黒幕

華月と綾乃はホテルに戻る途中、ファミレスに入り食事を終えていた。

「明日から賑やかになりそうですね。」綾乃は少し寂しそうに言う。

「明日は一日中団体行動のはずだから、会っても夜になりますよ。」華月はいつも通りなテンションで言う。綾乃はそれを聞いて少し嬉しかった。

「それにしても、宗光様といい、玉藻前様といい、華月様良く気に入られますね。」綾乃は笑う。

「...そうか?俺は何もしておらんぞ。」華月はドリンクバーの抹茶ラテを飲み干した。

「お代わりいかがですか?」綾乃は華月に聞く。

「あぁ、お願いします。」華月は頭を下げる。

「はい♪同じ物でよろしかったでしょうか?」

「はい。」華月は答えると綾乃はドリンクバーコーナーに向かう。

(弥生の鬼は何で、西の地で動いていたんだろう?東に居たら、俺や慎司に感知されるからか?右京を操る理由は何だ?)華月はそんな事を考えていると、

「お待たせいたしました。」と綾乃が抹茶ラテを持ってきてくれた。

「ありがとうございます。」華月は言う。

「何をお考えでしょうか?」綾乃は華月に聞く。

「右京を操る理由は何だろうと思って。」華月は言う。

「わかりませんね。あの人の側にいるだけでもフラストレーションは溜まるでしょうに。」綾乃は言う。

「そう。不快な気分になるのがわかっていても側にいる理由があった。もしくは、誰かに命じられた?」華月は言う。

「命じられた?」綾乃は口元に手を当て考え込む。暫くしても、その仕草は変わらない。

「綾乃さん?」華月は声を掛ける。

「申し訳ありません。弥生の鬼は独断で動いているものだと考えておりましたが、何者かに命じられたと考えると、その目的も朧げながら見えてきた様な気がします。」綾乃は華月に言う。

「本当ですか?」華月は驚いた様に綾乃に聞く。

「はい。恐らくは西の地で神話力を集めていたのではないかと。何故西の地で行っていたのか?それはわたくしの持つ陽炎が東の地にはあり、慎司様、華月様にも感知される可能性があるから。西の地の統治者である、右京を操り、西の地に点在する妖しから神話力を集め、命じた者に献上する。出来過ぎていますかね?」綾乃は華月に言う。

「...綾乃さん、多分その通りだ。先の百鬼夜行で失った戦力の補強、コレはケビンに行っていた、他の者に力を分け与えるもの。そして神話力を集める意図はその為なのかも知れない。とするとあのお方と、父さん母さんを殺めた妖しは同一と考えられる。百鬼夜行を行い、弥生の鬼を凌駕する存在。弥生の鬼が闇堕ちした理由もそこにありそうだ。」華月は言う。綾乃は頷く。

「もしくは、青森にいた妖しの姿は幼児であった事から、まだ完全な形で復活が出来ていないのかも知れない。考えたくはないが、完全な形でなくとも、父さんを容易く殺めた力を持つ妖し。相当な神話力がある妖しだな。」華月は神妙な面持ちになる。

「閻魔大王様もその膨大な神話力を他の者に分け与えて、12鬼神が誕生しているのですから、神話力の相当高い者と考えられます。」綾乃は言う。

「神話力か...。」華月は呟く。

「如月の鬼も元の力の根源である、閻魔大王様の膨大な神話力があるからこそ、鬼ではなく、鬼神になれているのだと思います。」綾乃は言う。

「その神話力なんだが、簡単に言うと誰でも閻魔大王を知っている=神話力、と言う事?」華月は聞く。

「平たく言えばそうでございますね。その者への信仰心なども該当すると思われます。閻魔大王様は皆知っていても、如月の鬼となると、皆は知らない。その存在は妖しの力を持つ者にしかわからないと言うのが、今の如月の鬼の現状です。昔から人々の間で語られている妖し程、神話力は高いでしょうね。」綾乃は言う。

「玉藻前様とか?」華月は聞く。

「玉藻前様というお名前ですと、ピンと来ない方もいらっしゃるかと思いますが、九尾の狐とすれば、知る者も多く存在するのではないでしょうか?」綾乃は言う。

「なるほど。確かに玉藻前様からは、妖気とは異なった絶大な力を感じ取れた。あれが神話力か...。」華月は考える。

「先程も申し上げました通り、如月の鬼を含む、12鬼神は既に鬼神、つまりは神の名を冠するもの。それを凌駕する力となると、神話力の違いではないかと思われます。直接戦われた美代様であれば何かわかるかも知れませんね。」綾乃は言う。

