ブラッディムーン
修学旅行2日目。慎司と鈴音は丹波口駅の出入り口に到着していた。時刻は9:25。ジーンズ姿の髪をUPした眼鏡の女性に声をかけられる。
「おはよう御座います。お2人共、何も言わずにわたくしに付いて来て下さいませ。」その女性が綾乃である事は慎司も鈴音も声色で気づいていた。近くのパーキングに停めてあるミニバンまで案内される。1人の顎髭を生やしたサングラスの男性がそこには立っていた。華月である事は慎司はすぐにわかったが、何も言わなかった。鈴音もそれに習い何も言わずにいた。
「鈴音様は中へ。」綾乃は後部座席のスライドドアを開け、鈴音を中に招き入れる。
「こちらにお着替え下さい。」綾乃は言うと、車の外に出る。暫くして、着替えを終えた鈴音が外に出て来る。綾乃は精算機で料金を支払い、戻ってきた。
「慎司様は移動中にお願いいたします。」綾乃は言うと、皆車に乗り込む。車は走り出した。
「改めまして、おはよう御座います。」綾乃は2人に言う。
「おはようございます。」2人は挨拶する。
「髭が似合ってるじゃないか?華月。」慎司は着替えながら言うと笑った。
「痒くて仕方ない。」華月は言うと、ポリポリと顎をかく。鈴音も笑う。
「わたくし達、不倫旅行中のカップルを装っております♪」綾乃は言う。
「ハハハっ!見えるよ。」慎司は着替えながら言う。
「昨日言ってた、色々あってってヤツ?」鈴音は聞く。
「そうだ。始めのホテルの部屋に盗聴器が仕掛けられてな。」華月は言う。
「盗聴器...。」鈴音は怪訝そうな顔をする。
「華月様の御身をお守りする為にも、宿を変えさせていただきました。」綾乃は言う。
「で、変装もって事か。」慎司は言う。
「念には念を。」綾乃は言う。
「で?不倫旅行はどうなの?」慎司は笑いながら言う。
「それはもう❤️」綾乃は華月を見ながら言う。華月は窓の外を見ている。
「ラブラブって訳ね。」鈴音は笑う。
「華月様が少しお痩せになったのも、わたくしのせいでございます。キャッ❤️」綾乃はふざけて言う。華月は何も答えない。
「沙希が聞いたら発狂するわね。」鈴音と慎司は笑う。綾乃は真実を述べただけだが、2人は冗談と思っている。その話術のテクニックに華月は綾乃を敵に回すのは止めようと心に誓うのであった。
「右京様、以前として如月華月、西園寺様の行方は掴めておりません。」雅は右京に報告する。
「探すだけ無駄ですよ。綾乃さんは忍びの一族。姿を眩ますのは造作もない事ですよ。それに...、今頃は東の地にいるかも知れませんね。花を用意しに2人でね。」右京は笑う。
「では、放っておいて良いという事ですか?」雅は聞く。
「その様に昨日言ったはずですが。」右京は雅を見る。
「申し訳ございません。出過ぎた真似でした。」雅は右京に頭を下げる。
「判れば良いのです。」右京はニッコリ笑う。
「右京様、私の理解力が至らないのは重々承知しておりますが、右京様の思い描く予定をお聞かせ願えませんか?」雅は言う。
「全ては明日です。まずは品評会で如月華月に恥をかかせます。例え花は東の地より用意出来たとしても、一旦はお預かりする事になっています。そこで不運にもスタッフが転んで花は使い物にならなくなります。代わりの花はありません。日本華道連盟に二度と顔を出せない様にする。そして夕刻には、大江山の酒呑童子を人質に取り、綾乃さんの持つ陽炎を使わせない。如月の鬼、白狼の小僧、玉藻前と戦闘。そこに弥生の鬼である美月が参戦し、我らはその混乱に乗じて紅蓮で一掃する。簡単に言えばそんなところです。」右京は言う。
「弥生の鬼...。美月ごと薙ぎ払うのですね。」雅は言う。
