本だけが許された本屋
凪司工房
※
京都という街には一歩入ると驚くような狭い路地が伸びていることがある。
ここもそういった狭い脇路地だ。
古い和風の木造家屋が軒を連ね、その瓦屋根からは雨粒がぽたりぽたりと垂れていた。
足元はアスファルトではなく砂利が敷かれているだけだ。
そこを奥へ歩いていくと、唐突に本屋が現れる。くすんだガラスの嵌った引き戸の入口の左の柱に『
すみません――そう言って戸を開け、薄暗い店内へと入っていく。
一歩足を踏み入れたところで古書特有の湿ったあの
タイトルはどれも知らないものばかりだった。出版社も同じで、特別な古書を集めている店なのかも知れない。
カウンターまでやってくると二冊の平積みされたタイトルのない本が置かれていて、その脇に呼び鈴を見つけたので奥に店主がいるのだろうと思い、軽く鳴らしてみる。けれどやはり声もしなければ、誰かがいるようにもない。
よく見ると後ろの壁には赤い字で『BOOK ONLY』とペンキのようなものでなぐり書きされている。何かの紙に書いたものが貼ってあるのではなく、壁に直に書かれているのだ。
京都という街には奇妙なものが集まっている、という噂が昔から絶えない。特にこういった人気のない、誰がいつ足を踏み入れるのかよく分からないような場所というのは、時空が歪んでいてもおかしくはない。
一瞬寒気を覚えたので、そろそろ出ようかと振り返ると、入口に背の酷く曲がった老人が一人、立ってこちらを見ていた。あまりにも大きな目で、それが瞬きすらせずにじっと凝視しているものだから、うすら気味悪くなり、そそくさと足早に立ち去ろうとした。
しかし足が動かない。いや、よく見ると足がなかった。
視界がゆらぎ、ぼやけ、それは暗闇へと変化していく。
足音が近づいてきた。
「全く、仕方ないねえ」
その嗄れ声の主は床に落ちた一冊の本を拾い上げると、そっと本棚へと戻した。
ここは京都の裏路地にある、小さな本屋。本以外、何もない。ただの本屋である。
(了)
本だけが許された本屋 凪司工房 @nagi_nt
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます