KAC20231 20年前の本屋事情

黒井丸@旧穀潰

第1話 20年前の本屋事情

「あれはまだ世間ではスマホがそこまで浸透しておらず、雑誌社もまだまだたくさんあった頃の事じゃった」


 これは史実にフィクションを加えたとある地方の本屋の話である。


8:00 出勤

 田舎…もとい地方都市は電車が発達していないため基本自動車通勤となる。

 それゆえに渋滞にかならず引っかかる。

 これが雨だと小学生を送るために自動車量が増えるし、交通安全週間となると交通が非常に悪くなり普段より十分早く家を出ないと遅刻することになる。


 まさに今がそうである。


 中規模書店である当店は社員一人に3人のアルバイトで朝は店を回している。

 なので朝出勤の社員が遅刻すると店が開けられないのだ。

 目の前には20台以上の車。そして赤い信号。

 これは10分くらいかかるコースだ。

 今こうして、思い出すだけで動悸と息切れが止まらない程忘れたい嫌な光景である。これに交通事故などが重なれば、もはや開店は絶望的。

 時間になっても開店しない本屋の出来上がりだ。


 幸いにも、筆者がそのような目に合わせた事は雪の日の2度しかないが、地方の本屋と言うのは勤勉なる社員によって運営されているのである。(※


8:33

「遅れました!誠に申し訳ありません!!!(おはようございます)」

 予定より3分遅れて店の裏口に到着する。

 アルバイトの方たちは店舗の近所に住んでいることが多い。

 社員が少し遠い所に住んでるのと対照的だ。

 なので、雨の日だろうが雪の日だろうが地震の日でも時間通りに到着している。

「またですか。いい加減にしてくださいよ(気持ちを切り替えて、今日も頑張りましょう)」

 暖かい激励の元、警報機を解除し鍵を開ける。


 さて、ここからは時間の勝負だ。

 

 店の入り口には台車4台にぎっしり詰まれた本が置かれている。

 午前3時に運送業者の方が配送してくれた本たちである。


 なんでそんな時間が分かるかって?

 

 年に一度の棚卸で、朝の5時まで店内にいるから何度か遭遇したからである。

 重さにして100kgはありそうな梱包されたブツを売り場に置いていく。

 少年向け雑誌は1度に200冊。これは、カウンターの奥に置く。

 付録を盗られたり立ち読み対策のためだ。

「社員さーん。これお願いします」

 そう声をかけられたのは、女性向けファッション誌のコーナーだ。

 紙質が良く1ページが薄いファッション誌は図鑑よりも重かった(断言)。

 それが20冊一束でまとめられているのだ。

 セメント袋ほどではないが腰を痛める一番の原因が、ぎっしり詰まった文庫本の段ボールとファッション誌の詰め合わせである。

 これを持ち上げて平台に陳列するのが唯一男性である私の仕事だった。

 今ではページ数も薄くなり部数も減ったそうだが、2000年代はまだまだ4誌くらいが競争している時代だったので、その量も尋常でなく合計で200冊くらい運んで腰が『もう無理っす』と悲鳴を上げていた。


 この雑誌の新刊陳列は開店10分前までに終わらせるのが目安。

 ここからウチの店は担当者別にコミックスを並べたり、文庫を並べたりする。

 間に合わない場合はレジか後ろの作業台で残った分を営業時間中に準備する。


 非常に忙しい作業だが、これが暇になるとそれだけ商品が少ないので売り上げが落ちるという諸刃の剣のため文句も言えない。

 閉店決定し、入荷数が少なくなった時の『開店準備が非常に楽だけど、これからどうしよう』というあの不安感を味わった身としては適度に忙しいのは歓迎すべきであると思う。

 まあ、本屋で働くことは二度とないと思っているので言える寝言だが。


10:00

 開店時間。入口のカギを開け、自動ドアのスイッチを入れる。

 著作権にひっかっからない店内音楽を流していると、レジ担当のアルバイトさんから声をかけられる。

「あのー。レジにお金が入ってないんですけど」

 ………レジのお金を準備するのを忘れてた!


 あわてて、金庫のカギを開け、おつりをレジに投入する。

 お金の管理も社員の仕事なので、これはあってはならないポカミスである。

 

「さて、それでは仕事をするか」

 レジの準備も整い、商品の陳列も問題なさそうなのを確認して、3枚の長い紙を持ち上げる。

 昨日の閉店時に集計したレジのレシートである。

 これに書かれた売り上げをPCに入力する。これは売上金を計算し、銀行に預けるお金をはじき出すためと

「雑誌は去年より98%、文芸は104%か」

 うちの場合は去年の売り上げと対比して前年比が分かるようになっていた。

 まあ、だいたい去年より売り上げが落ちていて、毎月上層部から怒られるため憂鬱な時間だったことを覚えている。

 セカチューという本が流行した時代で、一人の書店員のPOPで大ヒットが生まれた時代だったので、目指せ第二のカリスマ書店員!をスローガンに尻を叩かれていたが、漫画大好きな人間にコミックス売り場を担当させない辺りなにかおかしいと思う。

 数年前に閉店した今だから言えるけど、上層部が悪い。(責任転嫁)


