第25話 10月28日② 旋棍組手
「オラッ!!」
「…!」
最初に仕掛けたのは誠人だった。長い脚で一瞬のうちに間合いを詰め、幸の右わき腹に向かってトンファーを打ち付けようとする。
素早い動きだったが動体視力も向上している幸にとって止めることはそう難しくなかった。カッという木のぶつかり合う甲高い音があたりに響く。
「やるね。それじゃ、これはどうかな!」
そう言うと誠人は両手による連撃を始める。
トンファーはその構造上、回す攻撃で体の側面を、打突で体の正面を狙うのが基本である。そのため両手で異なる種類の攻撃をすると、受ける側もそれぞれの手で異なる防御をしなければならず、対応に集中することを強制される。
誠人は両手でせわしなくトンファーを回転させながら、そのまま側面を打ったり、回転をいきなり止めて打突に切り替えたりと、容赦なく幸を攻め立てた。
幸も一応受けることは出来ていたが、攻撃が続くにつれてだんだんと対応が遅れていく。
そうして生まれた隙を誠人は見逃さず、幸が完全に両手に気を取られた瞬間、すかさず幸の腹部に膝蹴りを入れた。
「うっ……!」
後ずさりながら小さく呻き声をあげた幸だったが、普通の人間である誠人の膝蹴りであったため、そこまでダメージはなかった。
「やっぱタフだなぁ。」
「…一応みぞおちはやめときなさいよ?」
「分かってるって。」
「……………」
ほとんど汗もかいていない誠人を見てまだ自分が誠人の全力を引き出せていないことを幸は理解していた。
(身体能力では俺が勝ってる…でもそこじゃないんだ、重要なのは…)
落ち着いて思考を固める。その様子を見た誠人はお構いなしに再び間合いを詰める。
「ちょっ…」
「敵がゆっくり考えるのを待ってくれるわけないだろ!」
(防戦一方になっちゃだめだ。隙を探せ!)
格闘技経験のない素人はとにかく攻撃を受けるために、攻撃してくる手や足を過剰に見てしまうことが多い。だが、視線や予備動作などそれ以外の場所にも攻撃を予測できるヒントが多く存在する。
ガッ、ガッとトンファーがぶつかり合う中で誠人は幸の変化に気づき始めていた。
「おっ…?」
(さっきより防御の動き出しが早くなった…?)
幸は今まで誠人の手ばかりを注視してしまっていたが、隙を探そうと誠人の体を全体としてとらえようとすることで無意識のうちに防御能力が向上していた。
「そうこなくっちゃね!」
誠人はさらに攻撃のスピードを上げる。だが、幸はなおも誠人の攻撃をさばき続ける。
(おいおい、もうこれ通じないの? そんじゃちょっといじわるしちゃおっと!)
誠人は再び腹部に向けて膝を突き出す。一回食らったことで警戒していた幸は素早く腰を引いて蹴りをかわしたが、それを見越していた誠人は即座に足を踏み下ろして幸の足を踏みつけようとする。
(初見殺しでごめんね…!)
完全に決まったと誠人は思った。避けられるはずはないと。
しかし、幸は半歩引くという最小限の動きでこれさえも防いでしまった。
「ウソぉ!?」
成功するという確信の元で誠人は動いていたため、その踏み付けが失敗した瞬間にテンポが崩れ、一転して隙だらけとなった。
それを見逃さず、今度は幸が誠人を攻め立てる。
「待っ…ちょっ…!!」
(…いける!)
誠人の方も徐々に余裕がなくなっていく。体制が整わないうちに決着をつけようと、幸は前に出て制圧しようと試みる。
「ぐっ…!」
(やっぱり幸くんパワーあるな。回転でも受けとめるだけで手がびりびりする。打突をまともに食らったらやばいかもな…)
一度攻撃に入ると幸の連撃は驚異的で、圧倒的なパワーから繰り出される一打一打はそのすべてが普通の人間なら一撃でノックアウトされてしまうレベルの威力を持っていた。誠人も何とか受け切っていたが、何もせずにいればこのまま幸が押し切ってしまうだろうということは誰が見ても明らかだった。
(…ちょ~っと本気でやるしかないかな!)
決めにかかろうと前へ前へ詰めてくる相手に対し、普通の者なら後退して体制を整えようとする。しかも相手が超人的なパワーを持つ幸ならなおさらそうするだろう。
だが、誠人は幸の猛攻の中、逆に思いっきり前に出た。
「えっ!?」
いきなりのことに幸は戸惑いを隠せない。それもそのはずもう攻撃を始めている今の段階で前に出れば攻撃が当たるのは必然である。案の定誠人は左肩に打突を食らってしまう。しかし、誠人自身はあまりダメージを受けていない様子だった。
(…そうか!!)
