新・亜空間屋敷①

 お昼を挟んでもう二、三戦を終えた後、背後でガチャリとノブが回る音がした。


「ジャック!」

「おう、お前ら無事か? こっちも粗方終わったから確認し……」


 心なしか窶れているジャックは、ドアを開け放ちそこまで口にしたところでガクンと崩れ落ちた。


「御主人!」

「ま、まさか生命力まで削ったんじゃ……」

「ハア、ハア……魔力は使い切ったけど、そこまでじゃねえよ。パイ、ちゃんと説明したのか?」


 タルトに助け起こされながら、ジャックは荒い息を吐いて立ち上がる。ただ疲れただけだと言っているけれど、これ以上無理はさせられない。


「改装が終わったなら、今日はここまでにしましょ。ジャックは休んでて」

「何言ってんだ、俺が案内しないと自分の部屋も分かんねーくせに」

「部屋って……わあ!」


 ジャックに続いて玄関を通ると、朝とはまるで違う屋敷の造りに感嘆の声が漏れる。貴族ほどではないけれど、中級以上の富裕層の住居のようだ。ダンジョンを攻略しながらもここに住めるのなら、何ヶ月でも潜っていられるだろう。(旦那様の生活状況は分からないけれど)


「すごいすごーい! ボクの部屋どれー?」

「順に説明するから落ち着け」


 興奮したタルトに放り出されたジャックを、ショコラがキャッチする。美少女に抱っこされて情けない表情になっていたが、ビジュアル的にはともかく彼女たちは強いので、回復するまでは仕方ないだろう。気にしているのはジャックと……私くらいだ。


「入り口はやや狭い造りになっている。これは間違って魔物が入ってこないためだ。で、手前が応接室でさらに奥が会議室。アリスん時みたいに客人が来た時用だな」

「わざわざ分けたの?」


 貴族の屋敷もそんな感じだけど。トイレはそこからすぐの場所にあった。ちなみに我が国はローリー様の発案で上下水道のインフラにより水洗トイレだったりする。これを殿下との婚約後すぐに取りかからせたのだから、婚約破棄したからと言って逸材を国外へ追放しようなんて無能にも程がある。


「風呂はさらに広くしたぞ。脱衣所から男女別にしてある」


 促されて入ると、確かに脱衣所の入り口付近には洗濯用の魔道具と長椅子があるまでは一緒だったが、そこから仕切りができている。


「えーッ! 御主人と一緒に入れないじゃん。つーまーんーなーいー!」

「いや、お前らと風呂まで一緒ってのはさすがにどうかと思ってたんだよな……仲間も増えたし」

「当然です! むしろ今までどうしてちゃんと拒否してなかったの?」


 むくれるタルトに構わず詰め寄ると、ジャックは気まずげに目を逸らす。


「だって俺ら、全然異性とかそういう感じじゃなかったから……邪険にするとあからさまに落ち込まれるし」


 タルトはそうかもしれない。パイも無反応なので気にしないだろう。ショコラは大いに怪しい……朝から濃厚な口付けしてきて異性じゃないは無理があるんだけど。


「これからは女の方が多くなるから、スペースは男が1/3で女は2/3にしておいたからな。湯船も半分は室内だがここの扉を開くと――」


 ジャックが浴槽の縁に上がって壁際の扉まで歩くと、ガラリと開く。そこには植物の仕切りで区切られた露天風呂があった。


「こうなってる。室内と外と好きな方に入ってくれ」

「なーんか、随分とアリスちゃんを気遣った造りよねぇ? アタシたちは今まで通りでよかったんだけどぉ?」

「お前らにはアリスと一緒に入ってもらうためだよ。これなら俺も同じ時間帯に行けるし、妥協してくれ」


 私のためにと言われて、残念そうにしているショコラたちには悪いけど嬉しかった。種族もそうだけど、彼らはこことは違う国を旅してきて価値観もかなり違うと思われる。なのに私という異分子のために相当に配慮してもらった。


(いちいち面食らったり文句つけてばかりじゃなくて、私側からも慣れるように努力しないと……)


 床で滑らないようにパイに手を引いてもらいながら、私は風呂場を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る