「あ、別に君が嫌いなわけじゃないんだ」
「あ、おう…」
「それでね。君に頼みたいのは、このクラス委員の護衛として一芝居うってほしいんだ。お願い…できるよね?」
いつかのために練習した有無を言わせぬ表情で聞いた。
「お、おう!任せ」
「あと。約束破ったら…わかるよね?」
ここまで追い込めば。ここまで道をふさげば彼はもう、僕に逆らうことはできないはずだ。
「…はい」
「んで、作戦の事なんだけど…」
扱いやすいやつ…。
愛のためには、手段を選んでいる暇はない。
ガッシャ―ン!と大きな音を立て、下には重い家具が次々と雪崩を起こす。それを見て僕は
「…足りないなぁ」
そう呟いた。
今回の作戦の全貌はこうだ。
まず、委員長が伊豆奈を攫いここに連れてくる。ある程度恐怖を与えられた状態を見計らい彼らが連絡を送る。連絡が届き次第、この場所へとくる。そして何とか彼らを倒したという演技をうち、あとはパイプを拾ってもらうだけ。
パイプにつながった紐が、もう一つの接続場所である棚にある大量の家具がバランスを崩し、彼に倒れ込む、というものだ。
演技とはいえ、リアリティがなければ意味がない。本気で殴ってもらう。
「…まあ、これぐらいあれば足ぐらいは折れるか。おい、これ全部戻しておけ。今日は終わりだ」
「…はい」
そう言いながら、血にぬらした口元をぬぐい、部屋を後にした。
恋なんて不純なものに力を注がない。僕が力を注ぐのは、愛だけだ。
そして数日後。僕は作戦をすべて成功させた。
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