第2話 おっさんと犬
何度か寝落ちを繰り返し訓練すると身体強化も大分慣れてきた。シートから降りて歩けるしスクワットも出来る。ガニ股歩きでカッコ悪いのは否めないが…
「おし、きょうかにちゅかうちからを "き" とよぼう」
そして多少はマシに喋れるようになった。独り言だがあくまで発生練習だ、決してぼっちで寂しいわけではない。動けて喋れるようになったし、次はおっさんを出してみよう。…光っている操作盤ぽいものはあるが、未来的過ぎてどうしていいかわからない。音声認識とかあるかな?とりあえず呼んでみるか。ジェフとか言ってたな…
「へい!じぇふ!… じぇふさ~ん… おぅけぇ ぐう〇る… おい… でてこいや!」
…だが表れない。音声認識ではなかったか…
「ちゅかえねぇはげだな」
と愚痴って呟くと ブィン とフロントガラスに禿げが表れる。
『誰がツルツルのピカピカですか?きちんと聞こえていましたよ。小さいうちからその様な言葉遣いはいけません。碌な大人になりませんよ。』
「なかみはもうおとなだじょ。それときこえてんならちゃっちゃとでてこいよ、またねてたんじゃねえのか?」
『寝るだなんてとんでもない、AIである私に睡眠は必要ありません。事故による損害状況の確認と原因を探る為にログを収集、解析しておりました。昨日、下のお世話をした後も配管が詰まって大変でした。』
それは誠に申し訳ない…お世話をしてくれたシートに謝罪と感謝を送り、気になることを聞いてみる。船の故障も一大事だがそれよりも…
「ふねのこちょうもきになるが、ここはどこで、なんでおれはこんなことになってんだ?」
『データも破損しており断片的な情報になりますが、ここはハイドラスと呼ばれる惑星です。事故による機器の故障で詳しい座標は分かりません。赤ん坊になっている理由はこちらに来る際に必要な措置だったかと思われます。目的に関しては…えぇと…なにかやらなければいけない事があったような…?まあいいでしょう、要は昨今人気の異世界転生です。はい。』
大事な所を誤魔化しやがった…
「…まぁわかったよ…。んで、ふねのほうはどうなの?だいぢょうぶなの?」
『生命維持システムとステルスモードは生きていますが、メインジェネレータを失い予備動力で最低限維持している状態です。本来、鉄志様の目覚めと同時に起動する予定の私が寝ていたのも、これらの故障が原因でしょう。兵器類も全て破損しております。ついでに食料も』
「なに?!ちょくりょうが?!ついでにって、(今寝てたと確かに言ったよな?)ついでがいちばんおおごとぢゃないか!どうしゅんだよ?こんなからだだじょ…もうだめだぁ…おちまいだぁ…」
『大丈夫です。見たところすでに能力を使いこなしてらっしゃます。内臓も強化すればその辺の肉も草も十分消化できます。もう少し訓練すれば外での活動も可能です。なにかしら物資があればレプリケーターで食物を生成できます。』
レプリケーター!?そんなもんまで付いてんのか…ファンタジーではなくSF路線か?何はともあれ外にでなきゃいけないか…かなり怖いが仕方がない。どんな世界かも気になる事だし、まずは身体強化を頑張ってみるか。色々と考えているとお腹が空いてきたのでチューブを吸う。
「ちなみにみるくか?これ、あとどんぐらいのこってるの?」
『赤ちゃん用粉ミルクはもう残っておりません。』
「?…じゃあこれはなに?」
『船の下敷きになっていた犬型生物の死体を加工したものです。5日程で今の食料もなくなります。』
「うげぇ!? なんてもののませてんだよ!はやくいえよ!」
『おいしそうに飲んでらしたので、問題ないかと思いまして。では、エネルギー節約とデータ復旧のためしばらく失礼致します。』 ブツンッ
あれから3日程経過。フロントガラスにおっさんがたまに表れるが鼾を掻いて寝ている。無視して修行した。おかげで走って飛び回れる赤ん坊が誕生だ。シャドーボクシングも様になっている。傍から見れば気味の悪い赤ん坊だろう。体感的にはアラサーだった前世より、いやそれを超えてアスリート並みに動けているだろう。この体すごいな。
力はどんなもんだろうかとシャドー中にシートを軽く小突く。メキッとした音とともに少し傾いた…やべえ、壊れたら汚物が処理出来ず大惨事だ。慎重にいこう。とりあえずおっさんを起こすか。
「というわけでそろそろそとにでてみようとおもう。で、すてるすってどうなってんの?ふねからはなれたらみえなくなんの?」
『いよいよですね。船の登録者は認識出来る様になっているので問題ありません。それではこちらをお持ち下さい。』
ジェフがそう言うと空中にホログラムが現れる。そしてそれらが実体化し下へ落ちる。
『残っていたなけなしの素材と犬の死体で作った衣類と装備です。』
また犬か…それに服があるならさっさと出しとけよ…文句は言いたいが、目覚めた時から素っ裸なのでありがたく黙って頂戴しておく。
装備を身に着けた今の恰好は紙オムツのようなパンツに、ひざ下ぐらいまである毛皮のポンチョコート、指先が割れてない地下足袋のような靴、50cmぐらいの手槍。ちなみにおれの今の身長が60cmぐらいか?