10:30

 金庫のお金を確認する。昨晩売り上げと金額が合っているか確認はしているので銀行に預けるお金を用意するだけの作業なのだが、ここでなぜか1万円とか合わないと大捜索のはじまりとなるが、二度と思い出したくないトラウマなので割愛させていただく。

 なお、この時間にレジから呼び出しがあって時間がかかると銀行員の方が売り上げを預かるのに間に合わないので、あるいみ社員にとって一番時間との勝負の時間だった。

 注文した商品が予定通りに届いてない。昨日買った本が破れていた。盗撮犯を捕まえた。などのアクシデントがあったときは最悪である。…やめよっか、この話。

 売上金を渡し終わったら売り場の補助に回る。

 平台で本の上を走るお子様とか、地べたに寝転がって本を読むお子様とか、雑誌の中身を写真で撮影しようとする大きいお子様を逆切れさせない範囲で注意しながら、売り場を整えていく。


12:00

 お昼である。昼休みのお客様が少し増え、アルバイトの方に順次休憩に入っていただくことになる。

 ゆえに社員にとっては絶対休憩できない時間となる。おなかすいた。


14:00~15または17:00

 午後から出勤の社員が2人来る。

 軽い引継ぎの後、やっと休憩……なのだが、本社からお偉いさんが来るとその応対時間となる。

 夜中の11時まで通しで働く場合3時間の休憩を取るが、跡継ぎのボンボンが来て休めず16時間半ぶっ通し、昼飯抜きで働く羽目になった事は末代まで語り継ぎたいと思う。

 他にも万引きが来たので手が空いてるから見張り役になる。クレーマーの応対をする。人手が足りないので休んだことにしてレジに出て、などの労基法アウトな案件が目白押しだが、休憩ってなんジャロ?と問いかける理不尽な時間だった事を思い出す。


17:00

 午前中のアルバイトの人は帰る時間。夕方からのアルバイトの方はこれからが労働時間だ。

「帰るんで、荷物確認お願いします」

 とアルバイトの方から声がかかる。他の店舗で内引き(社内の人間が万引きする事)が発覚してから、帰る前に確認作業が義務付けられることとなったからだ。

 最初は女性陣から大ブーイングが来たが、5年かけて1000枚CDを盗んでいた社員が出ました。という事実を告げると素直にチェックに従ってくれた。

 それでも盗む奴がいるんだから人間というのは救いようがない。


 これ以降はルーチンワーク。

 一度、レジの金をチェックし、誤差がないか見る。

 五千とか一万とか合わないときは、お客さんを装った詐欺師が一度出したお札を引っ込めておつりと商品をもらうという場合もあるので、その時は開店してから今までの防犯カメラ映像を全部見返してチェックする。

 コミックの売り場を見た時、棚がごっそり抜けていた場合も、スリップ(コミックについている紙。これで本が売れたか確認する)があるか確認し、無かった場合は万引きではないか、これまた最初から確認する。

 PCデータで管理してからは時間指定をしてチェックしていたが、それまではビデオ撮影だったので一々巻き戻して再生していた。

 それで万引き犯を捕まえていたので、今考えると神業だったと思う。

 塾通いの前にアダルトコミックを毎週一冊盗む奴。赤ん坊のいるベビーカーに本を入れる奴。アベックで盗みに来る奴。色々いたものだ。

 全員捕まえて警察に渡したが、逃げ切った奴はいるのだろう……………これが嫌で不眠症になった事があったなぁ。

 理不尽な事で怒るクレーマーはどこでもいるので、特に話すことはない。


 かように本屋とはストレスと隣り合わせであるが、好きな本が売れるのを見るのは楽しかったし、すきな特撮ヒーローのムック売り場を作って全部売り切ったときはとてもうれしかったので売り上げと万引きさえ気にしなければ悪くない仕事だったと思う。


23:00 閉店時間である。今では営業時間短縮でバイト代などを節約している本屋と24時間営業と両極端化が進んでいるが、そんな非人道的書店が出来る前の本屋はこんな感じだった。

 ……はずなのだけど、閉店間際に入って来て30分以上アダルトコミックを物色する迷w…非常に迷惑な客がいたりするので安心はできない。

 以上が20年前に勤めていた本屋の仕事である。

 今はもうチェーン店のビデオ屋さんが入り、閉店したのでどうなったのかわからないが、バブルがはじけCDも斜陽になりかかっていた頃の本屋さんと言うのはこんな感じだった。

 とある書店は通常返品可能な本(岩●書店を除く)をすべて買切る代わりに利益率を上げる。という試みを始めていたが、それがはじまる前につぶれたのでわからない。

 とりとめもないが、これがO県O市の本屋の日常である。

 オチはない。



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 以上。多少のフェイクは混ぜてますが、本屋にいた時の思い出をつらつら書いてみました。

 他に、釣銭が出ないと嘘をついて千円を盗もうとするおっさん。とか、女性のスカートを盗撮した男、危ない薬をやってて店内で暴れた後倒れた方など、思い出すと懐かしい思い出もあった気がしますが思い出したくない黒歴史なので忘れた事にします。

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