「そうです。弥生の鬼と言えど、無事では済まないでしょうねぇ。我が一族を散々操っていた罰は受けてもらいますよ。」右京は岐阜で紅蓮を使った時に、美月の心掌握術から解放されていた。これは紅蓮の力によるものであった。と同時にそれまで美月に操られていた事に激しい怒りを感じていた。
「右京様...。我ら、右京様の為ならこの命惜しみません。その崇高なるお考えを今まで理解出来ず、申し訳ございません。」雅は右京が一族の仇を取ろうとしている事に感動していた。
「良いのです。我が一族の繁栄の為、そして我らがこの国を支配するのです。」右京は紅蓮を手にしてから、何でも出来る様な気になっていた。
「しかし、弥生の鬼が女性とはね...。」慎司は綾乃から送られてきていた写メを確認していた。
「名前は弥生 美月(やよい みつき)本名かはわかりませんが、年齢も不詳でございます。」綾乃は運転しながら言う。
「こんな綺麗な人が...。」鈴音は言う。
「その細腕で、力は俺と同等だ。」華月は言う。
「見た目じゃ無い訳ね。」鈴音は言う。
「そう。妖力や神話力を使う者は、外見ではその力を測れない。」慎司は言う。
「...ねぇ?華月くん、鬼の力を持つ者って、月の名をつける決まりでもあるの?」鈴音は聞く。
「...いや、聞いた事はないな。そもそも12鬼神の生き残りも俺とこの女だけ。確認の仕様がない。」華月は答える。
「...。」綾乃は前を見据えながら運転する。その胸の内には佐奈子との話を思い出していた。
暫くして、車は大江山の麓のパーキングに到着する。山を見上げた慎司は、
「あそこだね?」と指差した。華月は頷く。
「さぁ、参りましょう。」綾乃は皆に声をかけると皆山を登り出した。暫くして山道脇の獣道を通ると、一軒家が見えた。
「おにぃちゃ〜ん!」英鬼が駆け寄ってくると華月に抱きつく。
「今日も元気だな。」華月は笑う。
「うん!」英鬼は屈託のない笑顔を見せる。
「母さん達は中か?」華月は英鬼に聞く。
「うん。」英鬼は華月の手を取り、家に案内する。玄関まで来ると中から土蜘蛛が出て来て、華月達に一礼する。
「お待ちしておりました。中へどうぞ。」土蜘蛛は華月達を囲炉裏部屋に案内する。玉藻前が座っていた。
「玉藻前様、お邪魔いたします。」華月は頭を下げると、皆それに習う。
「また会えて嬉しいぞ。如月の鬼よ。」玉藻前は笑う。一同を見ると、鈴音でその目線を止める。
「中々に可愛らしい、東の統治者が来たの。」と鈴音に話かける。
「えっ?いや、私は...。」鈴音は困惑する。
「ハハハっ。冗談じゃ。」玉藻前は笑うと慎司に目線を移す。その目を慎司は真っ直ぐに見返す。
「初めまして。東の統治者をしております、白狼の高原 慎司と申します。」慎司は頭を下げる。
「中々にイケメンじゃの。」玉藻前は笑う。
「そちらのお嬢さんは?」玉藻前は鈴音に言う。
「あ、すみません。ご挨拶が遅れました。私は友達の黒澤 鈴音と申します。」鈴音も頭を下げる。
「まぁ、座りなさい。」玉藻前は言うと皆囲炉裏を囲む様に腰を下ろす。土蜘蛛が人数分のお茶を運んでくる。皆礼を言うとお茶をすする。英鬼は華月の膝の上に座った。
「英鬼、ダメよ。」土蜘蛛は言う。
「イヤだ!ここがいい!」英鬼はイヤイヤをする。
「構いません。」華月は土蜘蛛に言う。
「随分懐かれたの。」玉藻前は笑いながら言う。皆も微笑みながらその光景を見ていた。
「ところで、そちらのお嬢さんは何か特別な力がある様じゃが。」玉藻前は鈴音を見る。
「流石でございます。鈴音様には治癒の能力がある様です。」綾乃は答える。
「ほぅ。実に興味深いの。」玉藻前は言う。
「あ、いぇ、大した力じゃないです。」鈴音は緊張していた。
「いやいや、我ら妖しの力とも違う力は貴重じゃよ。だが、それもお主の持って生まれた運命じゃ。何かしらの意味がある。自分を大事になさい。」玉藻前は慈しむ様に鈴音に言う。
「はい。」鈴音は素直に頷く。自分の力の事をそんな風に言ってくれる者は、今まで誰もいなかった。鈴音は一瞬で玉藻前が好きになった。
「玉藻前様、こちらの如月華月から、おおよそのお話は伺いました。私としては、玉藻前様に西の統治者をお引き受けいただきたく思っております。」慎司は真っ直ぐに言う。
「...。先日も話した通りじゃ。わしももう若くない。」玉藻前は言う。
「お知恵を拝借いただく事は可能ですか?」慎司は言う。
「それくらいであれば構わん。」玉藻前は言う。
「わかりました。十分です。」慎司は笑う。
「良いのか?」華月は慎司に聞く。
「あぁ。右京には降りて貰うとして、俺が東西統一の統治者になる。」慎司は言う。
「だが、東はともかく、西の地の妖しが納得するか...。」華月は言う。
「納得しなけりゃしないでその時に考えればいいよ。まずはやってみるさ。」慎司は爽やかに笑う。
「...なるほど。こちらもえぇ男じゃのう。」玉藻前は笑う。玉藻前に言われて、慎司も笑った。
「玉藻前様、先日お話いたしました、弥生の鬼ですが、どうやら黒幕がいる様です。何か心当たりはございませんか?」華月は言う。
「...。恐らくは百鬼夜行の首謀者であろう。面識はないがの。儂はあの時参加せなんだからのぅ。弥生の鬼の存在すらお主の話で知ったくらいじゃ。すまぬ。」玉藻前は謝る。
「そうですか...。」華月は言う。
「お兄ちゃん元気出せ!」英鬼は華月に言う。
「あぁ。ありがとうな。」華月は英鬼の頭を撫でる。
「だが百鬼夜行の時、とてつもない神話力であったのは、この地におっても感じ取れた。その力が発動したのは、ほんの一瞬じゃった。」玉藻前は言う。
「今回、紅蓮を持つ右京と戦う事になると思います。その時に弥生の鬼とも戦う事になります。如月、弥生の鬼を凌駕する黒幕とも対峙しなければならないかも知れません。その場合、紅蓮、陽炎を含む御剣家の刀6本を使い、華月様のお婆様が黒幕を封印いたします。」綾乃は玉藻前を見る。
「六芒星封印か。」玉藻前は言う。
「そうです。恐らくそれ程の神話力を持つ者に勝つ事は不可能。ですが、封印なら可能と考えます。」華月も言うと玉藻前を見る。
「回りくどいのは苦手なんで、率直に伺います。玉藻前様のお力をお貸し願えませんか?」慎司は言うと玉藻前を見る。
「...英鬼の行く末を見守るのが、年老いた儂の役目じゃと思うておる。今更戦いに身は置けぬよ。」玉藻前は言う。
「わかりました。」慎司は笑う。
「玉藻前様、今一度お伝えしておきます。もしこの山に危険が迫る様であれば、迷わず私の名を呼んで下さい。」華月は言う。
「華月殿、慎司殿、ホントにすまんの。」玉藻前は頭を下げる。
「いえ。では私達はこれで失礼いたします。お茶ご馳走様でした。」華月は言うと、皆席を立つ。
「もぅ帰っちゃうの?」英鬼は寂しそうに華月に言う。
「また会えるさ。英鬼がお兄ちゃんを呼んでくれたらな。」華月は微笑みながら英鬼の頭を撫でる。
「うん!」英鬼は笑顔で言う。玄関まで行く途中、華月は土蜘蛛に耳打ちする。
「土蜘蛛さん、玉藻前様が俺の名を呼ばない場合、あなたが俺の名を呼んで下さい。」華月は小さな声で言う。
「わかりました。」土蜘蛛は言う。
英鬼達に見送られながら4人は山を降りる。
「華月様宜しかったのですか?」綾乃は華月に問う。
「宜しかったも何もねぇ?華月。」慎司は華月に言う。
「あぁ。玉藻前様はいざとなればその力を発揮する。」華月は言う。
「えっ?戦わないんじゃないの?」鈴音も聞く。
「身体の奥底から湧き上がる妖力、神話力を抑え切れてなかったよ。」慎司は笑う。
「陽炎は反応いたしませんでした。」綾乃は言う。
「悪しき者の妖力ではないからさ。御剣家の刀は人に仇なす悪しき妖しを滅する為に作られた刀。今の玉藻前様は目に移る小さな家族を守る為に、その力を使おうとされている。」華月は言う。
「にしては、巨大過ぎるけどね。」慎司は笑う。
「あぁ。俺達の出番はないかもな。」華月は言う。
「それ程までに...。」綾乃は今降りてきた山を見る。
「呼ばれなかったら、どうするの?」鈴音は聞く。
「大丈夫だ。必ず呼ばれる。保険をかけてある。」華月は言う。鈴音は突然立ち止まる。
「どうしたの?」慎司は聞く。3人も歩みを止める。
「...慎司くん、華月くん、お願いがあるの。」鈴音は言う。
「...」慎司と華月、綾乃は鈴音を見る。
「沙希は留守番て言ってたけど、私も連れてって欲しいの。」鈴音は言う。
「...ホントに危険だよ。命を落とすかも知れないんだよ?」慎司は言う。華月と綾乃は黙っている。
「...わかってる。でも。玉藻前様が言ってた様に、私の能力には意味があると思うの。危険だからこそ、私の能力が必要になりそうな気がしてならないの。」鈴音は懇願する様に言う。
「...綾乃さん、黒澤を守れますか?」華月は綾乃に聞く。
「ご命令とあらば。」綾乃は頭を垂れる。
「お願いします。」華月は綾乃に言う。
「御意。」綾乃は答える。
「ありがとうございます!」鈴音は頭を下げる。
「沙希ちゃん達が何て言うか...。」慎司は沙希とマリアの説得をするのかと思うと気が滅入る。
「何も言わんと思うぞ。」華月は言う。
「甘いよ華月は。あの2人が黙っている訳ないんだから。」慎司は言う。
「そうか?」華月は笑う。
「さぁ、参りましょう!」綾乃は言うと皆山を降り始めた。
昼食を軽く済ませ、舞鶴へと向かう車内で綾乃は言う。
「現地に着きましたら、先ずはわたくしが潜入いたします。危険が潜んでいないか確認して参ります。」
「わかった。」華月は答える。
「フルムーンか...。まぁ、考え様によっちゃぁ役立つかもね。」慎司は華月に言う。
「常に満月の状態の人狼族か、勢力は飛躍的に伸びただろうな。」華月は言う。
「そうだね。右京に統治者が代わり文句のあった妖しも、勿論弥生の鬼の術もあっただろうけど、それらを力でねじ伏せて来たんだろうね。右京の人柄はともかく、西の人狼族は自分らの力で他を圧倒して来たんだね。」慎司は言う。
「もしかしたら、他にもそういった研究があるのかな?」鈴音は言う。
「あるかも知れんな。だが、右京が統治する以上、自分らに不利になる様な薬の開発はしないだろう。」華月は言う。綾乃は舞鶴工場近くのパーキングに車を停めた。
「少し行って参ります。このまま車内でお待ち下さい。」綾乃は車を降りるとその姿を素早く消した。10分程で車に戻ってきた。
「お待たせいたしました。皆様にはこれから大宝製薬○崎工場の研究員となって頂きます。工場内見学で先日既にアポは取ってあります。こちらを羽織り下さい。それからマスクの着用をお願いいたします。」綾乃はそう言うと、3人にマスクと白衣を手渡した。白衣には大宝製薬の刺繍がされている。
「鈴音様、ご気分が優れない場合はわたくしにお知らせ下さい。」綾乃は言うと、鈴音は頷く。
「基本、工場の方との質疑応答はわたくしが行います。」3人は頷く。
「では参りましょう。」綾乃が言うと、全員車を降りる。正門で警備員に工場見学の旨を綾乃は伝える。
「奥の受付にお進み下さい。」警備員は言う。
「ありがとうございます。」4人は一礼して中に進む。
「お世話になります。私、大宝製薬○崎工場の斉藤 夏樹と申します。本日こちらの舞鶴工場をご見学させて頂けるとの事で、薬品開発部の保(たもつ)様とお約束がございまして、お伺いいたしました。」綾乃は流暢に受付に言う。
「少々お待ち下さい。」受付は内線電話をかける。
「受付です。○崎工場の斉藤様がお見えです。」受付は電話を置くと、
「今、担当が参りますのでお待ち下さい。」と綾乃に伝える。
「ありがとうございます。」綾乃と華月達はお辞儀する。暫くして、白衣を纏った人の良さそうな中年男性が受付に来た。
「斉藤さんですか?お世話になります。薬品開発部の保と申します。」保は名刺を差し出す。綾乃はいつの間にか用意していた、名刺を交換する。
「斉藤と申します。本日はお忙しい最中、私共の為に貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます。こちらの3人はウチの新人でございまして、まだ名刺がないのですが。」綾乃は言う。
「あぁ、構いません。○崎工場も立て直しが大変でしょう?」保は綾乃に話かける。
「はい。社長が亡くなり、○崎は柱となる未知の研究が滞りまして、方向性を見失っております。何か新しい取り組みを始めなければと現在模索中です。本日の見学で1つでも○崎に持ち帰れる物がないか、藁にもすがる想いです。」綾乃は言う。
「そうでしょうね。大宝製薬の軸とも言うべき研究でしたからね。ご案内します。」保は歩き出す。4人は続く。工場の至る所を案内してもらう。その間、保と綾乃は他愛のない世間話や、大宝製薬の歴史について話し合っていた。保はエレベーターに乗り、地下3階のボタンを押す。
「こちらは既存の能力の強化を軸に研究を続けております。何でも出資者の意向なのだとかで。」保は言う。
「確か、右京さんという方でしたかね?」綾乃は白々しく言う。
「そうです、そうです!その方の意向でドーピングの研究をメインにやっております。」保は笑う。エレベーターは地下3階に到着する。そこには様々な動物がおり、白衣の研究員達が真剣な顔で取り組んでいた。
「リミッターを外すという様な解釈で宜しいですか?」綾乃は聞く。
「そうですね。その通りです。動物は無意識の内にその能力を抑え込んでいます。その個体によっても普段何割の力を出しているのかは違いますが、それを100%解放する薬をここでは作っています。フルムーンと呼ばれる物がそうです。」保はそう言うと、ラボの一室に入る。皆続く。
「コレがそうです。」保は一粒のカプセルを綾乃の手に乗せた。
「コレが...。」皆綾乃の手の上のカプセルをマジマジと見る。
「例えば、イリエワニ。その噛む力は1t〜2tと言われています。個体の大きさにもよりますが、常時彼らは5割〜6割の力で噛んでいます。ですがフルムーンを投与したワニの噛む力はおよそ2t〜4tにまで跳ね上がります。噛む力だけではなく、泳ぐスピード、陸を移動するスピードも段違いに変わります。」保は言う。
「...副作用はないのですか?」慎司は聞く。
「いい質問ですね。」保はニヤリと笑う。
「今のところ、副作用の報告は上がってません。」保は言う。
「持続力はどれくらいなんですか?また、服用してからの発動時間はどれくらいですか?」慎司はまた聞く。
「これまたいい質問ですね。中々に優秀な新人さんの様で。」保は綾乃に言うと、綾乃はいえいえと謙遜した。
「これも投与する動物により、効果は違いますが、大体服用してから、5分位で効果は現れます。持続時間はおよそ1時間はどの動物でもその効果が切れる事はありません。またアドレナリンの分泌と密接に関係がある様で、薬の効果が持続している時は痛覚も感じづらくなっている様です。」保は丁寧に説明する。
「...人体での実験は?」華月は聞く。
「...公式には公表していませんが、免疫力のない方に既に医療現場で使われていたり、軍事運用されていたりします。海外からの需要は多いです。」保は言う。
