第24話 招かれざる客
飛斗と分かれた後、栞は伊子が言っていたアパート近くまで来ていた。
「このあたりでいいんだよね?」
伊子はすっかり寝てしまっていたが適当に下ろすわけにもいかないので近くで確認した。
伊子は酔いと眠気からかしどろもどろではあったが暮らしているアパートの大体の場所と名前は知ることが出来た。
「えっとガーデンハイツ――あ、運転手さんここで一旦停めて頂けますか?」
名前が確認出来たので近くで停めてもらい栞は伊子に肩を貸して一緒に下りた。
「少し待っていてもらえますか?」
「あいよ。気をつけてね」
五十代ぐらいの運転手が笑って返してくれた。栞は一揖し伊子を連れてアパート前まで来た。伊子によると二階の三号室が彼女の部屋ということだった。
「見つけたぞ伊子ぉ」
その時だった、電柱の陰から一人の中年男性がニュッと姿を見せて二人に近づいてきた。
ニタニタとした笑顔に栞は不安を覚えた。男は伊子の名前を呼んでいた。
知り合いなのかな? と一瞬考えるも不安が頭をよぎる。
「あの、どちら様ですか?」
「あん? あんたこそ誰だ」
「私は伊子さんの友人です」
いきなりあんた呼ばわりされて栞はいい気分がしなかった。とっさ的に友人と答えたのは、仕事仲間と答えて仕事先など聞かれても面倒なことになるかもと判断した為だった。
「そうかそうか。それはうちの不良娘が迷惑かけたね」
「娘?」
「あぁ。俺はそいつの父親でね」
そう男が言った瞬間、伊子の肩が僅かに震えた。栞は彼女が聞いていると気がついたが黙っていた。
居酒屋で伊子が父親について話していたことを覚えていたからだ。
伊子は言っていた。父親は自分たちに散々暴力を振るった上、女を作って出ていったのだと。
つまり今、目の前にいるのは父親を名乗っていても伊子にとっては好ましくない相手なのである。
「このアパートで暮らしてんだろう? 後は俺が引き受けるからよ」
「お、お断りします!」
「……あん?」
栞が拒絶すると伊子の父を名乗る男の表情が変わった。ヘラヘラした様子から一転、顔を歪め栞に野獣のような目を向けてくる。
「おいおい。俺はそいつの父親だぞ? 友人といってもあんたは所詮他人だろうが。それなのに何の権限があって俺にそんなこと抜かしてんだ?」
「あ、貴方が本当に父親とは限りませんから! 伊子ちゃんも眠ってますし、とにかくお帰りください!」
勇気を振り絞って栞が言い放った。相手の男は明らかに不機嫌そうにしている。
「ちょっとお客さん大丈夫かい? 一体誰なんだいそこの男は?」
「し、知らない人です! 何か急に声を掛けてきて」
タクシーの運転手が心配になったのか様子を見にやってきてくれた。栞は助かったと運転手に助けを求めた。
「あんた一体何者だ。おかしな真似するなら警察を呼ぶぞ」
「――チッ。わ~ったよ。今日のところは引き返してやるよ。だけど言っておけ。お前の父親が会いに来たってな」
そう言い残し伊子の父親を自称する男は去っていった。
「大丈夫かい?」
「はい。ただ、友だちが心配なので一旦戻ってこのあたりを」
「あぁわかった適当に流すよ」
そして伊子を乗せ直しタクシーに走ってもらった。運転手は話の分かる人で適当にそれでいて男に見られないよう走り回ってくれた。
「栞さん、ありがとう……」
タクシーの中で伊子がお礼を伝えてきた。やはり気がついていたようで声もどこか震えていた。
ある程度走ってから、二人はまたアパート前に戻ってきた。あの父親を名乗る男はもういないようだった。
下りる時に運転手も気にしていたが伊子は大丈夫と細い声で答えていた。
栞は伊子の部屋の前まで着いていき見送った。
「本当に大丈夫?」
「うん。ありがとう……優しいね本多さん」
既に酔いもどこかへ吹っ飛んでいたようで、伊子は暗い表情でそう答えた。いつもの明るさが感じられず栞は心配になった。
「とにかく鍵は忘れずにね。後、これ私の連絡先。何かあったら連絡してね」
「うん。本当にありがとう」
最後に少しだけ伊子の笑顔が戻った気がした。気にはなりはしたが周囲を見る限り男の影はない。
流石に今日は大丈夫か、と判断し伊子もタクシーに戻り家路につくのだった――
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