転落、暗転
「うッ!!」
男が小さく呻いて、伸ばしかけた手を止める。手の甲には、ダーツの矢が刺さっていた。一瞬、罠が発動したのかと身構えるが、蹲った背中の向こうには――
「ジョーカー!!」
「遅くなったでげす、アリス嬢」
こんな非常事態にもおどけて言う彼に、体の力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。まだ怯んだだけで、すぐに逃げなきゃいけないところなのに。
「心配しなくても、矢には痺れ薬が塗ってあるのでしばらく動けないでげすよ。あ、お仲間もグラディウスさんたちが全員片付けてくれてるでげす」
「て、めえ……なんで、ここが」
地面に這い蹲りながらも忌々しげに睨み付ける剣士に、ジョーカーはニヤリと笑うとメンバー証を掲げてみせた。
「それ、私が落とした……」
「目撃者も大勢いましたしね、あんな場所で隠し事なんて向かないでげすよ」
「黙れ!!」
男は震える手で矢を抜くと、取り出した小刀で傷口を何度も突いた。剣士の命である手を自ら……さすがのジョーカーも呆気に取られ、反応が遅れる。
次の瞬間。
「きゃあっ!!」
「動くな!」
素早く背後に回られ、後ろから抱きかかえられる格好で首に小刀を当てられる。痺れ薬と聞いて、油断していた……目の前にいるのは、屈強な剣士なのに。
「そこのふざけた兄ちゃんの後ろで杖を構えてる連中もだ」
こちらからは全く見えないのに、気配で察していたらしい。ジョーカーが舌打ちして目線だけで後ろに合図を送る。首の前には光る刃、後ろからは気持ち悪い吐息……地獄だ。
男は私を連れて逃げるために、一旦立ち上がろうと片足を一歩下げた。そう、ぎりぎり罠にかからない場所から、一歩踏み出し――カチリと、音が聞こえた。
「うおおおっ!?」
「きゃああっ!!」
私たちの周辺の、地面が抜けた。足元には深い深い闇――小刀やごろつきなど目じゃない、絶対的な死への入り口が口を開けていた。
「アリシア!!」
ジョーカーが駆け寄ろうとするが、間に合わない。背後から突風が吹いて体を浮き上がらせようとするが、私の喉を突きそうになっていた男の手から小刀がすっぽ抜けただけだった。恐らくアダマスさんの魔法だろうけど、後方に下がらせていたのが災いして姿が見えず、狙いを外してしまったのだろう。
どこまでも落ちていく……こんなごろつきと心中なんてごめんだけど、落下の恐怖にさらされながらも絶対に解放してくれないその執念は逆に感心する。もっとも私自身それどころではなく、遠のく意識の中で何もない暗闇に身を任せるしかなかった。
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