妖本屋

仲村 嘉高

お客様は神様です




 おはようございます。

 本日も本屋、開店します。

 その前に、まず店内の掃除ですね。

 窓が無いので、入り口を開けて新鮮な空気を入れるのです。


 あぁ、良い天気ですね。

 空が高い……高……高過ぎませんか?

 雲一つ無い青空と言えば聞こえは良いですが、何か、こう、他の世界に繋がってしまったような、ぽっかりと穴が空いているような、そのような雰囲気の空です。


 このような日は、普通じゃないお客様がいらっしゃるのですよね。


 はぁ……。

 いつもよりちょっと気合いを入れて、店内の掃除をしましょうか。

 美味しいお水と、ちょっと良いお茶と、お茶請けの和菓子と……御神酒おみきは、言われたら配達して貰いましょうか。



『こんにちは〜』

 少し気の抜けるような挨拶をしながら、長い髪を垂らした方が一柱ひとはしらで現れた。

 そう、一人では無い。

 一柱である。


「いらっしゃいませ。本日はどのような本をお探しですか?」

 見たところ、大神おおかみでは無いですね。

 八百万やおよろずの神が居る日本では、見ただけでは判断出来やしないです。



『この髪を、何とかしたいのですよ』

 前髪も他の髪と変わらず長いこの神様は、昔流行ったホラー映画の井戸から這い出す霊のような髪型をしている。

 髪質はツヤツヤサラサラだけど……。


「こちらなどいかがでしょうか?」

 ロングヘア用のアレンジヘアカタログをパラパラと見せる。

『あぁ、良いですね』

 私から本を受け取った神様は、丁寧にページを捲り、手を止めた。


 あるページを凝視し、髪の編み方、結び方を説明している文章をブツブツと読んでいます。

 実際には目元が隠れてるから、どこを凝視しているのかは判らないのですが、読んでいるのは間違いないです。


 えぇと、家……?に帰ってから読んでいただいても良いですかね?


『これをいただきますね』

 良かった。

 一般客と違って、買わないで帰るという選択肢がないから。

 今回はすぐに決まりました。

 前回の神様は1週間は掛かりましたから。


 あぁ、お茶もお菓子も要りませんでしたね。


 髪をアレンジして結い上げたのは……櫛名田比売クシナダヒメでした。

『櫛を壊してしまい、修理に出しましたの。でもその間は髪が結えなくて困っておりました。お礼に私からの恩恵を』

 何やら光を振り撒いて帰って行きました。

 櫛名田比売の御利益ごりやくは、五穀豊穣でしたっけ?

 本屋に五穀豊穣は関係無いのですが、これから1年間、この本屋は豊作になるでしょう。

 この本屋のある土地にも、恩恵が出ると良いですね。


『そうだわ、店主に忠告が』

 声だけが聞こえてきました。

『尻尾が出ていましてよ』

 はい!?

 確かに!私のふさふさで真っ白な尻尾が!!


「これは大変失礼いたしました」

 私は尻尾をしまい、空中へ向かって礼をします。

 ころころと女性の笑い声が聞こえた気がしました。


 さぁ!これからが本番です。

 解放されたので、本屋を開店しますよ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る