ここで初めて幸は誠人の真意に気づく。
打撃の威力は打撃の加速度に比例する。これは古典力学においてニュートンが証明した運動方程式によって簡単に説明ができる。
言い換えれば加速度さえついていなければ打撃に十分な威力を付与することは出来ない。誠人は幸の加速しきる前の打突に当たりに行ったことで、その威力を軽減させたのだ。
(やっ…やばい…!)
片方のトンファーは誠人の左肩に受け止められており、もう片方のトンファーも間合いが詰められたことで回転させることも困難となった。
両手がふさがれたため、幸は蹴りを繰り出そうとする。だがこれを読んでいた誠人は難なくトンファーで受け止める。
「くそっ…!」
「そんじゃ教えてあげるよ。トンファーの三つめの攻撃方法をね!」
そう言って誠人は素早くかがんで幸の下へともぐりこんだ。
肩に置いていたトンファーがいきなり外されたため、少し幸はバランスを崩す。
その隙に誠人は両手のトンファーの突起部分に当てながら勢いよく幸の両足を前方(幸の視点からは後方)へと押し出す。
「うわわっ!」
バランスが維持できなくなった幸はたまらず、前方へ倒れこむ。
倒れてきた幸の腹部を肩で支えながら誠人は幸の両足を大きく跳ね上げた。
「うおおっ!!!」
何が起こったかを理解する間もなく、誠人の肩を支点に幸の全身は空中で大きく回転し、やがて背中から床に叩き落された。
「すっげぇ…」
幸の身体能力の向上によるものか、はたまた興奮によるものなのかはわからないが、幸は痛いという感覚より先に自分の知らない世界に触れられた感動のようなものがどっと湧き上がってきた。
「へへ、だろう?」
「初心者相手に蹴りも投げも使うのは大人げないと思ったけどね。大丈夫?」
番が幸を起こしながら誠人に言い放つ。
「しょうがないじゃんか。幸くん強いんだもん。」
「…応用は後々見せるつもりだったけど、まぁいい勉強になったかしら。」
「はい。対人戦の難易度の高さが知れてよかったです。」
「こっちも君の成長速度が知れてよかったわ。あまり遠慮しなくてもよさそう。」
「えっ」
「冗談よ、冗談。」
番はそう言って笑ったが、直前の発言がどうにも冗談に聞こえなかったことに恐怖を覚える幸だった。
「今日はこの辺にしましょう。幸くんも満足でしょ?」
「はい、明日以降またお願いします。」
「挑戦はいつだって受けるさ。暫定チャンピオンだからね、俺。」
「結構汗かいてるからシャワーだけ浴びて湯冷めする前に着替えてね。」
「シャワーってどこにありますか?」
「ロッカールームのすぐ横よ。中から直接行けるから多分わかると思うわ。」
「はい! わかりました!」
そう言って幸は足早にロッカールームへと入っていった。
「どう思う?」
「改めて驚異的…というより異常ね。」
「…うん、俺もそう思った。」
「初めてじゃない? アンタの必勝パターン初見で見切られたの。」
「正直ショックだったね、あれ。つい先日まで素人だった子に防がれちゃうなんて。才能ってのは残酷だねぇ…」
「…まぁ能力の影響も少なからずあるでしょうけど。」
「おっ、珍しく慰めてくれるのかい?」
「まさか。ただの分析よ。」
「へぇへぇ、知ってますよ。そんでこの後はどうする?」
「ご飯にでも行こうかって誘うつもりだったけど、あんまり拘束しても悪いし…」
「親睦深めるって理由ならいいんじゃない?」
「まだ4時半よ? 夕食には早すぎるわ。」
「そっか…それじゃあさちょっとだけ炎の訓練をさせてみない?」
「ここじゃ無理よ。さすがにそんな勇気はないわ。」
「うん、だから一旦移動しよう。来る途中に川あったから河川敷とかでどうかな?」
「……万が一のためにバケツは持っていくわ。車はあるわよね?」
「とーぜん。任せんしゃい。」
「でも幸くんがやりたくなさそうだったら今日はなしよ。」
「やりたがるさ。きっと。」
「…そうね。」
番と誠人はそう話して静かに幸が出てくるのを待った。
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