『デザインはこの惑星の文明に合わせています。また、小さな虫程度なら付与した性能により寄せ付けません。』
文明ってことは人がいるのか?!このデザインならやっぱファンタジー系か?そして虫除けはかなり有難いな。基本苦手だし、寄生虫とか下手な獣より怖いからな。
「ありがとう。んじゃいってくる」
『データが破損していなければアドバイスもできたのですが…十分にお気をつけて。』
シートの後ろ側にある扉を開き大きく深呼吸。異世界への第一歩だ。恐る恐る周りを伺いながら外へ出る。何かいるような気配も音もしない。以外と平気か?
五、六歩程歩いて振り返り宇宙船をみてみると、千切れた配線や配管がみえる。元は後部にも部屋か何かあったのだろうが、根こそぎ無くなっている感じだ。こんな状態になる事故でよく無事だったな…
また振り返り、宇宙船を背に外の世界へ向かって歩き出す。
迷わないように手槍で木に印をつけながらてくてくと茂みを避け進んでいくと、地面に転がったヤシの実に似たものを発見!おれの胴体ぐらいの大きさだ。これなら何かしら食べれるものに加工できるだろう。上を見上げると同じような実がまだ成っている。手槍を鞘に戻し腰にまわす。木登りだ。前世の小学生までは田舎育ちの悪ガキだったため木登りぐらい楽勝だ。
猿のように幹を登り、枝に移って手槍で実を落としていく。五つ程落としたところで地面に降りる。
とりあえず一つ持って帰るか、と両手で抱えて持ち上げ、視線を上げると大型犬と目が合った。いやありゃ狼か?どっちでもいい、それよりもおれ目掛けて飛び掛かる寸前の態勢だ。「ひっ!?」っと心臓が跳ね上がるが、反射的に身体強化全開でヤシの実擬きをぶん投げる。
ゴシャア!「キャウン!」
ヤシの実弾は当たりはしたが牽制にしかならないだろう。即座に船の方へ向かって走り出そうとするが、なんと更に新手が2匹現れ道を塞がれる。体高1m強程の狼だが、今のおれからしたら2倍近くでかい怪獣だ。身体強化や気弾はあるが、戦おうという気は起らない。直角に踵を返して全力疾走。
逃げていると斜面を発見。四足歩行は下りが苦手だったか?と、うろ覚えの知識で斜面を下る。だがやつらのスピードは落ちることがない。このままでは追いつかれるので気弾を撃とう。勿論全力だ。
走りながら右手の掌を後ろの狼に向けて意識を集中。そして発射。気弾は先頭の狼の四肢以外を消滅させ、後方の地面に着弾し土塊を跳ね上げる。それに怯んだ残りの2匹の足も止まる。
「きだんすげええ!ざまぁみさらせくそいぬども! ってあれ?じめんがない!?」
テンションが上がり思わず叫ぶが、気弾の反動でおれ自身が吹っ飛んでいた。やがて地面に落ちるが、勢いでそのまま斜面を転がっていく。小さい体はよく転がる。そして ボチャン と下に流れていた川へと落ちた。
川の流れが穏やかで助かった…ゴボゴボとニル〇ァーナのアルバムジャケットよろしく泳いで岸へと上がる。えらい目にあったが流石に撒けたか?
ふぅ…助かった… ポテン とその場に座り込むと急に眠気が襲ってきた。が、この場で寝るのは非常に拙い。睡魔に抵抗するが勝てそうにもない。…瞼がだんだん落ちてくる。遠のいていく意識のなか聞こえるのはザっザっという足音っぽいもの。
何か来てるな…やばい…意識が落ちる寸前に見えたのは知らない爺の顔だった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます