第35話 11月6日① 最終訓練
「使い心地はどう?」
「ちょっと重いですけど……全然問題ないです。」
「『ちょっと重い』、じゃ済まないんだけどね。普通は。」
番の道場で幸は誠人から渡された新しいトンファーを回しながらその使用感を確認していた。今までの訓練で使っていた木製のものとは違い、より重量のある金属製だったため回すたびにブンブンと風を切る音が聞こえた。
「これって何で出来てるんですか?」
「ん? タングステンだけど。」
「タングッ……」
あまり詳しくない幸にもそれがどれだけ貴重な鉱石なのかは何となくではあるが知っていた。
タングステン、原子量183.84の銀灰色の金属。何より特筆すべきなのは常圧における融点が摂氏3380度という恐るべき耐熱性である。これはすべての金属の中で最高の融点である。すなわちタングステンは熱に対して地球上最強の金属と言える。
「よく用意できましたね……こんなの。」
「実際面倒だったけどね。結構お高くついたし。」
「それは……ごめんなさい。」
「いいのいいの。伯父さんも結構乗り気だったから。つーかどうせ炎も使うんだから木製じゃ限界だったし。」
「まぁ、そうですけど。」
「気にしないで使っておくれよ。これがありゃ君の技はすべて一段階進化する!!」
「なんかどっかで聞いたようなセリフですね……」
「……これでわかるのも相当だと思うけどね。」
引き続き回したり、突いたりと幸は感覚をすり合わせていく。
「あっ……」
一瞬、しまったと幸は思った。いつもと同じようにゴム人形にむけて突きを放ったところ、先端が深々と刺さり人形に穴をあけてしまったのだ。
「ごっ、ごめんなさい!」
「あっ! おいおい注意しといたのによ~」
慌てている幸を誠人は面白がってからかう。御手洗から戻った番が怪訝そうな顔でその様子を見ていた。
「何? どうしたの?」
「幸くんがブスッと刺しちゃった☆」
「あー……まぁいいわ。どうせぼろ人形だもん。気にしないで。」
「すみません……」
「……でもやっぱりすごいわね、それ。」
「……幸くん的にはあんまり使いたくないかもだけど。」
「いえ、大丈夫ですよ。覚悟はできてますから。」
新しいトンファーの先端は鋭くとがっており、打突ではなく敵に致命傷を与えるための刺突を目的とした構造となっていた。そのため、いつも通りの癖で突きを打とうとすると先刻のような結果となってしまうのだ。対人訓練を終えた今の段階で幸に渡したのはある意味正解だったとも言える。
「……あんまり湿っぽくなるのはよくないね。よし、じゃあそのトンファーのすげぇ機能についてお教えしよう!」
「いきなりテンション上げるのも変だけど。」
「まぁまぁ。幸くん、ちょっとそのトンファーに熱を込めてみて。」
「熱……ですか?」
「そうそう。あ、でもあんまり全力でやらないでね。ワンチャン溶けちゃうから。」
「えぇ……」
加減が全くわからず幸は困惑してしまう。
「
「あぁなるほど、一回やってみます。」
言われた通り幸は発火しない程度に手の温度を上げていく。すると急激にトンファーが冷えていくような感覚が手を伝わった。
「トンファー冷たく感じる?」
「はい、結構……」
「その感覚がなくなったくらいで人形を打ってみて。」
「了解です。」
数十秒ほどその状態を続けていると段々とトンファーから冷気を感じなくなっていった。
(……よし、今だ!)
二、三度回した後、勢いよくトンファーをゴム人形へ打ち付ける。すると「シュウゥゥ」というゴムが焼ける音とむせ返るような臭いが返ってきた。
「……まぁ、そうですよね。ゴホッ……」
ゴムが焼ける臭いにはあまり慣れていなかったため、幸は思わずせき込んでしまう。
「そ! 防御しても生身に打ち付ければダメージは必至! 敵にしてみればこれ以上嫌なことはないぜ。」
「でも使えるようになるまで長すぎない?」
「戦ってる途中で温めていけばいいのさ。普通の状態でもタングステン製のトンファーは結構やばいし。」
「……確かにそうね。」
「唯一の懸念点は直前過ぎて幸くんの手になじんでくれるかどうかだったんだけど、それも問題なさそうだね。いや~いい買い物したなぁ。」
「……ありがとうございます。本当に。」
今一度改めて幸は二人に礼を言う。ここまで自分のことを気遣ってくれたことや戦いのために最大限の補助をしてくれたこと、そのすべてに対して敬意と感謝をこめて幸は頭を下げる。
決戦の日は明後日、こうやって面と向かって礼を言えるのはこの日が最後かもしれない。そう考えていた幸の意図を汲み取った二人は微笑んで返す。
「おうおう、照れるね。でもそういうのは勝ってからにしよう。」
「そうね。全部乗り越えてから、みんなで称え合いましょう。」
「何より一番つらいのは君自身だ。僕たちは最後の最後では力になれないわけだし。感謝を言わせてほしいのはむしろこっちの方さ。」
「………………」
つい二週間前まで自分とは何も関わりがなかった人たちにもかかわらず自分を認め、信頼し、奮い立たせてくれる。その事実が何より幸の勇気を駆り立てる。
「……絶対に勝ちましょう。」
「「当然!!」」
普段は反りの合わない誠人と番だったが、この時だけはこれ以上ないというほどに息があっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「シーマさん! 帰ってたんですか。」
「はい、訓練に夢中そうだったので。」
「あはは……ごめんなさい。」
「いえいえ、全然いいんですよ。」
ホテルに帰るとシーマは落ち着いた様子で部屋のソファーに座り込んでいた。
「よいしょっと……」
幸はいつも通り荷物をベッドの横へ下ろす。そのまま着替えに洗面所へ向かおうとしたところでシーマに呼び止められた。
「すみません、幸さん。」
「なんですか?」
「……一緒に外に出かけませんか?」
「……え?」
唐突な外出の誘い。どういう目的なのかわからず幸は混乱する。
(ま、まさかデー……)
「少し試したいことがあるのです。」
(……トじゃなさそうだ。まぁそうだよね。)
他でもないシーマのような美女とそのような一時が過ごせるとなれば大概の男は首を横に振ることはないだろう。それだけに少し幸はがっかりしていた。
「試したい事って言うのは?」
「行く途中で説明します。とりあえず私についてきてください。」
(……見当もつかない。)
少し訝しげな表情で幸はシーマの言う通りに一緒に部屋を出ていった。降りるエレベーターの中でもシーマは口を開かず、目をつむって集中しているようだった。幸からは妙に緊張しているようにも見えた。そうしているうちにエレベーターを降り、ロビーを抜けて二人は夜の東京へ繰り出していった。
午後7時、細い二日月が歩く二人を照らしていた。
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