エルフ、地球に還る
mao_dombo_ru
第1話「エルフの遺産─空島の城─」
人類が宇宙にまで進出しようとする時代──
魔法はこの世界の技術の中枢としていまだにあった。
魔導科学によって人が扱う魔法の力は大きな発展を遂げ、遺伝子に魔導の真核が組み込まれた。
それまでの魔法の行使には詠唱や動作が伴った。
属性ごとの基本術式。
魔方陣を駆使した魔法の儀式。
魔力の錬成。
それらの行使を魔導媒体となった己の肉体を通し、意志のみで直接作用させる──
それが当たり前となった時代にいる。
かつては魔法使いが数十年かけて達した境地を普通の一般人が凌駕する。
生まれたばかりの子どもでさえ一人前の魔法使いの力を有している。
新たな人類の誕生──
それからニ百年余りが過ぎて、人類は地球外の惑星にコロニーを作り、産み、育て繁殖していった。
そんな世界に私は生まれた。
新世界に相応しい第八世代の魔邦人として。
◆
私は今年四十を数えたばかり。
名前はレイリア・エルヴァレス。
見ての通りエルフ族の血が混ざっています。
ちっちゃくてお子様にみられるけどれっきとした成人です。
地球の生まれではなく火星で育ちました。
先日、祖父が亡くなったと聞かされました。
祖父は地球で育ち、地上から離れることなくそこで死にました。
一度も顔は見たことがありません。
祖父は第六世代の魔邦人でした。
地球外世界で暮らすことを前提とした遺伝子操作を受けていない最後の世代です。
そんな私がある日、とんでもないものを受け取ることになりました。
遺産の相続──
地上での葬儀には到底間に合わない私に弁護士から渡されたモノ。
相続資産の一覧でした。
一度も会ったことのない祖父が孫に遺した遺産は正直いらないものでした。
火星で生まれ育ったのです。
地球圏は遠い、遠い世界のことだったのです。
そこに身内がいたとしても、ほぼ自分には関係ないものと思っていました。
家族を宇宙の事故で亡くした私を養育してくれた両親が唯一の家族でした。
火星から出た地球行の船に乗って、私は青い星を見た──
人類の祖先が生まれ、育まれてきた星。
それは人の夢の跡だ。
今は地球は保護区となり、限られた地域に住むごく一部の人たちと、管理者によって統治されている。
地球にかつて満ちていたエーテルが急激に枯渇し、この地球に住むことができなくなった人類は、いつか地上が元通りなることを望みながらこの世界を去った。
その地に再び私は戻ってきた。
「遺跡か……とんでもないもの残してくれちゃったな」
地上に降りて初めて見た人類の痕跡は鉄くずの町でした。
高層ビルも人の住居地も、ほとんど自然に帰って緑に覆われて人の住む気配は皆無でした。
唯一手入れされていたのはハイウェイ。
廃墟の空港で出迎えた弁護士と、古い時代の人を乗せる船に乗って、私は天空に浮かぶ島へ向かいました。
いまだ残り続ける古代魔法時代の遺物へと。
魔導遺伝子の操作が当たり前になる前の、つまり二百年以上前の、さらに数百年を遡る石造りの建築物が目の前にある。
つまりは古代の典型的なお城というやつです。
いまだにこんな建物が地上──
いえ空でした……に残されていることに驚きを感じます。
古臭いが歴史的価値は高いのだろうと伺えます。
島一つを魔法の力によって天空に飛ばした技術力があったのですから。
お城も、宇宙で育った身からすれば無駄が多いがアート的なものと捉えました。
この土地に建てられた年代は聞いた限りではもっと古かったようです。
千二百年は前だという。
その間に建て替えたり修繕したりと元の素材がどれほど残っているのかわからないのですが、当時のままの部分もあるようですね。
「第三世代くらいかな? 棒っきれ振り回してうだうだ呪文唱えてた頃ですね。古典チック」
人類が火を扱うように魔法を手にした時代。
それは第一世代と呼ばれています。
破壊のための力を振るう原始人。
第一世代以前の数千年前の人類は純粋な攻撃のための魔法の力を持たず、種族ごとに備わった独特の魔法の力を祝福と信じ、それぞれに神を奉じて崇めていたようです。
魔導の真核を持たず、周囲のエーテルをマナに還元する作業をえらく手間をかけて精製していたらしいです。
第二世代になって、ようやく系統だった魔法が生まれます。
破壊だけではなく、物質の再構成による再生治癒、ものを直す魔法など、生活向上に関わる力を手にしました。
人類が大陸の覇権に向けて他種族への対抗力を身につけた時代でした。
そして第三世代がこの建築物を建てた、ということです。
エルヴァレス家がどのような役割を持っていたのかはわかりません。
人類が覇権を握った時代のものとあって、造りは精緻を極めます。
エルフ様式の建物は華麗で有名です。
魔法の仕掛けなども多いようですが、私にとっては古典時代の遺物でしかないものです。
それを譲ると言われましても……
「これ、寄付できませんか? この土地の管理は私にはできそうにないのですが」
「御心配には及びません。旦那様がなくなられた後も事業は当社が受け継ぎ、土地と建物の管理を行っていきます」
「そうでしたか。祖父はお金持ちだったのですね」
弁護士は祖父の経営する会社に雇われている人でした。
ただ、事務的に遺産継承の書類を読んでいく。
火星ではこんな大きな建物を個人で所有するなどありえないと言ってよいでしょう。
まして遺跡レベルのブツなど即解体してしまうこと間違いなし。
無駄にエネルギーを食うものを宇宙では嫌います。
そこにあるだけのものとかね。
「地下があるのですか?」
「ええ、この城の下にさらに遺跡があるのです」
「遺跡って……もう一つ別のがですか」
驚きすぎます。
ええと……ではもっと前の時代のものということですか。
そんなものを後生大事に守り続けてきた祖父は何を考えていたんでしょうか?
「これがそのカギです。あなたにお渡しするようにと」
「困ります。私、明日には月に発つので」
「ですが遺言ですので。私たちはこのカギを使うことは許されておりません」
「わかりました。無くしても保証はできかねます」
「お願いします」
受け取ったカギにはルーン文字が刻まれていました。
キーワード式の古典的なやつですね。
分析──
魔導デバイスを起動させると手のひらにホログラフモニタが浮かび上がる。
自らの肉体を機械として作動させるデバイスは魔邦人必須のものとなっている。
複雑極まる術式を幾重に同時展開させ、処理する。
それが可能なように人間の脳は作り替えられました。
第六世代以降の宇宙進出時代にそれは成されたのです。
数千年前には大魔術と呼ばれた魔法でさえ、瞬時に展開して行使することが可能となっています。
理論上はです。
なにせ昔ながらの詠唱術式を扱う技は絶えて等しく、儀式魔術は形式記録されたデバイスに登録されたものばかり使われます。
特に世代後半では失われた魔法も多く、古代の文献にその痕跡を求めるしかありません。
宇宙に進出した人類は、魔法の力を過酷な世界で生きるための力に変えました。
三歳児でさえデバイスの扱い方を知っています。
「まあただのカギだよね」
コートのポケットにカギを滑り込ませる。
城の中を案内された後、自分に用意された部屋に通されました。
過去歴代の主の肖像などを見たものの、地球の歴史はまるでわからないことだらけです。
火星の正史は人類が地球を離れたところから始まります。
とはいえ我が家系にまつわるエピソードは聞けました。
この城が建てられた時代に我が祖先はこの地を管理していたらしいです。
管理者というか王と呼ばれる存在だったようで、エルヴァレスは名門ということになりますね。
魔法を広めるための魔法学校なども創設したらしいです。
「ということは私も由緒あるエルフの王族の末裔ということでしょうか。宇宙世代隔絶の感がありますねえ……ははは、我はお姫様であるぞー」
やたら広いベッドに身を投げればふかふかであった。
王家の血筋など柄でもないです。
遥か昔のおとぎ話みたいだ──
眠い。
不意の襲ってきた眠気に任せる。
『誰?』
そこは草原だ。
高いところから見下ろすように一人誰か立っている。
後姿はエルフだ。
肩が見えるドレス。
特徴的な長い耳。
碧い髪が風に吹かれて舞う。
その立っている足元は石造りで、下に向かう階段がある。
大昔の遺跡か……
女。
エルフの女が振り返った。
その顔は──
『私?』
目覚めた部屋は暗い。
唯一ぼうっと光るのはコート掛けのポケットだ。
光っているのはルーンを刻まれたカギ。
それを手に取る。
胸がドキドキする。
着替えを手に取って旅装姿になる。
地上に降りるからには伝統的な地上世界の衣装を選んだ。
エルフに伝わる魔法帽。
尖がり羽根つきの革帽子。
足元まであるコートにブーツも革製だ。
ブラウスにスカートや下着などどこに行っても変わるものではないので、それだけ揃えれば十分だった。
古の魔法使いらしい恰好をしてこの城にやってきたのだ。
古典的な魔法の歓待があれば良いなーくらいに思っていたのですが。
うーん。
何か足りないと思った。
ああ、そう。
杖ですね……
古代の魔法使いには必須のアイテムではありませんか。
うっかり失念していました。
まあ持ってたらもってたでコスプレし過ぎと笑われそうです。
でも今はそれどころではありません。
「よし……」
鍵をポケットから取り出す。
ぼうっと緑色にルーンが光っていた。
どういう導きかはわからないが、予知夢というのは、どこかで起きることの証左として知られています。
人類が宇宙に進出して迷信的なものは排除されていったが、こうした導きが命を救うことがあるようです。
宇宙空間に放り出されて誰からの助けもない状態で助かった人がいます。
それが夢の導きを受けて助かった、というものです。
迷信と片づけるのは簡単だ。
それでも目に見えない力が自分を導いていると感じることもあるのです。
魔邦人の伝統意識……というか迷信と思っていましたが、あれだけはっきりとしたイメージを見たのは初めてのことです。
向かう先はわかっています。
地下への入り口。
刻まれたルーン文字にカギを合わせると、地下に通じる道が開いた。
「そっくり……」
夢の中の私が立っていた場所にあった石造りの地下への入り口に酷似している。
「同じ場所なのかな?」
わからない。
でも胸のドキドキは収まりそうになかった。
足を踏み出すと天井にほのかな照明が灯る。
魔導装置が作動したようだ。
移動すると照明が追うようについて、去れば消える仕組みだ。
こんな古代遺跡で見慣れたものを体験することに興奮を覚える。
奥の道を抜ければそこにあるのは開けた部屋で祭壇ようなものがある。
「管制室みたい……」
その奥にさらに部屋がある。
ここに入るときの扉よりでかい。
「先に進むにはエネルギーが必要というわけね」
今も使われている魔導機構の基礎だ。
魔力を通して起動させて運用するのです。
大昔の遺跡から出てくる魔道具の類もこの技術で作られています。
機械的な部分がほぼ石造りだが、魔導デバイスで内部構成を探れば、その中身が魔力伝導に最適な仕掛けになっていることがわかります。
目の前にあるつるつるした石の祭壇は、古代の民族がいけにえを捧げたような台になっている。
それと違うのは、表面に刻まれた魔紋です。
単純な魔紋で装置を動かすための術式が紋様となって刻まれていた。
「出力はこれくらい?」
下手に注ぎ込んで壊れないよう、細心の注意で魔力を注ぎ込む。
電子的な装置と違って石造りなのでオーバーヒートで壊れたりはしないだろう。
単純な構造ほど強いのは宇宙空間でも同じですし。
古代魔邦人からの知恵であろうと思います。
扉の向こうに足を踏み入れる。
その瞬間、アラートが頭の中で響き渡る。
しまった! トラップですっ!
体のバランスを崩した。
転移による移動で方向を見失う。
うっかり踏むなんてドジです。
空間を移動する感覚はすぐに終わってまばゆい光に視界を奪われる。
私の攻撃の意思を受けて即座に魔導デバイスが作動する。
「迎撃開始っ!」
周囲に浮かび上がったのは複数の魔方陣だ。
その速さはデバイス動作に引けを取らないほどの超光速暗算。
囲まれました!
十重二十重の魔方陣に取り囲まれ、展開したはずのカウンターマジックは作動しない。
ウソ、どうして?
攻撃は、どこから!?
そして術式が完成する。
嘘でしょう!?
足元が光に包まれた瞬間に意識もどこかに飛ばされていた。
転移とは異なる感覚。
ああ、どうしよう。
私、帰らないといけないのに──
そして意識は真っ白な世界に溶けて行った。
●特殊用語
「魔邦人」
魔に属する人という意味を持つ
種族に関係なく魔法を起源とする者をそう呼ぶ
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