新・亜空間屋敷③
「……」
開かれた【アリス】の部屋のドアの前で、私は言葉を失っていた。照明が真ピンクだった訳でも野外や珍妙な家具があった訳でもない。極めて真っ当な、何なら現在の私の立場に相応しいとも言える寝室だった。
そこは一人分にしては広く、趣味のいい調度品や本棚、ゆったり寛げるソファに事務作業もできそうな机まで置かれていた。何かを始めたいと思った時に、何の不便もなさそうな配慮が心憎い。
そしてベッドはキングサイズ……ちょうどメイズ侯爵家で用意されていた夫婦の寝室がこんな感じだった。(旦那様がいないのに使えないから、客室で寝泊まりしていたが)
「あら素敵なお部屋。ちょっと地味な気もするけどぉ」
「ベッドおっきーい。ダイブさせてもらっていーい?」
部屋の主よりはしゃいでいる二人をよそに、ジャックは動かない私の反応を窺ってくる。
「俺、女の子の好みそうな部屋って分かんなくてさ……ほら、こいつらはこんな調子だし。とりあえず新婚さんってイメージで配置してみたけど、何か気に入らないとこがあれば言ってくれ」
「気に入らないと言うか……」
どうしよう、お世話になっている上に厚意でしてくれたものにケチつけるなんて、物凄くやりづらいんだけど。私が喜んでない事は伝わってしまってるし、ここは正直に話すべきか。
「あの、一応私は旦那様を見つけるまでパーティーに参加させてもらっている身なんだけど」
「うん?」
「合流できた後は、この部屋を旦那様と二人で使っていい、という事なのかしら……」
書類上の契約のみであって、初夜もまだな私たち。話し合い次第で何事もなく新婚生活のやり直しになるとして……ここでその、同衾しろと?
私の言いたい事がようやく理解できたのか、ジャックはみるみる真っ赤になって狼狽えだした。
「てっきり、客室の方が旦那様用なんだと思っていたけれど」
「や、そんな……俺もそこまで具体的に考えてた訳じゃないんだ、ごめん……すぐ造り直す」
そう言ってふらつきながら出て行こうとするジャック。造り直すって、魔力の消費量が半端ないって言ってたじゃない? 実際それでふらふらになってるのに。
「しなくていいわ。別にどうしても不満という訳じゃないし、ただ気になっただけだから。私の事より、今はジャックに休んでもらわないと」
「けど……」
「それより持ち主の貴方の部屋はどこなのよ?」
渋るジャックをタルトたちと一緒になって急き立てると、仕方なくさらに上の階を指さされた。階段はなく、立てかけられた梯子で上っていく。
「ここって……」
「屋根裏部屋だよ。別に寝るだけならどこでもよかったしさ」
お馴染みのベッドの他は引き出し付きの小さな机と椅子だけ……見事に何もない部屋だった。私の新婚さん部屋のすぐ後に見たからか、余計悲しく見える。なんで屋敷の主人がわざわざ?
「こんな狭い場所でしっかり休めるの?」
「今までだって狭いっちゃ狭かったからな。それに今はダンジョン攻略の最中だぞ。野営よりはマシだろ」
そういう問題? 私たちの要望ばかり聞いてもらって悪い気がしたけれど、そもそも限界まで魔力を使うのであれば、自分の部屋まで手が回らなかったのかもしれない。無茶をして倒れられたら本末転倒だ。
「まあ寝苦しければ、アタシの部屋のベッドを使えばいいじゃなぁい。御主人様には最高の夢を見せてあげる♪」
「それいいね! 御主人、ボクの犬小屋にも遊びに来てよっ」
【その前にマスターの疲労は限界にきています。浴槽に浸かってリフレッシュを】
美少女三人に引っ張られ、苦笑いをしながら階下へ戻っていくジャック。せっかく部屋を分けたのに意味がない……とは言え、思い思いに楽しめる自室ができてみんな楽しそうなので、私の助言も少しは役に立てたのだと思う事にした。
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