罠の部屋

 何とか逃げ出せたものの、いつまでも逃げ切れるものではない事も、分かっていた。

 階段はやつらの一人が占領していたし、冒険者の男数人に対し、こちらは女一人だ。しかも地下二階からは低級とは言え魔物も出現する。それらを躱しつつジョーカーたちと合流する方法なんて、見当もつかなかった。


 ただただ頭が真っ白になる中を、ひたすら走り続ける。


(ローリー様も、実はパニックになっていたのかな)


 こんな時だというのに、頭に浮かぶのは私を悩ませた幼馴染みの事。世の中のすべてを見通しているかのような言動の彼女も、たまに見誤って危機に陥る事があった。


『大丈夫、きっと何とかなる』


 深く考えているとは思えないのに、実際にいつも誰かが助けに来て何とかしてくれた。彼女は信じていたのだろうか……それとも、私みたいに本当は泣き叫びたかったの?

 でも助かっていたのはきっと、彼女だったから……悪役令嬢だなんて嘯いているけれど、ローリー様ほど愛された女の子を私は他に知らない。神に選ばれるとは王太子のお気に入りだった平民のあの子よりも、ローリー様にこそ相応しい称号なのだ。


 神聖魔法は、他者を癒し護る魔法。たった一人の私には使えない……なんて無力。それなのに一人前に旦那様を追いかけようだなんて、ローリー様にでもなったつもり? だから、罰が当たったのよ。でも……


(だって旦那様が、『好きにしろ』なんて言うから!)


「追いつめたぞ。へっへ、チョロチョロ逃げ惑いやがって。その部屋はなぁ、罠しか仕掛けられてねえから今や誰も入らねえんだよ。

さあ俺たちが天国に行かせてやるか、それとも本当に天国に行っちまうか、好きな方選べ」


 咄嗟に飛び込んだ古びたドアの向こうには、白骨化した屍がゴロゴロ転がっていた。確かにこんな光景を見れば、一発で罠だと分かるだろう。だけど躯はしばらく向こうまで続いている……という事は?


(少なくとも、手前の罠はもう尽きているという事では……)


 そう思った私は、ごろつき剣士が伸ばしていた手を避けるようにして、思い切って後方へジャンプした。ガシャリ、と足元で音がする。


(ああー、踏んでしまってごめんなさい! 悪いのはそこのごろつきです!!)


 心の中で言い訳をしながら石や骨の欠片を拾い、地面や壁に投げながら罠を確認する。剣士は信じられないといった表情をしていたけれど、私の後に続けば安全だと気付いたようで、じりじりと追ってくる。


 ヒュン!


 やがて私の横すれすれに小さな矢が飛んできたところで、これ以上進めなくなってしまった。もっとも、そこから数歩で行き止まりなので大した違いはなかったが。


「手間取らせやがって……いい加減諦めたらどうだ? お前の旦那より俺の方がよっぽどいい男だし、毎日気持ちよくしてやれるぜ」


 顔に関しては、まあ置いといて……そういう問題ではないし、気持ちいいかどうかは個人によるのでは。思わず明後日な事を考えてしまうのは、絶体絶命からの現実逃避か。この後に及んでどうにかなる訳ないのに……だってここには、ローリー様がいない。

 あんなに縁が切りたいと思っていたのに、土壇場で縋りたくなるのがよりによって彼女だなんて。


「ローリー様……っ」


 手が届く瞬間、無意識に呟いていた。


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