悪役令嬢、保育に目覚める ~異世界だったとしても不倫だけは絶対にいけませんっ!~

桜枕

第1話

「エレン・リヴィエール! 他に類を見ない陰湿な女め。貴様との婚約を破棄する!」


 卒業を前に開催された夜会は侯爵令息の婚約破棄宣言で静まり返っていた。

 周囲から哀れみの視線を受ける私は今日のために用意してもらった豪奢なドレス姿でへたり込んでしまった。


 私、エレンって名前なの?


 婚約破棄されたことよりも驚きだった。後頭部に鋭い痛みがはしり、二人分の人生を思い出す。

 私は現世で死亡してこの伯爵令嬢の身体に転生した。

 そして今、婚約破棄されたという有り様だった。


「貴様が虐めたことで彼女は傷つき、震えながら僕を頼ってくれたんだ。彼女から非道の数々を聞かせてもらったぞ。貴様のような悪女が由緒正しい侯爵家にふさわしいとは到底思えない!」


 まくし立てる彼の背には同級生で美少女と評判の令嬢が隠れるように立っている。

 彼女が告発した内容が全て虚偽で、私があらぬ疑いをかけられて糾弾されているのなら申し開きができるのだが……。


 全部、本当なんだよなぁ。


 頭の中にあるどの引き出しを開けても真っ黒だった。

 記憶が戻るタイミングとしては最悪だが彼女が言ったであろうことは全部正しい。

 私は本物の悪役令嬢だったのだ。

 この婚約破棄も自業自得と言われれば、ぐうの音も出ない。

 だから、今から真っ当に生きると決めた。


「分かりました。数々の無礼をお詫びします。お二人の幸せを心よりお祈り致いたします。では、私の顔など見たくないでしょうからこれで失礼いたします」


 すっと立ち上がって二人に一礼する。

 夜会用のドレスを翻した私が向かった先は職員室だった。


 元婚約者である侯爵令息がごちゃごちゃ言っている間に状況は読み込めた。

 婚約破棄されたのであれば、あんな所でへたり込んでいる場合ではない。


 私は学園を卒業して嫁ぐ予定だった。

 彼の子を産み、育てるのが私の仕事になるはずだったのに就職先がなくなってしまったのだ。


 婚約破棄の事実を両親に知られる前に手を打たなければならない。

 最悪の場合を想定して一人で生きていけるだけのお金を稼ぐ手段を探さないと。


 校舎に隣接されたダンスホールでは華やかな夜会が開かれているのに、職員室で伸びをしている担任教師を見つけて駆け出す。


「先生、お願いです! 私に就職先をください!」


「リヴィエールさん!? あなた結婚するから仕事はいらないって言ってませんでした?」


「今さっき婚約を破棄されました。このままでは路頭に迷ってしまいます。どこでもいいので働き先が欲しいんです!」


 困り顔の女性教師はぶつぶつと呟きながら席を立ち、棚から分厚い冊子を取り出して戻ってきた。

 のぞき見ると卒業生たちの就職先一覧のようだった。


 中には王国騎士団の名前もあり、実は優秀な生徒を輩出している学園なのだと知る。

 眼鏡を上げながらページをめくる先生の手が止まった。


「ここならまだ募集しているわ。人手が足りないと嘆いていたから落とされることはないでしょう。ただ、長時間労働だけど大丈夫?」


「はい!」


 見開かれたページをのぞき込んで二つ返事した。


 卒業式目前に職場で顔合わせを行い、仕事風景を見学して無事に就活を終えた。


 両親にはこっぴどく叱られたが、全ては過去の自分が悪いのだから反論はせずに反省の意を表明した。

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