第29話 穴の下

「いつつ……」


杉戸は目を覚ました。薄暗い視界の中、周囲を見回す。


(ここは、どこだ……?)


 自分がどこにいるのか杉戸はわからなかった。周囲は薄暗く、土の匂いが鼻をつく。


(確か、邦夫とかいう男に殴られて、それで……)


 そこまで考えて杉戸はハッとなった。柔剛と逃げていたはずだ。柔剛はどうしたのだろうか。


「そうだ、カブトと柔剛君は!?」

 

 慌てて起き上がり改めて周囲を見回すと倒れている柔剛とその上を飛び回っているカブトの姿があった。


「良かったカブト。無事だったんだね」

「ギィ」


 一つ鳴いてカブトが杉戸の肩に止まった。後は柔剛の状態だ。杉戸は近づいて声を掛けてみる。


「柔剛君。大丈夫?」

「う、う~ん。杉戸? ここは、痛ててッ……」

 

 柔剛が背中を摩りながら立ち上がった。顔も歪めている。


「大丈夫? 頭とか打ってない?」

「大丈夫だよ。とっさに受け身を取ったからな。それでも地面だから背中がちょっと痛いけどな」

 

 柔剛がそう言って親指を立てた。心配ではあるが同時に流石柔道をやっているだけあるなと感心した。


「お前こそ大丈夫かよ?」

「うん。頭は打ってないしこれで今の僕は割りと頑丈なんだ」

「ふ~ん。なぁずっと不思議に思ってたんだけどお前、急にたくましくなったよな。何だ武道でも習い始めたのか?」


 柔剛が不思議そうに聞いてきた。確かにステータスを得てからの杉戸は自分でも信じられないぐらいの力が出せるようになっていた。


 柔剛が疑問に思うのも当然だがどう答えるべきがと答えあぐねてしまう。


「ギィ!」

 

 その時だ。カブトがどこか緊張感の感じられる鳴き声を上げた。同時に何かが近づいてくる気配を感じた。


「何だ誰かいるのか?」

「待って! 一旦そこに隠れよう!」


 杉戸は後方の横穴を指さして柔剛を促した。カブトの声が緊張に満ちていたのが気になったからだ。


 なので杉戸たちはそのまま横穴に移動し、息を潜めるようにして待った。すると足音と同時に奇妙な声も聞こえてきた。



「ギギッ、ギッ――」


 杉戸はそっと顔をのぞかせて相手を確認した。それは大きなカマキリだった。成人した男性ほどの体長があり左右の腕には鋭い鎌が生えていた。


「やばい。柔剛君! 奥に逃げよう!」

「おい。一体何がいたんだよ?」

「僕らよりも大きなカマキリの化け物がいるんだ!」

 

 それを聞いた柔剛が目を丸くさせ、そしてプッと吹き出した。


「おいおい夢でも見ているのか? そんなでかいカマキリがいるわけないだろう?」

「なら自分の目で確認してみなよ」


 ため息交じりに杉戸が答えると、どうせちょっと大きいぐらいのカマキリなんだろう? と柔剛が覗き込み、そして驚いてひっくり返った。


「柔剛君。叫ばないで」


 大声を上げそうだったので杉戸がその口を塞いでいた。その後、大きく頷いので手を放す。


「な、なんなんだよあれ……」

「だから言っただろう?」


 杉戸は嘆息しながら答えた。


「ギィ~」

「うん。わかってるよ。今の僕たちじゃあれは倒せないよね」

「いや、まぁ倒せるか倒せないかで言えば倒さなくてもいいんじゃないのか?」

「そうだねとりあえず奥に行こう」


 杉戸たちは横穴の更に先に進んだ。しかしそこは少し広い空間にはなっていたもののその先に道のない行き止まりとなっていた。


「お、おいおいどうすんだよ!」

「とりあえずあのカマキリがこっちに来なければ戻るしか……」

「ギィ! ギィ!」


 しかしカブトが飛び回って何かを伝えようとしていた。そして近づいてくる足音。


「こ、こっちに来るのかよ!」

「くっ……どうすれば……」


 杉戸が頭を悩ませる。あのカマキリは杉戸とカブトだけでは勝てない……そんな直感めいたものが杉戸にはあった。


 せめて柔剛が戦えたらとも思う。柔剛は小学生とは言え柔道での実力は確かだ。運動が得意ではなかった杉戸でさえステータスで大分強化された。


 それであれば柔剛なら……そう思って杉戸が柔号を見てふと気がついた。


「好感度が……六十――」


 そういつの間にか柔剛の好感度が随分と上がっていた。ここまで協力してきた効果かもしれない。


 そしてこれが杉戸にとって突破口に繋がる賭けとなった。


「柔剛君! お願いだよ。今だけでもいいから僕を好きになってくれない?」

「……な! お、お前、そ、そうだったのかよ!」


 柔剛が後ずさり壁に背中をつけた。好感度が五十まで下がっていた。


「いや違う違う! そうじゃなくて、えっとかいつまんで説明するとね」


 杉戸は覚悟を決めて自分が何故強くなれたかの経緯を話して聞かせた。


「マジかよ……つまり杉戸はあのカマキリみたいな危険な相手を倒してステータスを得たのか……」

「いやあそこまでじゃないけど……」

 

 杉戸が苦笑した。そんな杉戸の顔をじっと柔剛が見てきた。そこでしまったと杉戸は考えた。これまでの実力が実はステータスの恩恵によるものだとしれば柔剛の好感度は逆に下がるかもしれない。


「……お前、すごいんだな。見直したよ」

「え?」


 だが柔剛の感想は杉戸が思っても見なかったものだった。


「たったひとりでバケモンと戦ったんだろう? あのカマキリほどじゃないにしてもすげぇよ。なぁ俺もがんばれがあの化け物が倒せるか?」


 柔剛が聞いてきた。杉戸が倒せたらなら自分でもと思ったのかもしれない。だが杉戸は首を横に振った。


「残念だけどあのカマキリは僕が相手した蝙蝠とはどう見ても格が違う。それに蝙蝠のときだって道具を駆使してなんとかだったんだ。だけどもし僕の飼育スキルを受け入れてくれるなら柔剛君にもステータスが付与される。その力があればきっと乗り越えられるよ!」


 杉戸が説明する。杉戸もできれば人の飼育なんてしたくはなかった。だが現状全員が生き残るにはそれしか手がない。


「……わかった。それが最善策なら俺は杉戸のペットになってやるよ!」

「いや、その言い方はちょっと……」


 杉戸としても別に柔剛をペット扱いにするつもりはなかった。とにかくここを切り抜けるのが先決でありその為の手段なのである。


 とは言え柔剛の許可は得られた。すでに好感度も七十五まで上がっていて条件もクリアーされていた。それならばと――


 ――好感度が条件を超えています。この柔剛は飼育可能です。飼育しますか?


【はい】


 こうして杉戸は柔剛の飼育を決定したのだった――

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