「婆ちゃんは、当時の俺より小さな男の子に一撃で吹っ飛ばされたと言っていたよ。」華月は言う。

「5歳の華月様より小さな男の子に...。」綾乃は考え込む。

「元が何の転生なのかもわからんし、だが、父さんを凌駕するとなると余程の大物、神話力も相当高い者だろうな。」華月は言う。

「そうでございますね。」綾乃も答える。

「如月、弥生以外の既に存在しない、鬼神の神話力はどうなったんだろう?」華月はふと疑問に思う。

「...華月様がケビンを倒された時、その力を取り込めましたか?」綾乃は聞く。

「いや、そんな事はなかった。」華月は言う。

「もしくは、ケビンの身体から、妖力が飛んで行く事はございましたか?」綾乃は再度聞く。

「それもなかった。鬼眼で裁きを与えた後は妖気は完全に消失した様に思える。」華月は思い出す様に言う。

「わたくしがお側にいる場合、陽炎がその神話力を刀に封印しております。」綾乃は言うと華月は頷く。

「...憶測ではございますが、如月の鬼は閻魔大王と同等の裁きの力を持つ特殊な鬼。裁きを与えられた時点で、次の転生へ向けてその業に身を費やすのではないかと思います。」綾乃は言う。

「つまり、一旦リセットされるって事ですかね?」華月は言う。

「はい。ですが、他の妖しに倒された場合、その神話力は倒した者に取り込まれると思います。」綾乃は言う。

「その者は強くなっていく訳か...。」華月は考える。

「能力を分け与えた者は、望めばその神話力を回収出来るのかな?」華月は綾乃に聞く。

「12鬼神の内、その能力を返還した者もいると佐奈子様より伺いました。恐らくは可能と思われます。」綾乃は答える。

「能力を育てさせてから、集める事も可能という事か...。厄介だな。」華月は言う。

「そうですね...。狡猾な者であれば、強くなる一方ですからね。」綾乃は言う。

「まずは弥生の鬼、右京をどうにかせねばな。それからだ。」華月は言うと綾乃は頷く。


「美月!美月はどこだ?」右京は配下の人狼族に問う。

「さぁ?右京様のがよくご存じなのでは?」配下は言う。

「車から降りてからは知らん。」右京は答える。

(初めまして。)突如辺りに低い声が響く。

右京達は周りを見渡す。だが人狼族以外は怪しい者はいない。

(我は美月の主。美月は我の元に帰っておる。)低い声は言う。

「何を勝手な!」右京は叫ぶ。

(西の統治者よ。お主は何か勘違いしておる。美月は我の命により、今までお主に仕えていたのだ。だが、疲れが溜まっておる様での。少し休ませてはくれぬか?)低い声は言う。

「...貴様は何者だ。」右京は静かに言う。

(百鬼夜行を起こした者と言えばわかるかな?)

「⁈何だと?」右京は驚く。

(貴公はあの時参加しなかったよの。まだ統治者に成り立てで、基盤が出来上がっていないから。と美月からは聞いておるぞ。)低い声は笑う。

「そ、そうだ。その通りだ。」だが、本当は違っていた。当時、美月からその話を持ちかけられた右京は、

(百鬼夜行だと?冗談ではない。そんなものに抗える者が今の日本にいる訳はない。かと言って、人からも妖しからも目を付けられるのもご免だ。中立を装い基盤を整えるのを理由に不参加にしよう。)右京はびびっていたのだ。

(まぁ、良い。)低い声は言う。右京は全てを見透かされた様な感覚に陥る。

(貴公は統治者という立場にありながら、その実態は、我ら妖し側に近しいの。)

「...。」右京は答えない。

(そう、構えなくとも良い。欲望に忠実なのは大切な事だ。)

「そう。欲望に忠実なだけだ。」右京は答える。

(お主は何を望む?)低い声は右京に問う。

「私は東の統治者を始末し、東西の統合を成し得る。」右京は答える。

(ほほぅ...。面白い。だが白狼と如月の鬼は、中々に手強いぞ。)低い声は言う。

「我ら人狼族には奥の手がある。それに今は紅蓮もある。」右京は笑う。

(紅蓮はさほどの脅威にはならんぞ。如月の鬼の横にいる女が陽炎を持っておる。)低い声は冷静に分析する。

「使わせなければ、良い話だ。」右京は笑う。

(ほぅ。お主は中々に策士の様だ。面白い。)低い声も笑う。

「美月の件はわかった。ゆっくり休む様に伝えてくれ。」右京は言う。

(我らとしても、お主が統治者としていてくれた方がやり易い。協力は惜しまぬぞ。)低い声は言う。

「恩を売る気か?」右京は聞く。

(ハハハっ!そんなつもりはない。だが、一つ頼みがある。)

「何だ?」

(戦闘になったら、如月の鬼は弥生の鬼である、美月に任せて欲しい。)低い声は笑う。

「弥生の鬼?どういう事だ?美月が?それに休ませるはずでは?」

(戦闘になれば、美月はゆく。我は如月の鬼の力を測りたくての。)低い声は言う。

「...わかった。任せて良いのだな?」右京は言う。

(無論だ。お主が東西統一統治者となったら、我が宴の席を設けよう。お主とは一度、じっくりと話がしたい。その時を楽しみにしておるぞ。)低い声は消えた。

「右京様...。」配下の人狼族は右京に話かける。

「我らの時代が来る。」右京は不敵に笑った。


「これで良かったか?」シルエットは美月に言う。

「はい。ありがとうございます。如月の鬼は必ずや、わたくしが。」美月はシルエットに言う。

「右京か、底の浅い男よ。美月には苦労をかけたな。だが、アヤツが統治者である方がこちらに取っては都合が良い。」シルエットはニヤリと笑う。

「はい。如月家の墓を荒らさせ、紅蓮を持ち出した事により、ヤツらは必ず衝突します。楽しみでございますね。」美月は言う。

「あぁ。我が完全に復活するには、まだ暫くの時を待たねばならん。それまでの暇つぶしとなれば良い。」シルエットは笑う。

「如月の鬼も借り物の力で、美月相手にどこまでやれるのか楽しみだのぅ。くれぐれも殺すなよ。」シルエットは美月に言う。

「わかっております。お館様のご随意に。」美月は頭を下げる。


華月と綾乃はホテルに戻ってきていた。時刻は19時半を回っていた。

「華月様、お風呂に行かれますか?」綾乃は言う。

「綾乃さん、先に行って下さい。俺は婆ちゃんと慎司に電話しておきたい。」華月は言う。

「わかりました。では、お言葉に甘えて先に行って参ります。」綾乃は手早く準備を済ますと部屋を出て行った。華月は美代に電話する。

「水影です。」美代はすぐに出た。

「婆ちゃん、華月だ。今、大丈夫?」華月は美代に聞く。

「あぁ。構わんぞ。」美代は言う。華月は西の地で起きている事の全容を話した。

「...思いの他、深刻じゃの。」美代は言う。

「婆ちゃん、もし黒幕と対峙する事になったら、力を貸して欲しい。」華月は美代に言う。

「勿論じゃ。異界の門でいつでもゆくぞ。儂とて、アヤツにやられてから何もして来なかった訳ではない。加代子はその命と引き換えにヤツを封印しようとしたが、出来なんだ。その無念は儂が晴らす!」美代は意気込む。

「策があるの?」華月は聞く。

「とっておきがある。それに紅蓮と陽炎の力を使えばヤツを封印出来る。」美代は言う。

「流石だ。光が見えてきたよ。頼りにしてるよ。」華月は言う。

「あぁ。任せておけ。綾乃さんは?」美代は聞く。

「今は風呂に行っている。」華月は言う。

「戻ってきたら、儂に電話する様に言ってくれ。」美代は言う。

「わかった。じゃあまた。」華月は電話を切ると、慎司に電話をかける。

「華月?」慎司はすぐに出た。

「あぁ。今大丈夫か?」華月は聞く。

「うん、大丈夫だよ。」慎司は言う。華月は大江山の事、玉藻前の事、綾乃との考察、美代との電話の内容を慎司に話した。

「想像以上に荒れてるねぇ。西の地は。」慎司は言う。

「あぁ。統治者としての役割が果たせていない以上、右京には力づくでも降りて貰わねばならん。だが、問題は弥生の鬼、そしてその黒幕だ。」華月は言う。

「そうだね...。右京だけならまだしも、今回は厳しい戦いになるかも知れないね。」慎司は言う。

「あぁ。だが、やらねばならん。もし、黒幕と弥生の鬼が現れたら俺が相手をする。」華月は言う。

「うん...。だけど勝算はあるの?」慎司は聞く。

「婆ちゃんがとっておきがあるらしい...。それに紅蓮と陽炎を使えばと言っていた。」華月は言う。

「封印する。って事だね?」慎司は聞く。

「あぁ。黒幕は得体が知れない。仮に倒すのが敵わなくとも、封印する。その際には、青森の婆ちゃんを異界の門で呼び寄せる。」華月は言う。

「わかった、頼むよ。俺は右京と人狼族を何とかするよ。玉藻前様の言う、薬が気になるけどね。」慎司も華月と同じく、大宝製薬の事が頭に浮かんでいた。

「綾乃さんに薬の事は頼んである。」華月は言う。

「ありがとう助かるよ。」慎司は礼を言う。

「玉藻前様に力を借りる事は出来ないかね?」慎司は言う。

「わからん。」華月は正直に言う。

「頼んでみようかな。」慎司はあっけらかんと言う。

「慎司次第だと思うが、俺の勘では、慎司に会えば了承してくれそうな気がしている。」華月は言う。

「明後日に会いに行ってみるよ。明日は一日中団体行動で身動き取れなそうだからさ。」慎司は言う。

「あぁ。頼む。明日の夜にそちらのホテルに行く。」華月は言う。

「うん、わかった。...綾乃さんと2人きりの最後の夜を楽しんでね♪」電話は切れる。

「...。」華月は忘れていた事を思い出した。途端に恥ずかしさが込み上げる。部屋の扉の開く音がする。浴衣姿の綾乃が帰ってきた。

「お待たせいたしました。」湯上がりの綾乃は妙に色っぽく、華月は目線を逸らす。

「あ、綾乃さん、婆ちゃんが電話くれって。」華月はそう言うと、風呂の支度を始める。

「承知いたしました。華月様、お疲れでしょうから、ゆっくりと入ってきて下さいね。」綾乃は優しく笑う。

「行ってきます!」華月は部屋を出る。綾乃はすぐに美代に電話をした。

「水影です。」美代は電話に出る。

「綾乃でごさいます。」綾乃は真剣な表情になる。

「華月は?」美代は聞く。

「お風呂に行かれました。」綾乃は答える。

「華月から概要は聞いた。西の統治者の事は心配しとらんが、弥生の鬼と黒幕が相手となると厄介じゃの。」美代は言う。

「はい...。」綾乃は華月の前では見せないが、黒幕が出てきた場合、勝算のない戦いである事は重々わかっていた。

「倒せずとも、封印する事は出来る。」美代は言う。

「本当でございますか?」綾乃は美代に聞く。

「本当じゃ。とっておきがある。だが、紅蓮と陽炎はその際には失う事となるが...。いや、正確には、封印の為の道具となる。」美代は言う。

「その方法とは?どんなものでございますか?」綾乃は聞く。

「御剣家の縁ある刀6本で六芒星の結界を張り、そこに封じ込める。既に4本は手中にある。陽炎と紅蓮を合わせれば、発動出来る。」美代は言う。

「流石でございます!」綾乃はこの戦いに光明が差したように思えた。

「だが、弥生の鬼が邪魔するであろうな。懸念点はそこじゃ。華月に抑えられるか...。」美代は言う。

「わたくしが華月様と共に弥生の鬼を抑えます。」綾乃は言う。

「陽炎のない状態でそれが出来るか?」美代は聞く。

「わたくしの命に代えても。」綾乃は力強く言う。

「...わかった。こちらはいつ召喚されても良い様に準備しておく。」美代は言う。

「ありがとうございます!」綾乃は笑った。

「華月に変化はないか?」美代は綾乃に聞く。

「はい。今のところは大丈夫です。紅蓮と華月様が相対した時にどうなるかわかりませんが...。」綾乃は答える。

「そうじゃな...。引き合う力が次第に強くなっておるのじゃ。佐奈子さんの納骨の際に、紅蓮の存在を知られてしまったのも、呪符に不備があった訳ではない。紅蓮に封じられておる力が、華月に戻ろうとしておるからじゃ。だが、アレは人の身に余る暴の力。広大さんと加代子が華月から引き剥がし、紅蓮に封印した。空いた器に如月の鬼を継承させてみたものの、華月が年を取る事に引き合う力は強くなり、きっと華月の胸の内には紅蓮の炎が燻っておるはずじゃ。」美代は言う。

「美代様、わたくしは例え華月様が何になろうとも、最後まで華月様のお側におります。」綾乃は美代に言う。

「ありがとう...。綾乃さん。何かあればすぐに呼んでおくれ。」美代は言う。

「そろそろ華月様がお戻りになると思いますので。また、ご連絡いたしますね。」綾乃は言う。

「あぁ。頼む。」美代は言うと電話を切った。

綾乃はベッドに腰掛けたまま、華月の帰りを待った。生前、佐奈子は華月に「心の乱れは生の乱れ」と言って、いつ何時もその心を乱さぬ様に教えてきた。その甲斐あってか、華月は多少の事では感情を露わにする事はない。だが、最近になり、焦燥感の様なものに追われる様になっている事、それは本来の華月の身に宿る力の性である事を綾乃は佐奈子に聞かされていた。そして、そんな時決まって綾乃と共にいる事でその症状は緩和されている事も佐奈子に聞かされていた。

(華月様...。)綾乃は幼少の頃よりの華月との思い出を思い出していた。暫くして、部屋の扉が開く音がする。

「あ、寝ていても構わなかったのに。」華月は綾乃に言う。

「華月様との思い出を懐かしんでおりました。」綾乃は微笑む。

「ろくな思い出がないでしょう?」華月は言いながら、就寝の準備をする。

「そんな事はございません。わたくしにとっては、どれも大切な思い出です。」綾乃は言う。華月は自分のベッドに腰掛ける。綾乃の優しい微笑みを見た華月は一瞬照れた表情を浮かべ、すぐに真剣な眼差しになる。

「綾乃さん、弥生の鬼も、黒幕も得体が知れない。いつもより危険かも知れない。」華月は綾乃を見つめながら言う。

「存じております。」綾乃は真っ直ぐに華月を見つめ返しながら言った後、華月の手を引き自分の隣に座らせる。華月は突然の事に動揺しながらも目線を綾乃から逸らさずにいた。

「華月様、相手が何者であろうと、わたくしは華月様と一緒であれば、恐いものなどありません。それが例え命を落とす事になったとしても。」綾乃は微笑みながら言う。

「何でそんなに強いんですか?」華月は綾乃に問う。

「強いのは華月様です。幼少の頃よりわたくしは華月様を見て参りました。マリア様を暴漢の2人からお守りになった時も、華月様のご両親が亡くなり、わたくしが涙を流していた時も、華月様は自分の事より常に相手の事を心配される、お優しい方でございます。そんな華月様だからこそ、わたくしは自分の生涯、命に代えても華月様をお守りすると自分自身に誓いました。」綾乃は言う。

「ダメだ!綾乃さんは命をかけちゃイケない。」華月は綾乃に言う。綾乃は黙って華月の目を見ている。

「...。俺はいつだって綾乃さんに支えられている...。父さんも、母さんも、佐奈子婆ちゃんも...。もう、これ以上誰かを失うのは嫌だよ...。」華月は俯いた。そんな華月の右手を綾乃は自分の胸に当てた。

「華月様、綾乃の言葉足らずでございました。わたくしの鼓動が感じられますか?」綾乃は俯いた華月に聞く。華月は俯いたまま、コクリと頷く。

「生涯をかけて華月様をお守りするのが綾乃の役目でございます。それが例え茨の道でも華月様と一緒に歩めばわたくしにとっては幸せでございます。これから先、どんなに強大な敵であろうとも、華月様と共に戦い、華月様と共に生き、華月様と共に死を迎えられたら、わたくしの生涯はどんなに素敵なものになる事でしょう。」綾乃は俯いた華月の顔を、両手で優しく抱え上げると、華月の唇に自分の唇を重ねた。華月は驚いたが、その心地良さにその身を任せる。

「...。華月様。綾乃が離れぬ様、抱いて下さいませ...。」2人はその身をベッドに倒れ込ませた。

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