とある古びた本屋にて
孤兎葉野 あや
とある古びた本屋にて
「いらっしゃい。どんな本をお望みかな?」
薄暗いランプの灯りが照らす、古びた本屋の中、
からんと鈴の音を響かせながら、扉を開けた一人の客に、
初老の紳士を思わせる出で立ちで、店主が語りかける。
「見ての通り狭い店だが、好むジャンルの一つでも言ってくれれば、
お薦めの本を見繕おう。もちろん自由に見てもらっても構わないが・・・」
そう広くはない店の奥行を、広げた腕で示しながら、
続ける店主の声が、客の言葉を前にぴたりと止む。
「――ジゼの翼、ベヘムの蹄、レヴィエの鱗。
『合言葉持ち』か・・・最近は利用者が増えてきたな。まあいい、正解だ。
それで、何処の本をお望みかな?」
小さく頷いた店主が、陰の増した笑みを浮かべ、客に尋ねた。
「ラドティエムか・・・あそこはキングドラゴンが討伐されて以降、
割と穏やかだったが、最近は邪教集団とやらが幅を利かせているようでな。
戦いも多く起きているらしいが、それでも行くのかい?」
「そうか・・・それなら、止める必要も無いな。
傭兵として稼ぐなら、もってこいの場所だろうよ。」
二言三言、客と言葉を交わした後、
店主が奥の戸棚から、一冊の本とくすんだ色の鍵を取り出す。
「こいつが目的の場所へ繋がる書と、転移の鍵だ。
初めてでないなら知ってるだろうが、お前さんが使用すると、
此処へ勝手に戻って来るから、返却の必要は無い。
その代わり、一定時間経っても戻る仕組みだから、
旅の準備がまだなら、後でまた来てくれ。無論、持ち逃げは無駄だ。」
説明を終え、頷いた客がいくつかの輝く石を手渡すと、
その内の数個を受け取り、笑みを浮かべて言った。
「ああ、対価は確かに受け取った。それじゃあ気を付けてな。
命があったなら、またの利用をお待ちしている。」
「最近は合言葉持ちの客が、増えてやがるなあ・・・
世界を渡るってのは、そんなに楽しいもんかねえ。
まあ、一般客の間でも、異世界転生とか転移とか流行ってる世の中だ。
今はそういう時代なのかもしれねえなあ・・・」
客が去り、静かになった店内で、
小さく息を吐き、店主が独り口にする。
「しかし、実際に身体ごと転移なんてしなくても、
本屋ってものは、意外と異世界の入口かもしれんがな。
ファンタジー、ミステリー、歴史小説、ノンフィクション・・・
好む本の中へと心を飛ばすのは、誰にだって出来ることだ。」
小さいながらも店の中にずらりと並べられた、
厳選の本を眺め、店主がにやりと笑みを浮かべる。
次は此処にどんな本を加えようかと、考えを巡らせるうちに、
からんと鈴の音が響き、また一人の客が訪れた。
「いらっしゃい。どんな本をお望みかな?」
とある古びた本屋にて 孤兎葉野 あや @mizumori_aya
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