「保さん、大変恐縮なのですが、コチラのフルムーン、参考までに何粒か戴く事は可能ですか?」綾乃は言う。
「他ならぬ○崎工場の為ですものね。少しお待ち下さい。」保はそう言うとラボの奥に姿を消した。
「手際良すぎでしょ。」慎司は華月に言う。
「あぁ。名刺まで用意していたとはな。」華月は答える。
「備えあれば憂いなしでございます。」綾乃は静かに言う。鈴音は奥のガラスケースに入って暴れている、1匹のラットを見ていた。
「どうしたの?」慎司は鈴音に声をかける。
「あのねずみだけずっと暴れてると思って。」鈴音はまだねずみを見ている。
「お待たせいたしました。」保が帰ってきた。その手には5cm×10cm位のプラケースを持っていた。カラカラと薬品の入っている音がする。
「1ダースご用意いたしました。私が斉藤さんにあげた事は内緒にして下さい。」保は言う。
「勿論です。無理なお願いを聞いて下さったのですから、秘密は守ります。」綾乃は言うとケースを受け取った。
「あの...。あのねずみは?」鈴音は保に聞く。
「...あれは新薬の研究中でして、既存のフルムーンの効力を倍化する研究を行っています。」保は答える。
「あのラットだけ、大きさが違いますね。」綾乃は聞く。鈴音の見ていたラットの周りには、別のガラスケースに入ったラットが数匹おり、身体の大きさは明らかに違っていた。
「元は同じ個体なのですが、新薬の投与をすると、筋力の増強も相まってか身体が大きくなります。」保は答える。
「あれも出資者さんの意向なのですか?」綾乃はさらに聞く。
「その様に伺ってます。新薬の名前まで決められたそうですから。」保は答える。
「何て名前ですか?」慎司は聞く。
「...ブラッディムーン。」保は静かに答える。皆黙り込む。
「まだまだ試作段階ではありますが、その効力はフルムーンのおよそ2倍となります。ですが、副作用があり見ての通り狂暴性が増し、投与したラットはその力に耐え切れず悉く短命となります。」保は言う。
「どれくらい縮むんですか?」慎司は聞く。
「普通長くても3〜4年ですが、ブラッディムーンを投与したラットは半年も保たずに死を迎えます。」保は言う。
「人間で言えば寿命80年として、70年分の寿命を縮める訳か...。」慎司は考え込む。
「瞬間的に身体能力を飛躍させる代償に、身体の筋組織はズタボロになります。」保は言う。
「つまり1回で死に直面する薬...。恐ろしいですね。」綾乃は言う。
「何のために開発するのか、全くわかりませんよ。」保は言う。
「舞鶴さんは当面この研究に力を注いでいく方向ですか?」綾乃は聞く。
「そうですね...。今、軸になっているのはフルムーンの量産とブラッディムーンの開発ですね。」保は答える。
「○崎さんの軸が定まるといいですね。」保は笑う。
「はい。」綾乃は答える。
「大宝製薬の中でも、トップチームの集まっていた○崎さんだ。きっと誰もが驚く様な発明をしますよ。」保は笑顔で答える。
「本日はありがとうございました。フルムーンは有効に活用いたします。」綾乃は頭を下げると3人もそれに習う。保に玄関まで案内され、4人は大宝製薬舞鶴工場を後にした。
近くのパーキングまで戻ってきた4人は車に乗り込む。
「コレは慎司様がお持ち下さい。」綾乃は慎司にプラケースを渡す。
「いざという時に使います。」慎司は受け取ったプラケースを見ながら言う。
「大丈夫なの?それ。」鈴音は心配になる。
「フルムーンは副作用がないみたいだから、と言っても使ってみなきゃわからないけどね。」慎司は答える。
「さぁ、帰りましょう。」綾乃は車を走らせた。
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